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第297話.激戦の後

 10月14日の朝……『軍事要塞カルテア』は静まり返った。


 激しい攻城戦、巧妙な特殊部隊の活躍、強烈な騎兵隊の突撃……その全てが嘘のように、新鮮な秋の空気だけが要塞を包んでいる。


 要塞の南には、まだ敵軍の野営地が残っている。しかし敵軍はもう撤退してしまったから、捨てられた天幕が並んでいるだけだ。


 俺は簡単に朝食を済ましたから、要塞の主塔の3階に登った。そこには要塞司令官用の執務室がある。扉を開けて入ると、広い部屋が視野に入ってきた。


 机と椅子、大きなテーブルがあるだけの殺風景な執務室だが……別に不満はない。俺は早速机に座って、書類仕事を始めた。


 軍隊の総大将として、俺が確認しなければならない書類はいくらでもある。味方兵士の被害状況、要塞の補修工事期間、軍備予算の状況などなど……。


 側近たちが書いた報告書をちゃんと読んでから、『ロウェイン伯爵』の印章を押す。地味な仕事だが、俺が直接やるべきだ。俺の軍隊で起こることは、結局全部俺の責任だ。指導者ってそんなものだ。


 1時間くらい仕事を続けた時、ふと外から足音が聞こえてきた。軽い足音だ。たぶんあいつだろう。


「レッド!」


 健康な体型の少女が執務室に入ってきて、俺を呼んだ。俺の秘書であり、弓兵隊の指揮官であり……婚約者であるシェラだ。


「敵野営地の調査が終わったの。残念だけど、天幕以外に使える物資はあまり残っていない。食料はほとんどが廃棄されていたし」


「そうか」


 俺は軽く頷いた。


 昨日、俺はシェラに敵軍の野営地を調査するように指示した。敵軍は撤退してしまったけど、やつらの野営地には使える物資が残っているかもしれないからだ。しかし公爵たちは……俺にただで物資を提供する気はなかったようだ。


「それにしても……その植木鉢は何だ?」


 俺はシェラに聞いた。


 シェラは手に小さな植木鉢を持っていた。植木鉢には真っ白な花が植えられている。


「この部屋があまりにも味気なくてね」


 シェラは窓辺に植木鉢を置いた。少しだけだけど、 殺風景な部屋の雰囲気が明るくなる。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 シェラが明るい笑顔を見せる。


 シェラの真っ白な肌は、少し焼けている。ここ最近、彼女もずっと部隊を統率していたから仕方ない。でも少し焼けた肌色が逆に色っぽい。俺の婚約者だけど……可愛い女の子だ。


「何よ、レッド? 私の顔に何かついてる?」


「いや……お前が可愛くてな」


「え……?」


 シェラが目を丸くする。


「い、いきなりからかうのはやめて」


「事実を言っただけだけどな」


 シェラの頬が赤く染まる。


「い……いいわよ。今日はあんたの嘘に騙されてあげる」


「勝手にしろ」


 俺とシェラは一緒に笑った。


「ね、レッド」


「何だ」


「これでしばらくの間……戦闘は無いよね?」


「ああ、そのはずだ」


 俺は腕を組んで、説明を始めた。


「今回の『カルテア攻防戦』で……公爵たちは莫大な被害を受けた。特にアルデイラ公爵の方は……1万2千の大軍が約7千にまで減ってしまった。しばらくは動けない」


「でもコリント女公爵の方は、まだ大軍を持っているのよね」


「そうだな」


 俺は頷いた。


「コリント女公爵は攻城戦で約2千の兵力を失ったけど、まだ1万3千の大軍が残っている。でも軍隊の士気や規律がめちゃくちゃになっているし、再整備の時間が必要だろう。少なくとも来年の春までは動けない」


「じゃ、半年は平和ってことね」


 シェラが安心した顔になる。


「……覚えている? いつかレッドが私に言ったよね。この戦乱を終わらせてやるって」


「覚えているさ。冬のことだった」


「うん。そして今……レッドは王国の1番偉い人々に勝って、本当に戦乱を終わらせようとしている。まるで……奇跡みたい」


 シェラが俺をじっと見つめる。


「レッドって不思議よね。仲間たちも、兵士たちも……いつの間にかみんなレッドのことを信じて、命をかけている」


「ありがたいことだ」


「私はね……」


 シェラは窓際に立って、外の風景を眺める。


「時々不安になるの。私が本当に……レッドの役に立っているのかな、と」


「心配する必要はない」


 俺は席から立ち上がって、シェラに近づいた。


「お前が側にいてくれて、いつも助かっている」


「そう?」


「ああ」


 シェラの頭を撫でてから、俺は話を続けた。


「前回の作戦会議で、お前は俺に強く言ってくれた。『命を大事にしろ』と。俺は嬉しかったよ」


「え……? あれが嬉しかったの?」


 シェラは目を見開いた。俺は笑った。


「そうさ。もし俺が謝った判断を下した時……信頼できる誰か直言してくれないと、俺は失敗する。俺も結局1人の人間に過ぎないからな」


 その言葉を聞いて、シェラが笑顔を見せる。


「レッドって本当に不思議よね。みんなレッドのことを無敵とか最強とか思っているのに、本人はそう思わない。謙虚な性格 ……ではなさそうだけど」


「別に謙虚ではないさ」


 俺はニヤリとしてから、シェラを抱きしめた。


「れ、レッド……私、任務を終えたばかりだから……」


「いいんだ」


 俺はそのままシェラにキスしようとした。しかしその瞬間……執務室の扉が開かれて、副官のトムが入ってきた。


「総大将! ウェンデル公爵から手紙……あ」


 トムは俺とシェラを見て凍りついてしまう。シェラも慌てて俺から離れてしまう。


「も、申し訳ございません!」


「いいんだ」


 俺は苦笑するしかなかった。


「ウェンデル公爵から手紙が届いたのか?」


「は、はい!」


 トムが素早く俺に手紙を渡す。


「し……失礼いたしました! じ、自分はこれにて失礼します!」


 そう言い残して、トムは執務室から逃げてしまった。


 シェラは自分の顔を両手で覆う。


「もう……本当に……レッドのせいで……」


「へっ」


 俺はもう1度苦笑してから、手紙を開けて読んだ。


「……どういう手紙なの?」


 冷静を取り戻したシェラが聞いてきた。俺は彼女に手紙を渡した。


「招待状さ。ウェンデル公爵が自分の城に俺を招いた」


「招待……」


 シェラは手紙をゆっくり読んでから、俺を見つめる。


「レッドは公爵の招待に応じる気なの?」


「もちろんだ。これからの方針について、公爵と話し合う必要があるからな」


「でも……」


 シェラの顔が少し暗くなる。俺のことを心配しているのだ。


「心配するな。護衛として『レッドの組織』のみんなを連れていくから」


「レッドがそう言うのなら……」


 シェラが小さく頷く。


 『レッドの組織』の6人は、1人1人が1流の騎士に匹敵する武を持っている。いや、レイモンやジョージの場合は……1流の騎士すら凌駕する。俺を含めて7人で対抗すれば……たとえ敵が数百名だろうと怖くない。


「でも用心してね。レッドは私たちの……希望だから」


「分かった。では、さっきの続きだ」


「続き……?」


「ああ」


 俺はシェラを抱きしめてキスした。シェラは驚いて俺を押し退けようとしたが、すぐ大人しくなった。

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