表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
341/602

第311話.運命を変える鍵

 応接間から出た俺は、古風な城の廊下を1人で歩いた。


 廊下のステンドグラス調の窓には、様々な絵が描かれている。城と城下町の風景、青空の下に広がる小麦畑、騎士と兵士たちの行進する姿などなど……。


 そして当然にも、女神の絵もある。女神が裸足で湖の上に立っている絵だ。俺は廊下を歩きながら、その絵をちらっと見た。


 やがて自分の部屋に戻り……しばらく休憩していると、誰かが扉をノックした。


「レッド」


 ドロシーだ。俺は扉を開けて彼女を部屋に招き入れた。


「オフィーリアはどうしている?」


 俺が聞くと、ドロシーは腕を組んで口を開く。


「お嬢様は……お眠りになっている。本当に平穏なお顔で……」


 ドロシーが感慨深い顔をする。


「私は3年前からウェンデル公爵様に仕えているけど……あんなに平穏なお顔のお嬢様は初めて見た。いつもどこか怯えているご様子だったのに……」


「そうか」


「まさかお前とオフィーリアお嬢様の間にあんなことがあって、そのせいでお嬢様がご不安になっていたとはな」


 ドロシーは視線を上げて、俺を見つめる。


「レッド、お前は……本当にお嬢様を害するつもりだったのか?」


「そんな時期もあった」


 俺はベッドに腰掛けた。


「子供の頃の俺は……孤立していた。どこに行っても化け物扱いされた。それで自然に絶望と惨めさだけが残った」


 俺は自分の体を見下ろした。すると高級の礼服が見える。子供の頃の俺は……汚れ腐ったぼろを着ていた。


「絶望と惨めさの終着地は……怒りと憎悪だ。もし師匠に出会えなかったら……俺はある日爆発して、誰かを無惨に殺したはずだ」


「お前の師匠か……」


 ドロシーの目つきが鋭くなる。


「お前に軍事学を勉強させたとか言ったな」


「軍事学だけではない。格闘技、武器術、経営学、組織論……様々な知識を学んだ。そうしているうちに、俺は『充実感』を味わうことができた」


 俺は微かに笑った。


「少しずつだけど、前に進んでいるという『充実感』だ。それが俺に希望を与えてくれた。そして偶然出会った小さな女の子が……俺を人間扱いしてくれた」


 あの子はいつも無垢な笑顔を見せてくれた。あの笑顔はもう一生忘れられない。


「あの2人のおかげで俺は変わった。いや、変わったというより癒やされたというべきだな」


「だから今は、お嬢様を害するつもりがないと?」


「そうする理由がないさ」


 俺は首を振った。


「今の俺は怒りや憎悪に振り回されていないし、オフィーリアも……俺の想像とは大分違うからな」


 お人形のように美しくて、冷酷な美少女。それがオフィーリアに対する俺のイメージだった。しかし実際のオフィーリアは……ただ恐怖に怯えている少女だ。


「俺が言うのもあれだけど、オフィーリアのことがちょっと不憫にも思えてくる。彼女は何年も悪夢にうなされて、本来の自分の姿を見失ってしまった。今更俺が彼女を憎む理由はない」


「……お前の言葉が真実であることを願おう、レッド」


 ドロシーが真顔で言った。


「お前が怒りや憎悪で行動すれば、まさに王国の災難になるだろうから」


「俺を敵対視している連中からすれば、俺はもう災難だけどな」


 俺はニヤリと笑った。


「話を変えようか」


 ドロシーがベッドの近くの椅子に座る。


「お嬢様は……ご自身の夢が必ず現実になると仰った。荒唐無稽な話だが……お嬢様は実際にお前のことをある程度把握なされていた」


「予知夢ってことか」


「予知夢、予言……そんなものが本当に実在するんだろうか? どう思う、レッド?」


「さあな」


 俺は肩をすくめた。


「俺たちがいくら考えても、時間の無駄だと思うけどな。それでも気になるなら……専門家に聞いてみるしかない」


「専門家?」


「そうだ」


 俺はベッドから立ち上がって、部屋を出た。そして廊下に立っている衛兵に話しかけて、ある人を呼んでくるように指示した後、部屋に戻った。


「一体誰を呼び出した?」


「俺の仲間に、そういうことについて詳しい人がいてな」


 しばらく沈黙の中で待っていると、足音と共に1人の男が現れる。


「お呼びですか、ボス?」


「ああ、入ってくれ」


 俺が答えると、男は扉を開けて部屋に入ってくる。その男は『レッドの組織』の一員であり、いつもは無口で目立たないカールトンだ。


 カールトンは真面目な顔で扉の近くに立って、俺の指示を待つ。


「カールトン、実はお前に聞きたいことがある」


「はい、何でしょうか」


「お前は自分の夢を通じて、未来を当てたりしたな。それってつまり予知夢か?」


「はい」


 カールトンが頷いた。


「じゃ、誰かの運命を予言することもできるわけだな?」


「そう簡単なことではありません」


 カールトンが首を横に振る。


「未来や運命というものは……1人の人間が理解するにはあまりにも巨大で複雑なものです。自分はそのほんの一部を、偶然夢の中で覗いただけに過ぎません」


「見たい未来を見れるわけではないのか」


「はい」


 俺は少し考えてから、質問を再開した。


「仮にお前が、夢の中で誰かの運命を見たとしよう。その場合、その誰かの運命を予言すればどうなる? 運命を変えることができるのか? もし出来なければ、予知しても無駄なんじゃないか?」


「運命を変えることは……できるとも言えますし、できないとも言えます」


「……どういう意味だ?」


 俺が眉をひそめると、カールトンが少し間を置いてから口を開く。


「実は……自分の祖母が占星術師でした」


「そうだったのか」


 カールトンが戦争で両親を無くして、祖母と2人で住んでいたことは知っていた。でもまさか祖母が占星術師だったとは。


「子供の頃の自分は、祖母に同じ質問をしました。いくら運命を予知しても、結局運命を変えることができないなら……予知する意味がないんじゃないか、と」


 カールトンの顔に、少しだけ寂しい表情が浮かぶ。祖母のことを思っているからだろう。


「その質問を聞いて、祖母は自分に昔話をしてくれました」


「昔話?」


「はい、祖母がまだ若かった頃の話だそうです」


 カールトンは落ち着いた声で話を始める。


「祖母がまだ現役だった頃、隣にある老人が住んでいました。その老人は一人息子と絶縁して、もう10年以上1人で生活していました」


「それで?」


「ある日、祖母が老人と挨拶を交わした瞬間……祖母は偶然見てしまいました。半年後、老人が病に倒れて死ぬことを」


「運命を予知したわけか」


「はい。祖母は敢えて何も言わずに、老人を見守ることにしました。ところで3ヶ月後……いきなり老人の息子が現れました」


 俺とドロシーはカールトンの声に耳を傾けた。


「息子と老人は、最初は口喧嘩をしましたが……結局2人とも泣きながら仲直りしました。あの時の老人は本当に幸せな顔をしていたと、祖母は言いました」


「でも……」


「はい、更に3ヶ月後……祖母が予知した日に、老人は病に倒れました」


「悲しい話だな」


「はい、ですが……それが終わりではありません」


 カールトンが俺を見つめる。


「老人が病に倒れた日、息子が駆けつけてきて……父親を必死に看病しました。それで老人は……更に半年を生き延びることができました」


「運命が変わったのか?」


「はい。少しだけですが、老人の運命は確実に変わりました。祖母の予知の中では、1人で寂しく死ぬ運命だった老人は……半年を息子と一緒に暮らし、息子の側で目を閉じることができました」


 しばらく間を置いてから、カールトンがまた口を開く。


「祖母は自分にこう言いました。1人で運命を変えることは、誰にも出来ない。でも人という存在は、知らぬ間に他の誰かの運命に影響を与えている。つまり人と人の繋がりこそが、運命を変える鍵だ……と」


「繋がり、か」


 俺はしばらく考えた後、ゆっくりと頷いた。


「ありがとう、カールトン。いろいろ助かったよ」


「ボスのお助けになれて、嬉しい限りです」


 カールトンは頭を下げてから部屋を出た。


「……私もこれで失礼する」


 ドロシーが椅子から立ち上がる。


「お嬢様のご様子を確認しに行く」


「ああ、それがいいだろう」


 ドロシーも部屋を出た。


 俺は柔らかいベッドの上で仰向けになって、天井を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ