第285話.これでカードは揃った
2万7千の兵力が、王都地域の道路を進んで軍事要塞『カルテア』に向かっている。彼らの目標は要塞に駐屯している『赤い化け物』……この俺だ。
敵は大軍だから、進軍速度は決して速くない。それに王都地域の道路は整備されていない。たぶんやつらがここまで来るためには、12日くらいかかる。俺は情報を総合してそう判断した。
12日の間に、できる所まで準備をするべきだ。3千の軍隊で9倍の敵に対抗するためには……防御戦術をより完璧に仕上げて、兵士たちの戦闘力を最大限に引き出すべきだ。
だがそれでも決定的なカードが足りない。俺と一緒に戦場を駆け抜けて、敵に壊滅的な衝撃を与えられる『秘蔵のカード』が必要だ。俺はそれが来るまで待った。
そして2日後の午後、ついにその『秘蔵のカード』が……『6人の戦士たち』が軍事要塞カルテアに辿り着いた。
「来たか……!」
トムから報告を受けた俺は、早速執務室を出て要塞の正門に向かった。青い空の下で、6人の筋肉質の男たちが各々の軍馬に乗って並んでいた。
「お前たち!」
俺が近づくと、6人は一斉に軍馬から降りて頭を下げる。
「ボス!」
6人が俺を呼んだ。そう、こいつらこそが……俺の最初の仲間たち、俺の親衛隊、俺の切り札……『レッドの組織』だ。
筆頭のレイモン、巨漢のジョージ、無口なカールトン、乗りのいいゲッリト、鷹揚なエイブ、賢いリック……みんな違うけど、みんな同じ道を歩んでいる。
「どうにか間に合ったようですね、ボス」
レイモンが笑顔で言った。俺は頷いた。
「ああ、お前たちがいないと決戦が楽しめないからな」
俺たち7人は要塞の主塔に入って、廊下を歩いた。
「ここに来る途中、異常はなかったか?」
「些細な事件はありましたが、異常というほどのことはありませんでした」
レイモンがそう答えると、ゲッリトが口を挟んでくる。
「クレイン地方で数人の路上強盗が行商人を襲うところを見ちまって、俺たちが見事にやっつけました!」
「強盗の方が運がなかったな」
「でも残念なことに……行商人は中年男性だったから色気のある話はありません」
「へっ、お前はいつもそんな調子だな」
俺は笑ってから、ふとテオさんのことを思い出した。家族を連れて戦乱から逃げている彼は、今頃無事なんだろうか。
やがて俺たちは一緒に食堂に入ってテーブルに座った。兵士たちがジュースや果物などを持ってきた。そして俺たちは他愛のない話を始める。
「ボス、聞いてください。ジョージのやつ、ミアさんのためにとか言いながら料理を勉強していますよ」
「い、言うな!」
ゲッリトの暴露にジョージの顔が赤くなる。俺は笑った。
「素敵なことじゃないか。恋人のために頑張っているんだから」
「あ……ありがとうございます」
赤面のジョージが後頭部を掻く。熊みたいな怪力の巨漢だが、こういう時は純朴すぎる。
「リックの方はどうだ? アンナさんと上手くいっているのか?」
「自分は……その、上手くいっていると思います。たぶん……」
リックは自信なさげな顔だ。あまり進展していないんだろう。
「みんな強引さが足りないんだよ」
ゲッリトが嘲笑う。
「ボスと俺を見習って、押す時はちゃんと押すんだよ」
「それはどうかな」
エイブが反論する。
「ボスはともかく、お前は失敗の連続じゃないか」
「うっ……」
ゲッリトは肩を落として落ち込んでしまい、みんな笑った。
久しぶりに会っても、すぐ他愛のない話で盛り上がる。俺たちの感性が似ているからだろう。
「ボス」
ふとレイモンが俺を呼んだ。
「今回の戦い……敵はかなりの大軍だと聞きました」
「ああ、そうだ」
ちょうどいいタイミングで話題を変えた。流石レイモンだ。
「2人の公爵は協力して俺を倒すつもりらしい。やつらの兵力を足せば、俺の軍隊の9倍だ」
「9倍……ですか?」
ゲッリトが目を見開く。
「それは……確かに多いですね……」
「何だ、ゲッリト? ビビったのか?」
ジョージがニヤリと笑うと、ゲッリトが怒り出す。
「ビビってなんかねえ! 9倍でも10倍でも、20倍でもどんと来いってんだ!」
ゲッリトの反応を見て、みんな「ビビったんだろう?」と言いながら彼を煽る。
俺はゲッリトを見つめた。
「ゲッリト、覚えているか? 俺たちの戦場での初陣を」
「もちろんですよ!」
ゲッリトが明るい声で答える。
「あれですよね! 隠し通路でこっそり敵の後ろに回り込んで、奇襲をかけた戦い! もちろん昨日のように覚えています!」
「そう、あの戦いだ」
俺は頷いた。
「あの時、たった50人の精鋭で2千の敵に大打撃を与えた。状況は違うけど、今回の戦いも勝算は俺たちにある」
俺はふとカールトンの方を見つめた。いつも無口な彼が、何か言いたそうな顔で俺を見ている。
「言いたいことを言ってくれ、カールトン」
「はい、ボス」
カールトンが口を開くと、みんな注目する。
「今回の戦い……激戦になると思います。でも最後に勝利を掴むのはボスです。そんな夢を見ました」
「そうか」
確か以前にも、決戦の前にカールトンが夢の話をしたことがある。いわゆる予知夢というやつだ。
もちろん俺は……予知夢とかは信じない。でも別に俺がこの世の全てを把握しているわけではない。もしかしたらそんな不思議なことが実際にあるのかもしれない。
「こいつの夢の話、妙に当たるんです」
ゲッリトがそう言った。
「ボスはきっと、多くの人々を救うために選ばれた救世主ですよ。そして俺たちはそんなボスと共に戦って戦乱を終わらせる。かっこいい話じゃないですか!」
「ありがとう」
俺はニヤリと笑った。
「10日後、敵軍はこの要塞の前に集まる。やつらにもはっきり教えてやるんだ。俺たちの存在を……『赤竜の旗』の怖さを」
俺の言葉に、『レッドの組織』のみんなは頭を下げた。彼らは凄まじい闘志を放っていた。
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『秘蔵のカード』が辿り着いてから、更に3日が経った。決戦は1週後だ。
防御戦術の仕上げは終わった。後は決戦に備えて、兵士たちの気力を温存させるべきだ。俺は側近たちに指示を出して、適当に緊張できるくらいの訓練を行うようにした。
そしてその日の午後のことだった。要塞の武器庫で在庫を確認していた俺に、トムが駆けつけてきた。
「総大将!」
「どうした、トム?」
「それが……」
トムは驚いた顔だ。何か異変でも起きたんだろうか。
「北の城門の近くに、十数人の騎兵隊が現れました!」
「騎兵隊?」
俺は眉をひそめた。
「どこの所属だ?」
「ウェンデル公爵の部隊……いや、公爵本人らしいです!」
「公爵が?」
俺も少し驚いた。ウェンデル公爵がここまで……?
「分かった、俺が直接行ってみよう」
「ですが……」
「ケールなら時間はかからない」
俺は早速厩舎に行って、ケールに乗った。そして北の城門から外に出た。
久しぶりに走ることができて、ケールは嬉しいみたいだ。一気に速度を上げて、瞬く間に坂を降りる。
坂を降りると、若干離れたところから十数人の騎兵が見えた。あれがトムの報告した連中だろう。俺は迷いなく騎兵たちに近づいた。
「ロウェイン伯爵」
騎兵たちを率いている中年男性が、重低音の声で俺を呼んだ。堂々たる体格と顎髭……間違いなくウェンデル公爵本人だ。
「久しぶりだな、ウェンデル公爵」
俺は笑顔を見せたが、ウェンデル公爵は無表情のままだ。
「あんたがこんなところまで来るなんて、驚いたよ」
「戦線を巡視中に、少し寄り道しただけだ」
「公爵自ら戦線を巡視するなんて……あんた、やっぱり軍人だな」
俺の言葉にウェンデル公爵は何の反応も見せずに、話題を変える。
「少し話がしたい。時間はいいかね?」
「問題ない」
俺が頷くと、ウェンデル公爵は後ろを振り向いて自分の部下たちに目配せした。それで公爵の部下たちは一斉に頭を下げる。その中にはいつぞやの『白髪の巨漢』もいた。名前は確か……『ハーヴィー』だった。
俺と公爵は轡を並べて、ゆっくり歩いた。秋の涼しい風が気持ちいい。
「……勝算はあるのか?」
ふとウェンデル公爵が聞いてきた。
「もちろんだ。敵は大軍だが、その戦闘力を完璧に発揮することはできない」
俺は先日の作戦会議で側近たちに説明したことを、ウェンデル公爵にも話した。
「……なるほど」
ウェンデル公爵は少し目を見開いて俺を見つめる。
「まだ20歳の君が……戦況をそこまで把握しているなんて」
ウェンデル公爵の顔が暗くなる。今、彼は俺に感心しているわけではない。何か……悲しんでいる。
「しかしどれほど勝算があっても、大軍に対抗するのは決して容易ではない」
「そうだろうな」
「君がそこまでする理由は何だ? 権力が欲しいのか?」
ウェンデル公爵が俺をじっと見つめる。俺は苦笑いした。
「俺がそうしたいからだ。この答えでは足りないか?」
しばらく沈黙が流れた。俺とウェンデル公爵は互いを注視した。
「……昨年、私は側近から裏切られた」
ウェンデル公爵の顔が更に暗くなる。
「正直に話して、もう人を見る目に自信がない。君に騙されているのかもしれない」
「この状況で、俺がどうやってあんたを騙すんだ?」
「分からない」
ウェンデル公爵は首を振った。
「でも……戦場で共に戦った人は戦友だ。そして戦友は信頼するべきだ。少なくとも私はそう思っている」
「……まさに根からの軍人だな」
俺は笑った。頑固な人間だけど、嫌いじゃない。
ウェンデル公爵は苦悩の顔をしている。信じていた人からの裏切り……その重さが俺にも伝わってくる。
「君は……側近たちを信じているかね?」
「もちろんだ」
俺が即答すると、ウェンデル公爵がゆっくり頷いた。
「分かった。では……君の健勝を願おう」
俺と公爵の会話は、それで終わった。
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そして1週後……高い秋の空の下で、多くの人間が軍事要塞カルテアに集まった。もっと正解に言えば、それは2万7千の兵士……ついて俺と2人の公爵の戦いが始まったのだ。




