表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/602

第31話.真面目に育ててやる

 俺と組織員たちは、朝早くから本拠地への引っ越しを開始した。みんな荷物が少ないから時間はあまりかからなかった。


「これは東の国々の格闘技が記載されている本だ」


 引っ越しの後、俺は組織員たちに小屋から持ってきた本を見せた。


「体を鍛えることも大事だが、知識を蓄えることも大事だ。今日からこの本の内容を熟知できるように」

「はい」


 組織員たちが答えると、俺はジョージとゲッリトを見つめた。


「ジョージとゲッリトはまだ文字を知らないと聞いたが」

「は、はい……」


 二人が少し恥ずかしそうに答えた。


「恥ずかしがることはない。少しずつ学んでいけばいい。レイモン、お前がこの二人に文字を教えてやれ」

「はい!」


 それから俺は組織員たちに1対1の対決を指示し、彼らの戦いを観察した。より詳しい情報を得るためだ。

 今のところ……レイモンがずば抜けて強い。レイモンの実力が10だとすれば、他は6か7ぐらいだ。でもジョージ、カールトン、ゲッリトは経験を積めばすぐレイモンに追いつくだろう。エイブとリックはもう少し基礎訓練が必要そうだ。

 対決が終わって休憩時間が始まると、俺はレイモンとリックを呼び出した。


「リック、お前の家族たちは果物屋を経営しているんだろう?」

「はい」

「じゃ、これはお前に任せる」


 俺はリックに革袋を渡した。


「今月の運営資金だ。レイモンと二人で相談して使うように」

「は、はい!」

「帳簿の記録を忘れるな」

「はい!」


 これでしばらくは問題ないだろう。俺は本拠地を出てロベルトの屋敷に向かった。


---


「今日こそ、あんたをぶちのめす!」


 シェラが勢いよく叫び、俺に向かって突進してきた。


「はあっ!」


 下段蹴りと上段蹴りの連続攻撃……確かに動きは鋭い。だが俺は難なく防いだ。


「……ちっ!」


 シェラは悔しい顔で更に激しい攻撃を繰り返した。しかし俺には通じない。

 何しろ、シェラと戦うのもこれで3回目だ。この小娘の攻撃パターンはほとんど把握している。シェラはフェイントを混ぜた連続攻撃が特技だが、相手に読まれてはまるで意味がない。


「くっ……!」


 10分、20分……シェラは諦めずに攻撃を続けた。そして30分の時点で完全に疲れ果ててしまう。


「くっそ!」


 シェラは座り込んで、拳で地面を叩いた。よほど悔しいようだ。


「何で……一発も……」

「まあ、今日はここまでだな」


 俺は微かに笑った。


「じゃ、次の授業は明後日だ。また会おう」


 シェラを残して、俺はその場を去ろうとした。しかしその時、何かが聞こえてきた。


「うっ……ううっ……」


 それは泣き声だった。シェラが座り込んだまま泣き始めたのだ。

 俺は無視して足を運ぼうとした。しかし……何故か足が動かなかった。


「くっそ、面倒くさい……」


 小声で呟いてから、俺はシェラに近づいた。


「おい」


 俺が呼ぶと、シェラが涙に濡れた目で俺を見上げる。


「何よ」

「泣くのはお前の自由だが……いくら泣いても強くはなれないぞ」


 シェラの顔が真っ赤になる。


「じゃ、どうすれば強くなれるか教えなさいよ! あんたって教師なんでしょう!?」


 まあ、確かにその通りだ。俺は思わず苦笑した。

 そもそも俺はシェラと深く関わりたくない。だから適当に相手するつもりだった。でも……これでは教師として失格だし、ロベルトにも少し恩返ししなければならない。

 俺はシェラの真正面に座って、彼女の顔を凝視した。


「お前には二つの問題がある」

「二つの……問題?」


 シェラは手で涙を拭き、俺の話に集中する。


「一つ目は、戦い方があまりにも単純だということだ。お前の頭の中には『早く攻撃して早く敵を倒す』ことしか入っていない」

「そ、それは……」

「もちろん攻撃的な戦い方が有効な時もある。しかし『それだけ』だと駄目だ。特に相手との体格の差が激しい時はな」


 シェラは別に低身長ではない。しかし俺とは絶対的な体格の差がある。


「体格の差が激しいから、いくらお前が体重を乗せて攻撃しても俺にはあまり効かない。そういう時は反撃を狙うか、相手のバランスを崩すか……とにかく別の方法を使う必要がある。しかしお前にはそれがないんだ」

「……じゃ、二つ目の問題は?」


 さっきまで泣いていたシェラは、もう挑戦的な顔になっていた。なるほど、向上心の高い子なんだな。


「二つ目の問題は、お前に真剣勝負の経験がないってことだ」

「はあ?」


 シェラが眉をひそめる。


「何言ってんのよ。私だっていろんな相手と……」

「全部父の部下たちだったんだろう?」


 俺の言葉にシェラは口を閉じる。


「ボスの娘を相手に、本気で戦えるやつがいるもんか。みんな消極的に戦って、結局お前の攻撃に倒されたはずだ」

「でも……」

「お前が攻撃しか知らないのも当然だ。相手がみんな消極的、いや、ほぼ無抵抗だったから防御する必要もなかったんだろう」


 俺は無表情で話を続けた。


「つまりお前は父の威勢を借りて一方的に暴力を振るっただけだ。そんなものを真剣勝負とは呼ばない」


 しばらく沈黙が流れた。そしてシェラは徐々に落ち込んだ顔になり、項垂れた。


「……私はどうすればいいの?」


 自分の間違いに気付いたか。


「お前がそれでも強くなりたいと言うんなら、俺ができるだけのことを教えてやる」

「……本当?」

「ああ、でも今日はもう時間だから次の授業からだ」

「分かった」


 シェラが頷いた。こう見ると『犯罪組織のボスの生意気な娘』じゃなくて、普通に良い子に見える。

 俺が地面から立ち上がると、シェラも立ち上がった。


「じゃ、俺はこれで」

「あ、あの……」

「何だ」

「その……ありがとう」


 シェラは頬を少し赤くして、お礼を言った。意外と素直なところもあるんだな。

 俺は「気にするな」と答えてから、シェラを残して足を運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ