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第312話.束の間の休憩

 翌日の朝、俺は『レッドの組織』のみんなと一緒に城下町に繰り出した。


 本来なら今日で会談が終わり、軍事要塞『カルテア』に帰還する予定だった。しかしウェンデル公爵が狙撃された事件によって、予定が狂ってしまい……仕方なく城下町でも見て回ることにしたのだ。


 ここグレーアム男爵領の城下町は、城と同じく古風だ。教会を中心に古い建物が広がるように並び、所々にある井戸を中心に農地が広がる。あまり計画的に作られた町じゃないけど、その点が逆に自然な美しさを感じさせる。


 俺たち7人は、その美しい町の風景を楽しみながら一緒に歩いた。


「相変わらずですね、ここは」


 ふとエイブが呟いた。彼としては数年ぶりの帰郷だ。


「こんな古臭い町には、2度と戻らないと思ったのに。こうしてみると……何か安心感が湧きます」


 そう言ってから、エイブはゲッリトを見つめる。


「ここで問題を起こすなよ、ゲッリト。私の故郷だから」


「俺を問題児みたいに言うな!」


 ゲッリトが怒り出すと、周りのみんなは真顔になる。


「な、なんだよ、みんな……? 俺って……問題児だった?」


「安心しろ、ゲッリト」


 俺はゲッリトの肩に手を載せた。


「お前は愛されているよ」


「ボス……何か……慰めにならないんですが……」


 ゲッリトは落ち込んでしまう。


 いつものやり取りをしながら、俺たちは町の中を見て回った。町の人々もまた、好奇の目で俺たちを見つめてくる。


 しばらくして俺たちは3手に分かれた。俺とレイモン、ジョージとゲッリト、エイブとカールトンとリックに分かれて、それぞれ違う方向に向かった。正午に町の中央で集合だ。


「警備が多いですね」


 2人で歩いている途中、レイモンがそう言った。


 町のあちこちには、兵士たちが2人1組になって見回りをしていた。それは別に普通のことだが……レイモンの言葉通り、数が非常に多い。


「領主が狙撃された直後だから、仕方ないさ」


「そうですね」


 ウェンデル公爵狙撃事件については、領民たちにはまだ知らされていない。でも何か異変が起きたということは、みんな分かっているはずだ。


「それにしても……4対1だったとはいえ、ボスと戦って生き残るなんて。あの暗殺者たちは相当な腕前のようですね」


「お前と2人で戦ったら、すぐやつらを制圧できたはずだけどな」


「そう言われると、嬉しくも悔しい気持ちです」


 レイモンは微かに笑ってから、話題を変える。


「先日のカルテア攻防戦の後、ボスがおっしゃいましたよね。僕たちこそが王国最強の軍隊だと」


「ああ、言ったな」


「それじゃ、その次は何でしょうか? やっぱり大陸最強の軍隊ですか?」


「そうだな……」


 レイモンの質問に、俺は少し考えてから口を開いた。


「大陸最強の軍隊……と呼ばれるのも悪くないかもな」


「……何か、ボスらしくない答えですね」


 レイモンは少し驚いたみたいだ。


「ボスならきっと、『もちろん次の目標は大陸最強の軍隊だ!』と仰るだろうと思っていましたが」


「俺の声を真似するのはやめてくれ」


 俺は笑ってしまった。


 それから古風な町を10分くらい歩いた時、小さな建物が視野に入ってきた。普通の農家にも見えるけど……その建物の前には『指輪作るおじさん』という看板が立っている。


「あれがエイブの言っていたアクセサリー屋か」


 確かこの城下町には創業100年以上のアクセサリー屋があって、職人が直接商品を売っていると聞いた。想像していたより規模は小さいけど……あれに違いない。


 俺とレイモンは足を運んで、一緒にアクセサリー屋に入った。


「ほぉ」


 小さな建物の内部は……きらめきでいっぱいだ。壁にかけられている無数の装飾品がろうそくの光を反射し、まるで夜空を見ているようだ。


「いらっしゃいませ」


 野太い声と同時に、奥の部屋から中年の大男が現れた。


 大男は俺の方をじっと見つめてから、丁寧に頭を下げる。


「自分はこのアクセサリー屋を経営している者です。トマスと申します」


「俺はレッドだ」


「存じております、ロウェイン伯爵様」


 俺を見ても、このトマスという男はあまり動じない。凄い迫力だ。もうアクセサリー屋の職人というより……軍隊で武器を作る鍛冶屋にしか見えない。


 人は見かけによらないな……と思いながら、俺は陳列棚の上のアクセサリーを眺めた。銀の指輪、イヤリング、小さい女神の彫刻などなど……どれも精密に作られた1級品ばかりだ。俺でも分かる。


「これ、全部あんたが作ったのか?」


「自分の曾祖父、祖父、父親、自分、息子がお作りしました」


「なるほど」


 トマスさんの家系は代々『指輪作るおじさん』を努めているわけだ。


 ちょっと好奇心が湧いてきた。職人の家系に生まれ、職人として生きるしかなかったトマスさんは……自分の人生に不満はないんだろうか。


「ここに並べられている物は、全部1級品です」


 トマスさんが真面目な声でそう言った。彼の顔からは、自分の職業に対する自負が感じられる。


「さて……」


 シェラ、シルヴィア、白猫、黒猫、カレン、デイナ……6人分のアクセサリーを買わなければならない。流石にこれは……俺としても荷が重い。


「ボスも戸惑う時があるんですね」


 レイモンが笑顔を見せる。


「僕は妻と娘、そして従姉の分だけ買えばいいんですけど」


「仕方ないさ……これも指導者としての仕事だ」


 俺はトマスさんの方を見つめた。


「トマスさん、女の子が好きそうなアクセサリーを……20個くらいお勧めしてくれ。全部買う」


「かしこまりました」


 結局トマスさんのお勧めに従って、指輪や腕輪などを20個買った。トマスさんはアクセサリーを別々に包装し、大きな木箱に入れてくれた。これならどうにかなるだろう。


 レイモンもアクセサリーを5個買った。俺たちはトマスさんにお金を支払ってアクセサリー屋を出た。


「お前たち……」


 ところで『指輪作るおじさん』を出た直後、俺は2人の大男に出くわした。巨漢のジョージ、そして問題児の……いや、愛されているゲッリトだ。


「お前たちもアクセサリーを買いにきたのか?」


「は、はい……」


 ジョージが恥ずかしそうに笑う。


「ミアさんのために……ゆ、指輪でも買おうかな、と」


「いいじゃないか」


 俺は頷いた。


 ジョージは自分の恋人であるミアさんが愛おしくて仕方がないみたいだ。俺はミアさんに1度しか会っていないけど……確かに美人で賢明な女性に見えた。


 ジョージの態度からすれば、もうすぐ2人は婚約するかもしれない。そんな気がする。


「ゲッリトは? お前もアクセサリーを買うのか?」


「俺も未来の恋人のために買っておこうと思いまして」


 ゲッリトが笑顔で言うと、レイモンが苦笑する。


「また騙されたりしては駄目だぞ、ゲッリト」


「な、何言ってるんだよ、レイモンさん!」


 ゲッリトが慌てて、俺たちは一緒に笑った。


---


 その後……『レッドの組織』のみんなは集合して、一緒にエイブの父親の墓参りに行った。どんな逆境でも笑顔を見せるエイブだが……父親の墓の前では涙を見せる。


「ボス、みんな……ありがとうございます」


 墓参りが終わった後、エイブが俺たちに向かって頭を下げる。


「ボスとみんなのおかげで……この町に笑顔で戻ることができました。本当に……」


「いいってことよ」


 ゲッリトが涙目で笑う。


「俺たちはもう兄弟みたいなもんだろう?」


「……そうだな」


 エイブが笑顔で頷いた。


 それから俺たちは町のレストランで一緒に昼食を食べた。何しろ筋肉質の男が7人もいるから、羽目を外せば大きな豚の丸焼きが一瞬で無くなる。


 食事の後、俺たちは城に帰還した。まだ戦乱の中だけど……みんなとの束の間の休憩は、俺にとってかけがえのない思い出だ。


---


 城に帰還した俺は、自分の部屋で簡単に体を洗った。そしてベッドに腰掛けて、小説を読み始めた。夕方にウェンデル公爵との会談を再会する予定だから……まだ時間はある。


 だが俺の読書は、早速妨害を受けた。いきなりノックの音が聞こえてきたのだ。


「レッド」


「ドロシーか」


 俺は扉を開けて、ドロシーを部屋に入れた。


「どうした?」


「お嬢様が……お前との会話を希望なさった」


「オフィーリアが?」


「ああ」


 ドロシーが頷く。


「お前と公爵様の会談が再開する前に、ぜひ話しておきたいことがあると仰った」


「普段着のままでいいか?」


「構わない」


 ドロシーの答えを聞いた俺は、小説を本棚に戻した。そして彼女と一緒に部屋を出た。

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