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第287話.悪知恵じゃなくて戦術だ

 その日の夜……軍事要塞カルテアは、昼の激戦が嘘のように静かになった。


 何しろ、戦いが終わったわけではない。敵の大軍はまだ要塞の外にいる。戦勝パーティーをするにはまだ早いのだ。


 俺の兵士たちもその事実をよく知っている。だから緊張を維持し、真面目な態度で各々の任務に当たっている。いつ敵が現れても対応できるように、しっかいと周りを警戒している。


 俺は内心満足した。戦闘で勝利した軍隊が、自分の力に溺れてしまい……次の戦闘では大敗してしまう例はいくらでもある。歴史の中の多くの強軍がそうやって破滅した。でも幸い俺の軍隊は……そうはならなさそうだ。


「総大将」


 1人で考えにふけっていたら、副官のトムが執務室に入ってきて俺を呼んだ。


「現在……敵軍はここから約500メートル離れた地点で、2つの野営地を構築しています」


「ギリギリバリスタの射程外か」


 俺は笑った。


「いっそ己の領地まで逃げてくれたら良かったんだけどな。まあ……連中もそう簡単には諦めないか」


 2人の公爵も、せっかく大軍を動かしてここまで来たのだ。このまま手ぶらで帰るつもりはないんだろう。


「敵の被害は? 把握できたのか?」


「はっ、敵の死傷者は約1500人以上です。そして何よりも……士気の低下が著しいです」


 トムは慎重な口調で話を続ける。


「敵兵士たちの動きに余裕が無くなりました。陣形もどこか萎縮されています。総大将の武勇に怯えていると思います」


「そうか」


 たった300人の騎兵隊の突撃によって2万7千人の大軍が退却し、しかも1500人の死傷者が出た。士気が落ちるのは当然だ。


「我が軍の士気は?」


「これ以上無いほど高いです」


 トムが目を輝かせる。


「敵の大軍を目の当たりにしながらも、慌てたり怖気づいたりする兵士は見られません。むしろ勝利できるという自信に満ちています」


「それほどか」


 俺が頷くと、トムは少し間をおいてから話を続ける。


「……これは個人的な感想ですが、もう兵士たちも気づいていると思います」


「気づいている? 何に?」


「自分たちが歴史の証人であることに、です」


 トムの声は少し震えていた。


「この王国の頂点である公爵たちすら、総大将には敵わない。総大将の活躍はこの王国の未来を変えて、数百年も語られるに違いない。つまり総大将と一緒に戦っている私たちは……歴史の証人です。皆その事実に気づいています」


「それは……ちょっと疑わしいな。本当に兵士たちがそう思っているかな?」


「もちろんです」


 トムが強く頷く。


「自分の考えをちゃんと言葉で表現できる人は多くありません。だから皆、言葉で言ったりはしていませんが……態度で分かります」


「態度?」


「はい。総大将が出陣なされる度に、我が軍の兵士たちは……まるで教会で礼拝をするような、厳粛な態度で総大将の後ろ姿を眺めます。総大将の活躍を出来る限り記憶に収めて、多くの人々に伝えことこそが……歴史の証人たる我々の使命だと、皆思っているからです!」


 トムが強い口調で言った。俺には未だに信じがたい話だが……心当たりが無いわけではない。


 俺の兵士たちは、俺に対して強い信頼を持っている。ある意味信仰と言ってもいいほどだ。『総大将には奇跡を起こす力がある』と、本気で信じている兵士もいるくらいだ。


 そして『信仰に近い信頼』が、ついに花を咲かせたのだ。俺が『戦乱を終わらせる』と宣言した時点から……兵士たちは『総大将ならやってくれる』と信じ、『総大将と一緒に戦うのが自分たちの使命』と思うようになったのだ。


 『早く戦乱を終わらせてくれ』という人々の願望が、俺の戦いになった。そして俺の戦いが……人々の戦いになった。


「……本当にそうだとしても」


 俺はニヤリをした。


「俺としては、教会みたいに厳粛な雰囲気よりは……もっと砕けた雰囲気の方がいいけどな」


「砕けた雰囲気……ですか?」


 トムが難しい顔をする。


「かしこまりました。自分には似合わないかもしれませんが、努力してみます!」


「いや、努力とかそういうもんじゃないから」


 俺は笑った後、話を変えることにした。


「トム」


「はっ」


「敵は包囲を諦めて、攻城兵器の建造を優先するはずだ。カレンやシェラの部隊と協力して、敵の動きを注視せよ」


「はっ!」


 トムは丁寧に頭を下げてから、執務室を出た。本当に真面目で勤勉なやつだ。小柄で綺麗な顔をしているせいでそうは見えないけど、トムは軍人に向いているのかもしれない。


---


 翌日から、敵は攻城兵器を建造し始めた。予想通りだ。


 その報告を聞いた俺は、執務室に側近たちを集めて作戦会議を行った。前回の作戦会議のメンバーに加えて、『レッドの組織』の6人も参加した。


「敵は多数のトレビュシェットを建造しています」


 カレンがトレビュシェットについて簡単に説明した。てこの原理で石を飛ばす攻城兵器……俺の軍隊も使ったことがある。


「威力は確かですが、この要塞の城壁は頑丈です。そう簡単に無力化させることは難しい」


「しかも前もって補強工事をしておきましたからね」


 シェラが明るい声で言うと、カレンが頷いた。


「秘書殿の仰った通りです。トレビュシェットだけでこの要塞を落とすことはまずあり得ません。敵側としては、頃合いを見て突撃を敢行する必要があります」


 カレンの説明にみんな頷いた。攻城兵器で籠城側を萎縮させて、その隙きに突撃する……基本的な攻城戦の戦術だ。


「ですが……現在、敵はこの要塞を完全に包囲していません。こんな状況下で突撃してきても、あまり効果は望めません」


「敵は包囲を諦めたんでしょうか?」


 レイモンが発言する。


「ボスの率いる騎兵隊の突撃を恐れて、包囲せずに攻撃を続けるつもりかもしれませんね」


「レイモン殿の推測は正しいと思います」


 カレンがレイモンの疑問に答える。


「要塞を包囲するために広く展開したら、前回の二の舞になるだけだと判断したんでしょう。しかし、だからといって包囲を諦めるのは……あまりにも消極的な戦い方です」


「ああ、まったくだ」


 俺が笑顔で言うと、みんなの視線が俺に集まる。


「戦いが始まる前に、説明したことを覚えているか? 2人の公爵は、各々『自分が損するのは嫌だ』と思っている。だから自然に消極的になるのさ」


 俺の言葉にみんな頷いた。


「それを考慮すると、敵の次の攻撃方向も大体予想できる」


「どうやって?」


 シェラが首を傾げる。俺は腕を組んで説明を続けた。


「敵はアルデイラ公爵とコリント女公爵の連合軍だ。でもこの2人は、互いを信頼していない。だから野営地を2つも作ったのさ」


「西南の野営地がアルデイラ公爵のもの、東南の野営地がコリント女公爵のものだよね。野営地の旗で分かる」


「アルデイラ公爵の本拠地は王都の西南に、コリント女公爵の本拠地は王都の東南にあるからな。軍隊の配置もそれに沿っているわけだ」


「ということは……」


 シェラが顎に手を当てる。


「初戦でレッドが攻撃した敵の西の部隊は……アルデイラ公爵の部隊だったわけね」


「コリント女公爵の兵力も混ぜていたかもしれないが、ほとんどはアルデイラ公爵の兵力だったはずだ」


 俺の答えを聞いて、シェラが眉をひそめる。


「つまり……アルデイラ公爵としては『このまま私だけ損するわけにはいかない』と思っているんだろうね。だからコリント女公爵に……『次は貴方が先に攻撃してくれ!』とか言うかも」


「いい推理だ」


 俺はニヤリと笑った。


「もちろん確実ではない。でも7割以上の可能性で……次はコリント女公爵の方が主攻だ。そうなったら、敵は東の城壁を狙ってくるだろう」


「東の城壁って……確かレッドが優先的に補強工事を指示したところだよね」


 シェラが俺を怪訝そうに見つめる。


「まさか、最初からこうなるように仕向けたの?」


「まあな」


 俺は笑顔で頷いた。


「2人の連携を崩すためには、どっちか片方を集中的に狙った方がいいからな。これからも……俺はアルデイラ公爵の方を集中的に叩くつもりだ。『どうして私だけ狙ってくるんだ』と言わせてやるのさ」


「……レッドって悪知恵が働くよね」


「悪知恵じゃなく、戦術と言え」


 俺はしかめっ面でそう言った。


 それから俺たちは、敵の攻撃に備えて作戦の詳細を決めた。今回は歩兵隊と弓兵隊が活躍する番だ。シェラ、カレン、トムの指揮なら問題ないだろう。


 そして3日後……攻城兵器の建造を終えた敵軍が、東の城壁を攻撃してきた。

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