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第293話.あとひと押しだ

 10月8日、午後1時……俺は執務室で作戦会議を開いた。


 会議に参加するのは、シェラとシルヴィア、トムとカレン、猫姉妹、レッドの組織の6人、ドロシー、そしてハリス男爵だ。


「まずハリス男爵のことをみんなに紹介する」


 俺が宣言すると、みんな息を殺して俺の声に集中する。


「彼はハリス男爵領の領主で、俺の同盟だ。今回の戦いで、ハリス男爵はあの有名な『森林偵察隊』を率いて俺たちと共に戦う」


 みんなの視線がハリス男爵に集まる。太った男爵は、少し恥ずかしそうな顔になる。


「ハリス男爵」


「はっ」


「ここにいる間は、俺の指揮に従ってもらうぞ」


「もちろんです!」


 ハリス男爵が強く頷いた。


「ロウェイン伯爵様の軍才は王国一、いや……きっと大陸一です! そんなロウェイン伯爵様の指揮を受けるなんて、私としても光栄です!」


「ありがとう」


 俺は笑顔を見せた。


「では、作戦会議を始める。現在、俺たちの急務は敵軍の波状攻撃を打ち破ることだ。今日の会議ではこの件について話したい」


「はーい」


 シェラが手を上げた。


「私、言いたいことがありまーす」


「何だ、シェラ?」


 俺とシェラの視線がぶつかった。


「昨夜の激戦で、総大将は単騎で敵の野営地まで突撃したと聞きましたけど」


「ああ、そうだが」


「一体何考えているのよ?」


 シェラが怒った顔に豹変する。


「あんたは私たちの総大将だよ! あんたに何かあったら、私たちは終わりだからね! 自分の命を軽んじてはいけないこと、分かっている?」


「すまない」


 俺は素直に謝った。


 確かにこの問題については、誰かは言及しなければならない。誰かは俺に直言しなければならない。そして今この場で俺に直言できるのは、シェラとシルヴィアくらいだ。だからシェラがその役割を引き受けたわけだ。


「確かにあの突撃は危険だった。でも完全に無策だったわけではない」


「じゃ、策があったの?」


「ああ。そもそも俺の体は頑丈だし、鋼の鎧を着ているから矢の1発や2発で重傷を負ったりはしない」


「そんなのは策でも何でもないと思うけど」


「戦闘後、敵を釣るつもりだったのさ」


 俺は腕を組んだ。


「俺が重傷を負ったという偽の情報を流すと、敵軍は機会だと思って総攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。その時、俺が平気な姿で現れたら……やつらは混乱し、恐怖を感じるだろう」


「本当に策なの、それ?」


「もちろんだ。苦肉の策と言って、昔からよく使われている奇策さ」


「ふーん」


 シェラが疑いの眼差しを送ってきたが、俺は無視した。


「ま、総大将の俺が直接苦肉の策を使うのは……最後の手段みたいなものだ。今考えると、そこまでする必要はないかもな」


「そうだよ! レッドもみんなも強いから、そこまでする必要はない!」


 シェラがみんなを代表して言った。側近たちは一斉に頷いた。


「私もシェラさんの意見に同意します」


 冷たい声でそう言ったのは、ドロシーだった。


「指導者たる者は、たとえ部下たちが全員死んでも生き残るべきです。最後の最後まで生き残って、指導者としての義務を果たすべきです。ロウェイン伯爵様の武勇と知略はよく知ってしますが、少し自重することも大事かと」


「へっ、あんたに心配されるとはな」


 俺は笑ってしまった。


「みんなの気持ちは分かった。確かに自重することも必要だ。これからは気をつけよう」


 俺の発言に、みんな安心した顔になる。


「でも昨夜の戦いは、決して無駄ではなかった。敵軍に打撃を与えた上に、ハリス男爵と合流できたし……敵軍の現状を探ることもできたからな」


「敵軍の現状? どういう意味?」


 シェラがまたみんなを代表して質問してきた。俺は少し間を置いてから話を続けた。


「敵軍の総指揮官である2人……つまりアルデイラ公爵とコリント女公爵は、もうお互い協力する気が無いということだ」


「公爵たちが仲間割れしたの?」


「仲間割れする寸前だ」


 俺はニヤリとした。


「昨夜、俺はアルデイラ公爵軍の野営地の前まで突撃した。そしてアルデイラ公爵は俺を仕留めるために騎兵隊と弓兵隊を出陣させた。しかし……コリント女公爵の方は何の動きもなかった」


「……言われてみれば、確かにそうですね」


 レイモンが慎重な顔で言った。


「ボスと俺たちが戦闘に入った地点は、コリント女公爵軍の野営地からも近い。その気になれば騎兵隊を送って支援することもできたはずです。それなのに、俺たちを追跡したのはアルデイラ公爵の部隊だけでした」


「その通りだ」


 俺は頷いた。


「やつらはもう共同作戦を行うことができない。たぶん今までの敗北の責任を、お互い擦り付け合っているだろう。『お前のせいで負けたじゃないか!』とな」


「それは……ちょっと醜いね」


 シェラが眉を潜めた。俺は笑った。


「信頼の無い集団ってそんなものだ。有利な状況下ではぎりぎり協力するけど、不利になると一気に不仲になる。やつらが波状攻撃に転換したのは、大きな共同作戦を遂行できないという理由もあるはずだ」


「じゃ、もう少し耐えれば……私たちの勝ちかも」


「ああ……あとひと押しだ」


 俺は拳を握りしめた。


「あとひと押しで……2人の公爵の間に内分が起こり、連合は破綻する。そうなったらやつらは退却するしかなくなる。俺たちの勝利だ」


「レッドが自信満々に言うってことは、何か策があるんだよね?」


「もちろんだ」


 俺は机の上で手を組んだ。


「夕べになると……敵軍は昨夜の被害を収拾し、また波状攻撃を始めるはずだ。その時、俺たちの対応が大事だ」


「なんなりとご命令を」


 トムが闘志に満ちた顔で言った。


「総大将の命令なら、大軍にも対抗してみせます」


「いい心構えだが……その必要はない」


「と、おっしゃいますと?」


「対応方法を2つに分ける」


 俺は視線をハリス男爵に移した。


「もし敵がアルデイラ公爵の部隊なら、ハリス男爵が森林偵察隊を率いて迎撃する」


「はっ、お任せください」


 ハリス男爵が目を輝かせる。


「森林偵察隊は、森での戦闘を得意としますが……坂や平地でも十分に戦えます」


「ああ、騎兵無しで森林偵察隊に勝つことは至難の業だ。敵に出来るだけ被害を与えてくれ」


「はっ!」


 俺はトムとカレンの方を見つめた。


「そして、もし敵がコリント女公爵の部隊なら……対応するな」


「対応を……しないんですか?」


 カレンが目を丸くする。俺は軽く頷いた。


「所詮敵はこちらを威嚇するだけだ。城壁の上に盾を装備した歩兵隊を配置し、敵の攻撃が終わるまで耐えろ。それだけでいい」


「かしこまりました」


 カレンが頷いた。


「……なるほど」


 シェラが手を叩く。


「レッドの考えていることが分かったわ。わざとコリント女公爵との戦いを避けて、アルデイラ公爵を疑心暗鬼にさせるつもりだよね? 『コリント女公爵はレッドと内通しているのかもしれない』と」


「その通りだ」


 俺は笑顔で頷いた。


「先日、俺が『アルデイラ公爵を集中的に叩くつもりだ』と言ったことを覚えているか? 現に俺が今まで直接攻撃したのは、アルデイラ公爵の部隊だけだ。コリント女公爵の部隊とはほとんど戦っていない」


「アルデイラ公爵からすれば不気味だよね。『どうしてレッドは私だけを狙うんだ? どうしてコリント女公爵の方は攻撃しないんだ? もしかして2人は内通しているのか?』と疑っていそう」


「いい推理だ」


「でも……それだけで連合が破綻するかな? ちょっと足りない気がする」


 シェラは難しい顔をする。


「もちろんそれでは足りない。だから俺はコリント女公爵に手紙を送る」


「手紙?」


 シェラはパチパチと瞬きしてから、また手を叩く。


「あ、もしかして……『こちらと内通してくれ』という内容の?」


「いや、単なる挨拶の手紙だ」


 俺は顎に手を当てた。


「内容は……そうだな。『コリント女公爵様の安寧と幸福を祈ります』とかでいいだろう」


「そんな手紙に何の意味があるの?」


「手紙自体には何の意味もないさ」


 俺はニヤリと笑った。


「アルデイラ公爵の立場から考えてみろ。『コリント女公爵とレッドは内通している可能性がある。それなのにレッドがコリント女公爵に手紙を送った? これはただ事ではない』と判断するはずだ」


「でもただの挨拶の手紙でしょう? 釈明すれば……」


「そんな釈明、信じるわけがないんだ」


 俺は笑顔のまま説明を続けた。


「もちろんコリント女公爵は素直に釈明するだろう。『これは単なる挨拶手紙だ、ほら』と。でもその真実の言葉が、アルデイラ公爵には嘘に聞こえるんだよ。『内通の手紙を隠したな、この女狐が。戦闘中の敵に挨拶の手紙を送るやつがどこにいる?』とな」


「なるほど……」


 シェラは感心した目で俺を見つめる。


「レッドって……本当に悪知恵が働くよね」


「悪知恵じゃなくて『離間の計』だ」


「それっぽい名前を付けても、悪知恵は悪知恵だからね?」


「へっ」


 俺は失笑してから、側近たちを眺めた。


「聞いての通りだ。信頼の無い連合なんて、砂上の楼閣に過ぎない。敵の連合が破綻した時……お前たちの全力を持って、やつらを蹂躙せよ」


 俺の声が部屋の中に響き渡ると、側近たちは一斉に頭を下げる。

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