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第307話.忠誠と反感

 白いドレス姿のオフィーリアは、固く閉ざされた扉を見つめていた。彼女の美しい顔は暗く、震えている。涙を必死に堪えている様子だ。周りにメイドたちがいなかったら、もう泣いていたかもしれない。


 俺は少し驚いた。自分の娘にも冷たいウェンデル公爵とは違って……オフィーリアは父親を本気で心配している。


「あ……」


 ふと俺の存在に気付き、オフィーリアがこっちを振り向く。


「っ……」


 だがオフィーリアはすぐ視線を逸らす。まるで子供の頃の、彼女との初めての出会いのように。しかしあの時のオフィーリアの感情は『嫌悪』だったけど、今の彼女の感情は『恐怖』だ。


 何がオフィーリアを変えたんだろうか。それは分からない。分かるのは、俺がこれ以上近づいたら……たぶんオフィーリアはまた失神するということだ。


「へっ」


 俺は苦笑してから、体の向きを変えて自分の部屋に向かおうとした。


「あ、あの……!」


 後ろから声がした。オフィーリアの声だ。俺は歩みを止めて、彼女を見つめた。


「うっ……」


 だがオフィーリアはまた視線を逸らして、口を噤む。


「……何だ。呼び止めておいて、何も言わないのか?」


 俺は冷たい声でそう言った。しかしオフィーリアは依然として何も言わず、ただ震えているだけだ。まるで蛇に睨まれた蛙のように。


 12歳の時、俺はこの美しい少女を苦しめてやると誓った。俺のいるどん底に落としてやると誓った。そして今の俺なら……その誓いが簡単に実行できる。


 この地の支配者であるウェンデル公爵は、毒にやられて倒れている。城の守備兵もそんなに多くない。騎士たちは手強いだろうけど、俺と『レッドの組織』なら勝てる。つまり……俺が今ここで勝手に暴れても、止められる者はいない。


 ウェンデル公爵を殺し、城を陥落させ、オフィーリアを死ぬまで苦しめる。俺なら……実行できる。


「……へっ」


 俺はニヤリと笑ってから、オフィーリアを置き去りにして自分の部屋に向かった。


---


 部屋に戻った俺は、まず体を洗って昼食を済ませた後、ベッドに身を任せた。


「くっそ」


 ウェンデル公爵が目を覚ますまで待つしかない。迅速に王都を制圧するためには、どうしても彼の力が必要だ。


 最悪の場合……このままウェンデル公爵が目を覚まさない可能性もある。そうなったら……俺は戦略を変えなければならない。俺は天井を見上げながら、いろいろ考えてみた。


 それから1時間くらい経ったんだろうか。誰かが扉をノックした。身を起こして扉を開けると、気の強そうな金髪の女性が見えた。ウェンデル公爵傘下の騎士、ドロシーだ。


「レッド」


「ウェンデル公爵の状態はどうだ?」


 俺の質問に、ドロシーは首を横に振る。


「最悪の事態は逃れた。しかし公爵様は……昏睡状態だ」


「昏睡状態だと?」


 俺は驚いて目を見開くと、ドロシーは暗い顔で説明を続ける。


「医者の話によれば……公爵様の肩に刺さった矢には、珍しい猛毒が塗られていたそうだ。『沼毒蛇ぬまどくへび』から抽出した毒がな」


「沼毒蛇……?」


「言葉通り、高温多湿な地方の沼に生息する毒蛇だ。しかし我が王国ではまだ生息地が発見されていないし、あまり研究もされていない。おかげで治療が難航しているようだ」


「……やっぱりか」


 俺が呟くと、ドロシーが怪訝そうに見つめてくる。


「何か心当たりでもあるのか、レッド?」


「ああ、ウェンデル公爵を狙撃した暗殺者たちに……以前会ったことがある」


 俺は『4人の暗殺者』から襲撃されたことを簡単に説明した。


「あの時からそう思ったけど、やつらはたぶんこの王国の者ではない。以前の活動が確認されていないし、剣術も特殊だからな。しかも今回はこの王国で研究されていない毒まで使ってきた」


「……なるほど」


 ドロシーが慎重な顔で頷く。


「追跡されないようにわざと外国の暗殺者を雇ったか、或いは……」


「さあな」


 いろいろ推測できるが、結局推測に過ぎない。情報が足りない以上、結論は出せない。


「ドロシー」


「何だ」


「ウェンデル公爵は、普段から乗馬をしているんだな?」


「ああ、そうだ」


 ドロシーは軽くため息する。


「公爵様は禁欲的なお方だ。お金のかかる趣味はお好きではない。そんな公爵様のたった1つの趣味が……ご自分の軍馬に乗って走ることだ」


「暗殺者たちは、ウェンデル公爵が乗馬に出るまで待っていた……というわけだな」


「そう見て間違いないだろう」


 ドロシーの言葉を聞いて、俺はニヤリとした。


「じゃ、内通者がいるな」


「レッド……」


「暗殺者たちは、ウェンデル公爵が乗馬中にどこを通るか正確に知っていた。事前に調査したかもしれないが……やつらは警備の薄い地点も正確に知っていた」


 もちろんのことだが……このグレーアム男爵領の本城の周りは、ウェンデル公爵の部下たちが警備をしている。だからこそウェンデル公爵も護衛無しで乗馬を楽しんだわけだ。しかし4人の暗殺者たちは警備を簡単に突破して公爵を狙撃した後、現場から簡単に逃走した。


「あんたも分かるだろう? 内通者がいないと無理だ」


 ドロシーは口を噤んだ。俺の言葉を否定したくても、否定できないようだ。


「単刀直入に聞こう。ウェンデル公爵の部下の中には、不満を持っている連中も多いんじゃないか?」


「……公爵様は公明正大なお方だ」


 ドロシーが暗い声で言った。


「『貴族は貴族らしく行動するべき』と、普段から仰った。貴族は他の模範となるように、能力はもちろん責任感を持つべきど仰った」


「逆に言えば、能力や責任感の無いやつは……たとえ貴族でも容赦しなかったわけだな?」


 ドロシーは答えなかった。肯定の意味だ。


 しばらく沈黙の後、俺は腕を組んで口を開いた。


「何となく分かる。ウェンデル公爵は高い力量を持っているが、それゆえに他人を厳しく評価してきたんだろう。『何故この程度もできないのだ』、と。結局そういう態度が周りの反感を呼ぶようになった。有能で責任感の強い人材って、決して多くないからな」


 その言葉を聞いたドロシーは視線を上げて、俺を直視する。


「……レッド。公爵様がお前をお気に召している理由は、お前が予想以上の力量と責任感を持っているからだ。だからこそ周りの反対を押し切って、お前に伯爵の爵位を任せた」


「しかしその行為が更なる反感を呼んだわけだ」


 俺は頷いた。


「俺に自分の娘であるオフィーリアを嫁がせようとしたことが……決定的だ。ウェンデル公爵はもう貴族たちの人望を失った」


「それでも公爵様には私たちがいる」


 ドロシーの瞳に闘志が宿る。


「公爵様と共に戦場を駆け抜けてきた騎士や兵士は、全員忠誠心が高い。公爵様ならこの王国を救うことができると、私たちは信じている」


「それは幸いだ」


「お前の考えていることは、私たち騎士ももう分かっている。騎士たちが力を合わせて、今回のような事態が2度と起きないようにするつもりだ」


 悔しさ、後悔、そしてそれを超える闘志が……ドロシーから感じられた。『レッドの組織』にも負けないほどの闘志だ。


 これなら問題ない。後はウェンデル公爵が目を覚ますのを待つだけだ。俺はそう判断した。

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