第286話.これが俺の返事だ
俺は執務室の机に座って、俺宛の手紙を読んだ。
手紙は予想通りの内容だった。俺は思わずニヤリとした。
「レッド」
執務室の扉が開かれて、革鎧姿のシェラが入ってきた。
「東の城壁の補強工事が完了したよ」
「そうか。間に合ってよかったな」
俺は満足気に頷いた。これで要塞の防御力は更に高まった。
「ところで……何読んでいたの? 手紙?」
シェラが好奇の目で聞いてきた。本当に好奇心の旺盛な彼女だ。俺はふっと笑った。
「ああ、アルデイラ公爵とコリント女公爵からの手紙だ」
「敵からの……?」
シェラが目を丸くする。
「どういう内容なの? 降伏勧告?」
「まあ、そんなところだ」
俺は手紙を眺めた。
「『1週以内に軍事要塞カルテアを放棄し、降参せよ。さもないとお前のことを抹殺する』という……降伏勧告を兼ねた宣戦布告だ」
「何よ、それ?」
シェラが眉をひそめる。
「あの2人は、今更私たちが怖気づいて降参するとでも思っているの?」
「戦争を始める前に、必要最低限の手続きを踏むつもりなんだろう」
俺は手紙を机の上にそっと置いた。
「でも……このくだらない手紙のおかげで、1つ分かったことがある」
「何が分かったの?」
「公爵たちは、まだ俺のことを舐めているという事実さ」
「え……?」
シェラは少し驚いた顔だ。
「レッドのことを……舐めている?」
「ああ」
俺はゆっくりと説明を始めた。
「本気で俺を降参させるつもりなら、もっと具体的な内容の手紙を送ってきたはずだ。『降参すればお前の地位を保証する』とか『私の下に来れば更なる権力を約束する』とか……でもこの手紙には形式的な言葉だけだ」
「心のこもっていない、本当に形式だけということね」
「そんな感じだ」
俺は笑顔で頷いた。
「たぶん2人の公爵はこう思っている。『レッドというやつは何を仕出かすか分からないから、ここで仕留めるべきだ。化け物とか呼ばれているから戦闘には慣れているみたいだけど……所詮はたった20歳のひよっこに過ぎないし、兵力もたった3千だ。少々手こずるかもしれないが、私たちが負けるはずがない』……とな」
「自分たちが負けるはずがないと思っているから……形式だけの手紙を送ってきたのか」
シェラが納得した顔で頷いた。
「本当にレッドのことを舐めているんだね」
「まあな」
俺は肩をすくめてみせた。
「俺が生まれる前から、公爵たちはこの王国の頂点だった。いきなり現れた平民上がりを、自分たちと対等とは思わないだろう」
「基本上から目線、ということね」
シェラは嫌な顔をする。
「で、どんな返事を送るつもりなの?」
「返事など送る必要ないさ」
「じゃ……」
「返事なら……やつらがこの要塞の前に集まった時、俺が直接してやる」
俺は拳を握りしめた。
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9月31日の天気は晴れだった。果てしなく広がる青い空は、眺めているだけで気持ちいい。
軍事要塞カルテアの黒い城壁の上には、数人の兵士が立っていた。彼らは警戒任務に集中しながらも、青い空と朝の涼しい空気を楽しんでいた。
「……おい!」
いきなり1人の兵士が声を上げる。それで彼の仲間たちも異変に気づく。南の地平線の向こうから……無数の人影が現れたのだ。
無数の人影はどんどん大きくなり、やがてその正体が分かるようになる。鋼の兜を被って、革鎧を着て、武器と盾を持っている兵士たち……敵の軍隊だ。
2人の公爵が率いる2万7千の軍隊は、軍事要塞カルテアに向かってゆっくりを前進を続ける。そして要塞から数百メートル離れたところで止まり、部隊を2つに分けて左右に展開する。広く陣取って要塞を完全に包囲する算段だ。
2万7千の兵士たちは、至って余裕のある態度だ。要塞は確かに頑丈そうだけど、敵はたった3千しかいないからだ。包囲して集中攻撃すれば、すぐ落ちるだろうと思っているのだ。
やがて彼らは凹形になり、要塞の東西南の城壁を囲んだ。そして最後に残った北の城壁も包囲するために展開を続けた。
「あれ……?」
西の城壁を囲んでいた部隊の1人が、間抜けな声を出す。要塞の西の門がそっと開かれて……誰かが出てきたからだ。
「何だ?」
出てきたのは、とてつもなく大きな軍馬に乗っている巨漢だ。その巨漢は真っ赤な鎧を着て、鋭い大剣を持っている。しかも巨漢の肌は……血のような赤色だ。
「赤い……化け物!?」
敵兵士の悲鳴に近い声が、はっきりと聞こえてきた瞬間……俺は300の騎兵隊を率いて要塞から出陣した。
「ケール!」
黒い純血軍馬ケールは、まるで疾風のように疾走する。そして300の騎兵が俺の後ろを走る。彼らは2万7千の敵をも恐れない……俺の精鋭たちだ!
「ど、どうした!?」
坂を下ってくる重騎兵隊を見て、敵の指揮官が慌てる。要塞の中に閉じ籠もって、防御を固めるはずだった『赤い化け物』の部隊が……本格的な攻城戦が始まる前に、いきなり出てきたのだ。
「み、皆のもの! 慌てるな! ここは……」
戦うべきか、引くべきか……敵の指揮官にとって、考える時間はたった数秒しかいない。そしてやつは決断を下せずに、その数秒を浪費してしまう。戦場でそんな迷いは……命取りだ!
「うおおおおお!」
ケールは瞬く間に坂を下りきって、まだ間抜けな顔をしている敵兵士たちの目前に迫る。俺は迷いなく大剣『リバイブ』を振るって、2人の敵兵士の首を斬り飛ばす。赤い鮮血が青い空に向かって飛び散り、鉄の匂いが広がる。
「うわああ!?」
敵兵士たちは一瞬で混乱に陥り、悲鳴を上げる。目の前の状況がまるで理解できなくて、ただただ恐怖に飲まれていく。
そう、敵はみんなそう思っていたはずだ。『3千の兵力では、ひたすら籠城するしかない。だからゆっくりと包囲した後、攻城戦を始めればいい』と。『まだ本格的な戦いは始まらない』と信じていたはずだ。
しかし俺からみれば……そんなぬるい態度の敵など、ただの餌食に過ぎない!
「ぐおおおお!」
敵の悲鳴を楽しみながら、大剣を振るい続ける。俺の大剣の刃が光る度に、次々と敵兵士たちが倒れていく。
「た、戦え! 戦え!」
やっと敵の指揮官が決断を下した。遅すぎるよ、この野郎……と俺は嘲笑した。もう俺の親衛隊も戦場に辿り着いたのだ。
「みんな、ボスに続け!」
槍を構えている、長身の男が叫んだ。レイモンだ。彼は軍馬を走らせ、立ち塞がる敵の頭に穴を開ける。いつもながら恐ろしい槍捌きだ。
「うりゃっ!」
熊みたいな体格のジョージが、大斧で一気に3人を倒す。まだレイモンには及ばないが、その武と怪力は超人の領域だ。
ゲッリトとカールトンは、大胆な突撃を仕掛けて敵部隊の戦列を混乱させる。漏れた敵はエイブとリックが見逃さない。俺を含めた、たった7人の突撃により……数十を超える敵兵士たちが一瞬で命を落す。
「おおおおお!」
恐怖と混乱が敵部隊に広がっている中、今度は俺の騎兵隊が辿り着いた。300の精鋭重騎兵による決死の突撃は、10倍の敵をも葬れる威力がある。
「怯むな! 隊列を整えろ!」
敵の指揮官は必死に混乱を収拾しようとする。だがそんな彼の前に、黒い軍馬と赤い肌の巨漢が現れる。
「うおおおお!」
俺は大剣を左から右に振った。敵の指揮官は俺の攻撃を細剣で防ごうとするが、無駄だ。細剣が折れると同時に敵の指揮官の首も斬り飛ばされる。
「ぶ、部隊長がやられた……!」
指揮官を失うと、敵兵士たちが敗走し始める。もう彼らの士気は地に落ちてしまい、ただ生き延びるために逃げ出す獲物になってしまう。
「ボス!」
阿鼻叫喚の戦場の真ん中で、レイモンが俺を呼んだ。
「敵本隊が動き出しました!」
「ちょうどいい」
俺はニヤリと笑った。
「敵の方から死にに来るなら、遠慮する必要はない。やつらを踏みにじるぞ」
「はっ!」
俺は直感的に分かった。もう戦闘の勢いは完全にこちらに傾いている。今更慌てて対抗しようとしても、まともに戦うことはできない。
「俺に続け!」
敗走する敵の西の部隊から離れて、南へと突撃する。そこには味方を救援するために急いで移動している敵本隊がいる。
「あ、あいつら……こちらに……!」
敵本隊の先頭に立っていた兵士たちが、驚愕の表情でこちらを見つめる。まさか向こうから攻撃してくるとは思わなかったんだろう。この期に及んでも『自分だけはあの化け物と戦わずに済むんじゃないだろうか』と思っていたのだ。楽観的というか、間抜けな判断だ。
「俺の前から……消え去れえぇ!」
大剣『リバイブ』が美しい曲線を描いた。3人の敵兵士が横に両断され、驚愕の顔のまま死んでしまう。
「敵は少数だ! 圧倒せよ!」
真っ白な鎧を着ている敵騎士が叫ぶ。さっきの指揮官よりはまともだ。だが敵本隊の士気はもう下がり始めている。
何しろ、敵兵士たちは見てしまったのだ。西の部隊があっけなく壊滅された光景を。その光景はそのまま恐怖となり、戦う意志を奪っていく。
そして俺が敵本隊と衝突すると同時に、要塞の方から矢の雨が降ってくる。トムとカレンとシェラの部隊が支援射撃を行い、敵の動きを牽制し始めたのだ。
敵の動きが鈍くなった隙きを、見逃す俺ではない。もう1度突撃を仕掛けて、さっきの真っ白な鎧の騎士に向かって走る。
「化け物め……!」
騎士は怯まずに槍を振るって、俺の首を狙ってきた。いい攻撃だが……レイモンの稲妻のような槍裁きに比べたら、遅すぎる。俺は上半身を動かして敵騎士の攻撃を回避し、すかさず大剣で反撃した。
「くっ!?」
敵騎士は、槍の柄で俺の攻撃をギリギリ受け止める。だがそのせいで槍が切断され、やつはバランスを失ってしまう。
「はあっ!」
俺は大剣を敵騎士の首筋に刺し込んだ。真っ白な鎧が鮮血に染まり、敵騎士は絶命する。すると周りの敵兵士たちが背を見せて逃げ出す。たぶん今俺が倒したのは、結構名のある騎士だったんだろう。
敵本隊の数は8000以上だ。だが士気が落ちた状態では、俺たちの力と勢いには敵わない。蹂躙されるだけだ。
1人の兵士が逃げるのを見て、周りの3人の兵士も逃げる。そして次は5人が逃げる。8000人が恐怖に感染するには、数分もかからない。まるで狼に出会った羊の群れだ。
俺と300の騎兵隊は殺戮を続けた。もう全員が赤色に染まっている。敵の目には、俺たちはもう悪魔に見えるだろう。
「赤い化け物を狙え!」
それでも勇敢に向かって連中もいる。敵の騎兵隊だ。彼らは必死になって俺たちを阻止しようとする。
「邪魔を……するな!」
突進してくる敵騎兵を、容赦なく斬りまくる。ケールも敵騎兵を見て逆に激昂し、信じられない瞬発力で動く。今更だが、この黒い軍馬は俺より化け物だ。
3人、4人、5人……俺とケールは一心になって奮戦し、向かってくる敵騎兵たちを倒し続けた。まるで巨大な赤竜のように、目の前の獲物を容赦なく食い散らかした。
「……こ、後退の合図が来た! 後退しろ!」
敵本隊が戦闘を中止し、下がっていく。このまま乱戦を続けても被害が広がるだけだと判断したんだろう。
「ボス!」
後ろから声がした。レイモンだ。
「敵が後退していきます! どうなされますか?」
「引き際だな」
俺はまたニヤリと笑った。俺とケールはまだ力が十分に残っているし、『レッドの組織』の6人もまだ戦えるけど……他のみんなは疲れ始めている。
「要塞に帰還するぞ、レイモン。ゆっくりと、堂々に」
「はっ!」
俺と『レッドの組織』、そして300の騎兵隊はゆっくりと坂を登って要塞に向かった。あんな激戦を繰り広げたのに、重傷者は1人もいない。軍事要塞カルテアの前に流れているのは、敵の血だけだ。
「うおおおお!」
「勝利だ! 勝利した!」
要塞の守備兵たちが歓声を上げた。俺たちはそれを聞きながら、堂々に帰還した。




