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第290話.やってくれるな

 激しかった攻城戦から3日が経ち、10月7日になった。


 軍事要塞カルテアの城壁の上には、今日も歩哨が立っていた。彼はもちろん俺の軍隊の一員で、朝早くから警戒任務に当っている。


 歩哨は革鎧を着て、長い槍を地面に突き立てて、約500メートル離れた地点を注視する。その地点には無数の天幕が並んでいる。敵軍の野営地だ。


 交代の時間が来るまで、歩哨はほとんど動かない。敵軍の野営地に視線を固定したまま、たまに1歩か2歩移動するだけだ。


 敵軍の野営地には……敵の歩哨が同じ行動をしている。ほとんど動かないまま、こちらを見つめている。味方の歩哨と敵の歩哨は……そうやって数時間も互いの姿を眺める。


 『あいつには、家族がいるんだろうか? 親は? 兄弟は? 結婚はしたんだろうか? 子供は?』…… 味方の歩哨と敵の歩哨は、偶然にも同じ疑問を頭に浮かべた。だがその疑問の答えは、たぶん永遠に分からないだろう。


 やがて太陽が空高く上がると……味方の歩哨は仲間と交代して、兵舎に帰還して休憩を取る。十分に休憩を取ったら、また警戒任務に当たる。その繰り返しだ。


 3回目の警戒任務に当たった時は、もう空が暗くなっていた。この任務を完遂すれば今日の日課も終わりだ。そう思った歩哨は、気力を振り絞ってまた城壁の上に立つ。


「ふう」


 秋の夜の空気が冷たい。故郷である南の都市に比べると結構寒い。でも気を緩めるわけにはいかない。警戒任務は地味だけど大事だ。疎かにしてはならない。歩哨は気合を入れ直す。


 そして数時間が経ち、最後の交代の時間が近づく。歩哨は眠気と戦いながら、暗闇の向こうにある敵軍の野営地を注視する。


 昼間の敵の歩哨も、今頃寒気や眠気と戦っているだろう。敵だけど、あいつとは1度話してみたいな……と思った瞬間だった。


「あ……!」


 敵軍の野営地から、多数の人影が動いた。暗いからよくは見えないが……敵部隊がこちらに向かっている!


「敵だ! 敵が来る!」


 歩哨が叫ぶと、仲間が警鐘を打ち鳴らす。鋭い鐘の音が響き渡り、静粛だった要塞が一気にざわめき始める。


「弓兵! 射撃を開始せよ!」


 士官の命令が伝わり、弓兵隊が城壁の上に集まって矢を放つ。だが真夜中だし、距離があるから有効射撃は難しい。あくまでも敵を近づけさせない為の牽制射撃だ。


「っ……!」


 歩哨は自分の槍を握りしめた。これから大きな戦闘が起きるかもしれない。長時間の警戒任務のせいで疲れているが、今は弱音を言っている場合じゃない。覚悟を決めて、敵に立ち向かうべきだ。


 だが……意外にも、戦闘は起きなかった。


---


 夜11時、俺は執務室で臨時作戦会議を開いた。会議に参加するのは、部隊指揮官の4人……つまり俺とシェラとカレンとトムだ。


 4人が一緒にテーブルに座ると、俺はまず副官のトムを見つめた。


「トム」


「はっ」


「現状況について報告せよ」


「はっ」


 トムが席から立ち上がって、報告を始める。


「現状況について報告いたします。今から約15分くらい前、西の城壁の歩哨が敵部隊の出陣を目撃しました。約2000人の敵部隊はそのまま西の城壁に夜襲を試みましたが、味方の弓兵隊が射撃を行うとすぐ退却しました。そして現在まで敵に他の動きはありません」


 トムの報告が終わると、シェラが俺の方を見つめる。


「レッドが言った通り、敵は夜襲を仕掛けてきたんだね」


「そうだな」


「でも……どうしてこうも簡単に退却したんだろう?」


 シェラが首を傾げる。


「私たちの警戒に隙が無いから、夜襲を諦めるしかなかったのかな?」


「いや……」


 俺は顎に手を当てた。


「さっきの敵の夜襲は……あまりにも粗末だった」


「粗末?」


「ああ」


 俺は頷いてから説明を続けた。


「夜襲は何よりも隠密性が大事だ。だから普通は陽動を出すか迂回起動をする。でもさっきの敵部隊は……何の策もなく、ただこちらに向かって突進してきただけだ」


「どうしてそんなことを……」


「たぶん……わざとバレるためさ」


 俺の言葉を聞いて、カレンが目を丸くする。


「団長の仰ることが分かりました。敵は……波状攻撃による消耗戦を狙っているんですね」


「ああ、その通りだ」


 俺は頷いた。流石カレンだ。


「敵は2万以上の大軍だ。これを再編成して、2000人の部隊を10個作る。そして10個の部隊を交代で夜襲させるのさ。3時間間隔で、な」


「え……?」


 シェラが驚いた顔になる。


「そんなことしてきたら……私たちには休む時間も無いんじゃない?」


「それが敵の狙いだ」


 俺は腕を組んだ。


「正攻法では俺たちに勝てないと分かって、敵は波状攻撃に転換した。接戦を避けて、ひたすら夜襲するふりを続けるつもりだ。それだけでもこちらは十分に休めない。そしてどんな強軍でも……休まないとまともに戦えない」


「そんな……」


 シェラが拳を握りしめる。


「じゃ、私たちも部隊を分けて対応した方がいいんじゃない? 交代で休めば……」


「それも1つの手だが、完璧ではない。敵はまだこちらの8倍だからな。先に気力が尽きるのはこちらだ」


「……そうよね」


 シェラが視線を落とす。


「心配するな、シェラ。打開策が無いわけではない」


「レッド……」


「次に敵が夜襲を仕掛けてきたら、俺が騎兵隊で迎え撃つ。俺の兵士たちの気力が尽きる前に、敵に大きな打撃を与えてやるさ」


 俺が宣言すると、側近たちの顔が明るくなる。彼らは俺を全面的に信頼しているのだ。


 だが俺は……久しぶりに危機を覚えた。敵はこういう変則戦術に慣れているに違いない。たぶん……アルデイラ公爵の指揮だ。


 公爵たちはやっと俺のことを強敵だと認めたわけだ。だからこそ全力で潰しに来ている。この難関を乗り越えれば……俺の勝利だ。

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