第31話.真面目に育ててやる
俺と組織員たちは、朝早くから本拠地への引っ越しを開始した。みんな荷物が少ないから時間はあまりかからなかった。
「これは東の国々の格闘技が記載されている本だ」
引っ越しの後、俺は組織員たちに小屋から持ってきた本を見せた。
「体を鍛えることも大事だが、知識を蓄えることも大事だ。今日からこの本の内容を熟知できるように」
「はい」
組織員たちが答えると、俺はジョージとゲッリトを見つめた。
「ジョージとゲッリトはまだ文字を知らないと聞いたが」
「は、はい……」
二人が少し恥ずかしそうに答えた。
「恥ずかしがることはない。少しずつ学んでいけばいい。レイモン、お前がこの二人に文字を教えてやれ」
「はい!」
それから俺は組織員たちに1対1の対決を指示し、彼らの戦いを観察した。より詳しい情報を得るためだ。
今のところ……レイモンがずば抜けて強い。レイモンの実力が10だとすれば、他は6か7ぐらいだ。でもジョージ、カールトン、ゲッリトは経験を積めばすぐレイモンに追いつくだろう。エイブとリックはもう少し基礎訓練が必要そうだ。
対決が終わって休憩時間が始まると、俺はレイモンとリックを呼び出した。
「リック、お前の家族たちは果物屋を経営しているんだろう?」
「はい」
「じゃ、これはお前に任せる」
俺はリックに革袋を渡した。
「今月の運営資金だ。レイモンと二人で相談して使うように」
「は、はい!」
「帳簿の記録を忘れるな」
「はい!」
これでしばらくは問題ないだろう。俺は本拠地を出てロベルトの屋敷に向かった。
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「今日こそ、あんたをぶちのめす!」
シェラが勢いよく叫び、俺に向かって突進してきた。
「はあっ!」
下段蹴りと上段蹴りの連続攻撃……確かに動きは鋭い。だが俺は難なく防いだ。
「……ちっ!」
シェラは悔しい顔で更に激しい攻撃を繰り返した。しかし俺には通じない。
何しろ、シェラと戦うのもこれで3回目だ。この小娘の攻撃パターンはほとんど把握している。シェラはフェイントを混ぜた連続攻撃が特技だが、相手に読まれてはまるで意味がない。
「くっ……!」
10分、20分……シェラは諦めずに攻撃を続けた。そして30分の時点で完全に疲れ果ててしまう。
「くっそ!」
シェラは座り込んで、拳で地面を叩いた。よほど悔しいようだ。
「何で……一発も……」
「まあ、今日はここまでだな」
俺は微かに笑った。
「じゃ、次の授業は明後日だ。また会おう」
シェラを残して、俺はその場を去ろうとした。しかしその時、何かが聞こえてきた。
「うっ……ううっ……」
それは泣き声だった。シェラが座り込んだまま泣き始めたのだ。
俺は無視して足を運ぼうとした。しかし……何故か足が動かなかった。
「くっそ、面倒くさい……」
小声で呟いてから、俺はシェラに近づいた。
「おい」
俺が呼ぶと、シェラが涙に濡れた目で俺を見上げる。
「何よ」
「泣くのはお前の自由だが……いくら泣いても強くはなれないぞ」
シェラの顔が真っ赤になる。
「じゃ、どうすれば強くなれるか教えなさいよ! あんたって教師なんでしょう!?」
まあ、確かにその通りだ。俺は思わず苦笑した。
そもそも俺はシェラと深く関わりたくない。だから適当に相手するつもりだった。でも……これでは教師として失格だし、ロベルトにも少し恩返ししなければならない。
俺はシェラの真正面に座って、彼女の顔を凝視した。
「お前には二つの問題がある」
「二つの……問題?」
シェラは手で涙を拭き、俺の話に集中する。
「一つ目は、戦い方があまりにも単純だということだ。お前の頭の中には『早く攻撃して早く敵を倒す』ことしか入っていない」
「そ、それは……」
「もちろん攻撃的な戦い方が有効な時もある。しかし『それだけ』だと駄目だ。特に相手との体格の差が激しい時はな」
シェラは別に低身長ではない。しかし俺とは絶対的な体格の差がある。
「体格の差が激しいから、いくらお前が体重を乗せて攻撃しても俺にはあまり効かない。そういう時は反撃を狙うか、相手のバランスを崩すか……とにかく別の方法を使う必要がある。しかしお前にはそれがないんだ」
「……じゃ、二つ目の問題は?」
さっきまで泣いていたシェラは、もう挑戦的な顔になっていた。なるほど、向上心の高い子なんだな。
「二つ目の問題は、お前に真剣勝負の経験がないってことだ」
「はあ?」
シェラが眉をひそめる。
「何言ってんのよ。私だっていろんな相手と……」
「全部父の部下たちだったんだろう?」
俺の言葉にシェラは口を閉じる。
「ボスの娘を相手に、本気で戦えるやつがいるもんか。みんな消極的に戦って、結局お前の攻撃に倒されたはずだ」
「でも……」
「お前が攻撃しか知らないのも当然だ。相手がみんな消極的、いや、ほぼ無抵抗だったから防御する必要もなかったんだろう」
俺は無表情で話を続けた。
「つまりお前は父の威勢を借りて一方的に暴力を振るっただけだ。そんなものを真剣勝負とは呼ばない」
しばらく沈黙が流れた。そしてシェラは徐々に落ち込んだ顔になり、項垂れた。
「……私はどうすればいいの?」
自分の間違いに気付いたか。
「お前がそれでも強くなりたいと言うんなら、俺ができるだけのことを教えてやる」
「……本当?」
「ああ、でも今日はもう時間だから次の授業からだ」
「分かった」
シェラが頷いた。こう見ると『犯罪組織のボスの生意気な娘』じゃなくて、普通に良い子に見える。
俺が地面から立ち上がると、シェラも立ち上がった。
「じゃ、俺はこれで」
「あ、あの……」
「何だ」
「その……ありがとう」
シェラは頬を少し赤くして、お礼を言った。意外と素直なところもあるんだな。
俺は「気にするな」と答えてから、シェラを残して足を運んだ。




