第29話.俺の役目は分かっているさ
俺は小屋に戻って、今日の出来事を鼠の爺に話した。すると爺は冷たく笑った。
「ロベルトめ……小賢しい手を使いやがったか」
「何?」
「あいつはお前の唯一の弱点を突いてきたんだよ」
「俺の弱点?」
俺は眉をひそめた。
「分からないのか? お前はまだ女を知らない。それがお前の弱点だ」
「……はあ?」
そんなものが弱点だと?
「ロベルトの娘はな、見た目は可愛いけど気性が荒いという評判だ。婚約する予定だった相手を殴って追い払ったこともあるらしい」
「なるほど」
俺はシェラの姿を思い浮かべた。とても挑戦的で、攻撃的な女の子だった。
「だからロベルトは、自分の娘を抑えられる人を探していたに違いない。そこでお前が現れたんだ」
「ということは……」
「お前と自分の娘を結ぶつもりさ」
俺と……あの小娘を?
「上手く行けば気性の荒い娘も落ち着かせるし、お前という強い手駒も手に入れられる。ロベルトとしては一石二鳥だ」
「……何か裏があるとは思っていたけど、そういうことだったのか……」
「ああ、お前はもう罠に引っかかったんだよ」
「何言ってんだ、爺。俺はまだ引っかかっていないぞ」
俺の答えに爺が冷笑する。
「だから最初に言ったじゃないか。お前はまだ女を知らない。要するに免疫がないんだ。可愛い女の子と二人だけの時間を過ごせば、必ず何かが起きる」
「俺を馬鹿にするなよ、爺。罠だと知っているのに、俺があの子に手を出すわけがないじゃないか」
「へっ、果たしてそんな自制ができるかな?」
俺は爺の言葉を敢えて無視した。
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次の日、俺はレイモンと一緒に組織員たちの情報を確認した。
「ほとんどが一人暮らしなんだな?」
「はい」
レイモンの話によると、レイモンとリックを除けば全員一人暮らしみたいだ。
「個人差はあるけど……みんな生活に余裕がありません。でも頑張って格闘技に精進しています」
「そうか」
俺は気付いた。彼らが格闘場の選手として働いているのは……ただ高い報酬のためではない。そもそも報酬が高くても、彼らはせいぜい一ヶ月に一度くらい戦うんだから……生活に余裕がないのだ。
報酬のためではない。ただ格闘技が好きなのだ。そんな彼らだからこそ俺に憧れて……加勢してくれたのだ。
「……レイモン」
「はい」
「本拠地の話だが……港の近くの倉庫を借りた。明日から使える」
「そうですか? 流石ボスです」
レイモンが明るい顔で俺を見上げる。
「場所を教えてやるから……明日の午後、本拠地の前で全員集結できるように」
「かしこまりました」
レイモンは独創的ではないけど、誠実だし行動力もある。組織員たちをまとめることに関しては有能だといえるだろう。
そしてレイモンや組織員たちに『道を示す』のが、ボスとしての俺の役目だ。
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午後になって、俺はロベルトの屋敷に入った。ボスとしてのもう一つの役目である『収入源の確保』のためだ。
「さあ、1時間の授業だ」
俺は『犯罪組織のボスの生意気な娘』……つまりシェラに向かってそう言った。
「授業の内容は簡単だ。1時間の間、全力で俺にかかってこい」
「……上等だ!」
シェラは挑戦的な眼差しで攻撃を始めた。俺は昨日と同じく防御に入った。
「はあっ!」
気合と共に、シェラが連続で回し蹴りを放った。細い足のわりにはなかなかの威力だ。しかし俺は軽く受け流した。
「ちっ!」
シェラは悔しい顔をした。最初から渾身の攻撃を仕掛けて、俺に一発食らわせるつもりだったんだろう。
「まだまだ!」
それからもシェラは激しい攻撃を続けた。その姿は……鼠の爺に向かって必死に攻撃を繰り返した昔の俺に似ている。なるほど、こういう感じだったのか。
「はあ……はあ……」
30分くらい後、シェラは完全に疲れてしまった。彼女の細い体はもう汗まみれだ。
「もう終わりか?」
「くっそ……」
シェラは地面に座り込んで悔しがった。負けず嫌いな娘だ。
「明日は……絶対倒してやる……!」
「それは無理だな」
「何でだよ!?」
「俺に他の用事があるからだ。次の授業は明後日だ」
俺は苦笑した。
「……明後日ね。絶対来てよ」
「分かった。それまでゆっくり休め」
まあ、シェラの見た目が可愛いのは認める。だが……ロベルトの狙いが分かった以上、その手に乗るわけにはいかない。シェラとはこれくらいの浅い関係を保てばいいだろう。俺はそう考えながら、シェラを残してその場を去った。




