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第315話.前進のための帰還

 翌日の朝、俺は城の食堂で朝食を食べることにした。薄い金髪の少女、オフィーリアと一緒に。


 俺とオフィーリアは大きなテーブルに座ると、メイドたちが朝食を運んでくる。野菜スープ、卵フライ、サラダなどなど。朝食としては申し分ない量と味だ。


 オフィーリアはフォークでサラダを食べる。その姿はまさに普通の女の子だ。しかし彼女の瞳には……まるで戦場に立つ兵士のような緊張感が宿っている。


「オフィーリア」


「はい?」


「あまり無理するな」


「……ご心配なさらずに」


 オフィーリアが微かな笑顔でそう言った。


 この美しい少女は、ついこの間まで『赤い化け物の悪夢』にうなされていた。その恐怖を克服し、勇気を出せるようになったが……『忌まわしい悪夢の記憶』が完全に消えたわけではない。


 それに、今のオフィーリアは『ウェンデル公爵家の後継者としての重圧感』も背負っている。『忌まわしい記憶』と『重圧感』……どっちも強敵だ。


「私は……自分の力を弁えている所存でございます。1人で何でもできるとは存じておりません。だから、周りの皆さんのお力を貸して頂こうとしております」


「そうか」


 俺は頷いた。


「昔、ある学者がこういう言葉を残した。『指導者が必ずしも万能である必要はない。人を適切な位置に配置できる能力があれば十分』とな」


「なるほど……肝に銘じておきます」


 オフィーリアは真面目な顔で頷く。


「レッド様のご助言には、誠に助かっております。可能であれば、これからもいろいろお話できればと存じておりますが……」


「残念だけど、俺は帰還しなければならない」


 今月中にカルテア要塞に帰還して、王都の様子を探るべきだ。悲劇を防ぐためにも。


「何かあったらいつでも連絡してくれ。できる限り助力する」


「はい、感謝致します」


 オフィーリアは視線を落とす。


「私は、自分の夢が現実になることを何度も経験致しました。それは絶対に変えられない運命だと存じておりました。でも……レッド様から、たとえ運命であっても縛られる必要はないことを教えて頂きました」


「まあ、俺はそういうことについては詳しくないけどな。だからつい先日、知り合いに聞いてみたのさ。運命というものについて」


 俺はカールトンから聞いた話を、オフィーリアに簡単に説明した。


「……つまり人と人の繋がりが、運命を変えることもあるそうだ」


「いろいろ考えさせられるお話ですね」


 オフィーリアはしばらく考え込んでから、俺を見つめる。


「以前、レッド様は『アイリン』というお方についておっしゃいました。もしかして彼女が……」


「あの子のおかげで、今の俺がいる」


 俺はアイリンのことを簡単に説明した。


「師匠から力の使い方を教えてもらった俺は……アイリンのおかげで、ただの破壊と殺戮の道から離れるようになった」


「……私は本当にアイリンさんに感謝するべきですね」


「まあな」


 俺はニヤリとした。


「もうあの子と3年近く会っていない。そもそも俺があの子と一緒に暮らしたのは、たった数ヶ月だしな。思えば不思議な縁だ」


「お2方は、たとえどんなに離れていても……決して消えることのない繋がりをお持ちだと存じます」


「そうかもな」


 俺が頷くと、オフィーリアは俺の顔を直視する。


「やはりレッド様は……優しくて強いお方ですね。私が夢の中で拝見した『赤い肌の巨漢』とはまるで違います。良く考えると……外見も少し違うような……」


「どこが違うんだ?」


 俺が何となく聞くと、オフィーリアは真面目な態度で口を開く。


「それが……夢の中の巨漢は、左目に大きな傷がありました」


「隻眼、というわけか」


「はい」


「興味深いな」


 俺は笑顔で頷いた。


 やがて朝食が終わると、俺は席から立ち上がった。そして懐から小さな木箱を取り出して、オフィーリアに渡した。


「レッド様、これは……?」


「俺からのプレゼントだ。『指輪作るおじさん』から買ったイヤリングさ。お前に似合えばいいけど」


「か、感謝致します」


 オフィーリアが驚いて目を丸くする。


「『指輪作るおじさん』の品物は、私も大好物です。でも……」


「何だ?」


「レッド様は私に『友達から始めよう』とおっしゃいました。でも……友達の間にイヤリングをプレゼントすることがあるのでしょうか?」


「さあな」


 俺は苦笑した。


「何なら返してくれ。他の人にプレゼントするから」


「改めて考えると、大丈夫と存じます」


「そうかい」


「はい、大切に致します」


 オフィーリアが嬉しい笑顔を見せる。それでいい。


---


 そして午前中……俺は『レッドの組織』の皆と騎兵隊を率いて、軍事要塞カルテアへの帰還を開始した。


「また会おう、レッド」


 金髪の女騎士、ドロシーが城門まで見送ってくれた。


「公爵様を守ってくれたこと、お嬢様の心を救ってくれたこと……深く感謝する」


 本来ドロシーは俺の監視役を務めているが、これからはオフィーリアを補佐しなければならない。次に会うのはたぶん来年以降になるだろう。


「また会おう」


 俺はドロシーに軽く手を振って、軍馬ケールを走らせた。部下たちも俺に続いて城門をくぐり抜けた。


 高く青い空の下で、俺たちはグレーアム男爵領から離れた。古風な城と城下町がだんだん小さくなる。


「美しいところでしたね」


 ふとリックがそう言った。俺は「そうだな」と頷いた。


「リック、アンナさんへのプレゼントはちゃんと買ったのか?」


「は、はい」


 リックが赤面になる。


「その、ゲッリトではありませんが……自分も少し押してみるかな、と」


「いいことじゃないか」


 俺はニヤリと笑った。


「お前とジョージに、いいことがあることを願う」


「ありがとうございます、ボス」


 リックが恥ずかしそうな笑顔を見せる。


 リックは俺たちの中では小柄な方だし、一見気が弱そうに見える。だがいざという時は屈強な精神力と決断力を発揮するやつだ。もしかしたら、レイモンの次に家庭を作るのはこいつかもしれない。


「ボス」


 茶色の軍馬に乗っているレイモンが俺を呼んだ。


「実は……今朝、皆で相談して決めたことがあります」


「何だ」


「来年、皆で王都の近くに引っ越しするつもりです」


「王都の近くに?」


「はい」


 レイモンは穏やかな顔で説明を始める。


「今回の狙撃事件を見て思いました。僕たちは常にボスにお供するべきだと。でも今は南の都市に暮らしているから、それが難しい」


「だから王都の近くに引っ越しするというのか。家族や恋人を連れて」


「はい」


 レイモンが頷いた。


 確かにレイモンの言う通りだ。『南の都市』は王都から相当離れていて、往復するにはかなりの時間がかかる。『レッドの組織』が俺の親衛隊として機能するためには、なるべく俺の近くにいるべきだ。


 俺は皆の顔を見渡した。6人は笑顔で頷いた。


「分かった。お前たちがそう決めたのなら、俺も賛成だ」


「ありがとうございます」


 レイモンの顔に優しい微笑みが浮かぶ。


 『南の都市』は、俺たちにとって思い出の場所だ。俺が皆に出会ったのも、『レッドの組織』を結成したのも、軍を起こしたのも……全部『南の都市』での出来事だ。


 いつかは皆であそこに戻って、また一緒に笑いながら過ごしたい。でも今は……未来に進むために、思い出の場所から離れる必要がある。


 何しろ、もう俺はこの6人に約束したのだ。地平線の向こうまで連れて行ってやると。

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