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第303話.予想通りの展開

「……今月」


 ウェンデル公爵の中低音の声が、食堂の中に鳴り響く。


「君はアルデイラ公爵軍とコリント女公爵軍の攻撃から、軍事要塞カルテアを守り抜いた」


 俺は口を噤んで、ウェンデル公爵の話を聞いた。


「しかもただ要塞を守り抜いただけではなく、敵軍に深刻な被害を与えた。2万7千の大軍を相手に……たった3千の兵力で」


 ウェンデル公爵がテーブルの上で両手を組む。


「最初にドロシー卿の報告書を読んだ時は、正直信じられなかった。報告書の内容が全て本当なら……君は古代の名将たちに匹敵する軍才を持っていることになるからな」


 ウェンデル公爵と俺の視線がぶつかった。


「だが……私の側近の中には、君の勝利を偶然だと思っている者もいる」


「へっ」


 俺はつい笑ってしまった。


「あれは俺と俺の部下たちが命を掛けて戦った結果だ。偶然なんかじゃねぇよ」


「私もそう思いたい。だからこそ君の話を聞いて、確認したいのだ。あの勝利の真相を」


「なるほど」


 話が見えてきた。


 ウェンデル公爵の側近たちは、ほとんどが貴族だと聞いた。たぶんやつらの中には、『平民の成り上がり』である俺に反感を持っている者も多いはずだ。だから俺の勝利を『偶然だ』と貶しているに違いない。


 ウェンデル公爵も側近たちの意見を完全に無視できなかったんだろう。だから俺の勝利が偶然か否か確認しようとしている。俺の力量を見極めようとしている。


「いいだろう。聞きたいことがあるなら、言ってくれ」


「君は……自分の勝利の最大原因を何だと思う?」


「俺の軍隊が強くて、公爵たちの軍隊が弱かったからだ」


 俺は即答した。


「もちろん敵は大軍だった。でも軍隊が戦闘力を発揮するためには、指揮系統の統一が必要だ。だが敵には2人の総指揮官がいたし、しかもあの2人は互いを信頼しなかった。それでは余計な不和が生じるだけだ」


「ふむ」


「それに対して俺の軍隊は……俺の兵士たちは、総大将の俺に対して強い信頼を持っている。俺の命令なら、敵の大軍にも怯まずに一心不乱に戦う。この違いこそが、勝利の根本的な原因だった」


「……なるほど」


 ウェンデル公爵がゆっくりと頷く。


「君は戦闘が始まってから、アルデイラ公爵軍の方を集中的に攻撃した。その理由は何かね?」


「それが最も効率的な戦術だったからだ」


 俺はまた即答した。


「俺の情報部の報告によると、アルデイラ公爵は『他人を絶対信頼しない人間』だ。そういうタイプは、状況が不利になると味方すら簡単に裏切る」


「ふむ」


「つまり俺は……アルデイラ公爵とコリント女公爵を仲間割れさせるために、アルデイラ公爵の方を集中的に狙ったわけだ。コリント女公爵については、まだ不明なところが多いからな」


 その答えを聞いたウェンデル公爵は、視線を落として考え込んだ。


「……どうやら」


 数秒後、ウェンデル公爵が顔を上げて俺を見つめる。


「君の軍才は本物のようだな」


「ありがとう」


「いや、感謝するべきなのは私の方だ」


 ウェンデル公爵の顔色が少し明るくなる。


「君のおかげで、私は軍隊を再整備する時間ができた。来年の春くらいには……8千の兵力を動員できるだろう」


「8千か」


 俺の3千と連合すれば、総数は1万1千……他の公爵とも対等に戦える戦力だ。


「君と私が協力すれば、王都地域を制圧できる。この戦乱を終わらせることができる」


「ああ、俺もそう思う」


「だが、その前に1つ解決すべき問題がある」


 ウェンデル公爵はジュースを1口飲んでから、話を続ける。


「前述した通り……私の側近の中には、君の力を疑っている者もいる。だが逆に、君の力を脅威に思っている者もいる」


「脅威か」


「ああ、いつかは君が私を裏切るかもしれない……という不安の声を上げている者だ」


 そう言いながら、ウェンデル公爵が俺を注視した。俺は何の反応も見せなかった。


「……私としては、戦友である君を信頼したい。しかし指導者として、側近たちの意見を無視し続けることもできない」


「ま、そうだな」


「この問題を解決するためには……君と私がもっと親密な関係を築く必要があると判断した」


 やっぱりそう来たか。俺は内心苦笑した。


「ウェンデル公爵」


「何だ」


「一応確認するけど……縁談を持ち出すつもりか?」


「……その通りだ」


「へっ」


 俺はニヤリと笑った。


「貴族たちのやることは、大体同じだな」


「政略結婚は、同盟の維持には必須だ」


 ウェンデル公爵は真面目な顔で話を続ける。


「君ももう立派な伯爵だ。家門と領地を守るために、同盟の家門の娘と婚約するのは義務だ。貴族としての義務だ」


「貴族としての義務、ね」


 俺は苦笑した。


「言っておくけど、俺にはもう婚約者が2人もいる」


「知っている。でも問題ない。君のような若い実力者の側室になれるのなら、私の娘も不満はないはずだ」


「さて……そいつはどうかな」


 俺は笑いを堪えた。どうやらウェンデル公爵には、少し独善的な面があるようだ。


 ウェンデル公爵は俺の反応を無視して、テーブルの上のベルを鳴らす。するとメイドたちが素早く食堂に入ってくる。


「お呼びでしょうか、公爵様」


「オフィーリアを呼んでくれたまえ」


「かしこまりました」


 メイドたちは丁寧に頭を下げてから、食堂を出る。


 俺はまた苦笑した。ある程度予想していたが……展開が速すぎる。


「人のことは言えないけど……あんたも相当強引だな、ウェンデル公爵」


「決断力は指導者に必要な能力だ」


「その言葉には同意するが、後で後悔するなよ」


 俺は真面目な顔で言ったが、ウェンデル公爵はびくともしない。


 数秒後、食堂の外から軽い足音が聞こえてきた。そして扉が開いて、1人の少女がメイドたちを連れて入ってきた。


「お父様」


 少女が美しい声でウェンデル公爵を呼んだ。俺は振り向いて、少女の顔を見つめた。


 綺麗な瞳、真っ白な肌、赤い唇……もう人間というより、お人形みたいな金髪の少女だ。美的感覚なんか持ち合わせていない俺でさえ『美しい』という言葉が自然と頭の中に浮かんだ。


 そう、俺はこの少女を知っている。8年前、俺がまだ貧民だった時に……華麗な馬車に乗って、俺を侮辱したあの少女だ。

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