第28話.少し痛い目を見せてやる
「これが私の『小さい屋敷』です」
ロベルトが自分の屋敷を指さしながら言った。
「……どこが小さい屋敷だ」
俺は苦笑するしかなかった。
南の都市の郊外に位置するロベルトの屋敷は、並大抵の貴族の屋敷より大きくてまさに『豪邸』だった。屋敷の隅々には警備員が配置されていて、防備も硬い。流石犯罪組織のボスの住処といったところだ。
「さあ、入りましょう。娘もレッドさんに会えたら喜びますよ」
「それはどうかな」
俺がこの屋敷に来た理由は、『新しい仕事』の詳細を確認するためだ。組織を運営するための収入源が必要な俺は、『ロベルトの娘に格闘技を教える』という仕事の提案を受け入れたのだ。
俺はロベルトの後を追って屋敷の大きな正門に入った。するといろんな色の花が植えられている美しい庭園が見えた。アイリンにも見せてやりたい風景だ。
「1時間の授業を週に3回……それでどうでしょうか」
「報酬は?」
「毎週金曜日に、格闘場の試合の報酬と同等な金額をお支払いします」
「かなりいい条件だな。あんたの娘、16歳だと言ったか?」
「はい」
まだ16歳の小娘一人を教えるだけであんな大金を……いくら何でも条件が良すぎる。
もちろんロベルトは俺と手を組んだし、なるべく俺に協力しようとしているのは分かる。しかし……協力するだけならもっと簡単な方法があるはずだ。わざわざ『娘に格闘技を教えてもらいたい』と提案してきた理由が分からない。何か……裏があるかもしれない。
「あっちです」
ロベルトは俺を屋敷の裏側に案内してくれた。そこには小さな庭園と空き地があった。とても平和そうな空間だ。
しかし……その平和そうな空間で、一人の少女が木の枝にぶら下がっている砂袋を拳で殴っていた。
「シェラ!」
ロベルトが呼ぶと、少女がこっちを振り向く。
「父さん!」
『シェラ』は短い茶髪と茶色の瞳、健康的な体型の少女だった。足を露出した軽い服装だけど、父のロベルトと同じくどこか気品がある。
「あ……!」
シェラが目を丸くする。父の傍に立っている俺の姿を確認したのだ。
「レッドさん、紹介させて頂きます。こちらは私の一人娘、シェラと申します」
シェラの表情が驚きから好奇心に変わり、俺に近づいて来た。
「本当に肌の赤い人がいたんだ……!」
「シェラ、レッドさんに失礼な言葉は……」
「いや、別にいいんだ」
俺は苦笑した。これくらいに一々反応したらキリがない。
「ねえ、あんたでしょう? 『格闘場の赤い化け物』!」
「シェラ!」
ロベルトがシェラを睨みつけたが、俺は手を上げてロベルトを阻止した。
「俺はレッドだ。今日からお前に格闘技を教えるつもりだ」
「あんたが新しい格闘技の教師?」
新しい格闘技の教師……ということは、前任者がいたのか。
「でも今まで父さんが連れてきた人々は全部弱かったのよね。この人は本当に強いの? 噂だけじゃない?」
「シェラ、レッドさんに……」
「いいんだ」
なるほど、『犯罪組織のボスの生意気な娘』か。
「俺が強いかどうか、試してみるか?」
「うん、いいよ!」
シェラが自信満々な表情で答える。言葉より行動が先に出るタイプだ。
「れ、レッドさん……娘に……」
「分かっている。傷つけたりはしない。互いの実力を確認するだけだ」
「……分かりました」
いつも余裕のあるロベルトだが、今はちょっと焦っている。犯罪組織のボスでも娘は大事なんだろう。
「ね、早速始めてもいい?」
「もちろんだ」
「それじゃ、行くね」
シェラが少し姿勢を低くし、体重を前にかけた。攻撃的な構えだ。それに対して俺は直立のままだった。
「……ちょっと私のこと、なめすぎない?」
言葉と同時にシェラが一歩大きく踏み込み、右拳で放った。俺の横腹を狙った攻撃だ。しかしそれはあくまでもフェイント……本命は上段回し蹴りだ。
「あ……!?」
俺が手を上げて蹴りを受け止めるとシェラの顔色が少し変わり、素早く後ろに下がった。
「……噂だけじゃないみたいね」
シェラが鋭い眼差しで呟いた。
それにしてもいい蹴りだった。体重を十分に乗せている。街のチンピラくらいは一撃で倒せるほどだ。それなりに格闘技を鍛錬してきたんだろう。
「でも……!」
シェラが拳と蹴りで連続攻撃を仕掛けてきた。本当に攻撃的な女の子だ。俺は防御しながら機会を待つことにした。
「あ!?」
シェラが再び上段回し蹴りを放った瞬間、俺はその軌道を完全に捉えて……彼女の足首を掴んだ。そしてその細くて柔らかい足首を強く引っ張った。
「きゃー!」
引っ張られてバランスが崩れたシェラを、俺は後ろから抱きしめた。もちろんそれは恋人の優しい抱擁ではない。
「は、離して!」
俺はシェラの首に腕を回した。このまま力を入れたら、この生意気な女の子の命は終わる。
「勝負ありですね……!」
ロベルトが素早く宣言した。娘が心配になったんだろう。俺はシェラを手放した。
「流石レッドさんだ。このじゃじゃ馬……シェラをここまで簡単に制圧した人はレッドさんが初めてです」
「どうも」
俺はシェラの方をちらっと見た。シェラは悔しい顔で俺を睨んでいた。
「シェラ、実力の差が分かったんだろう? これからレッドさんの指導を受けなさい」
「……分かった」
シェラは不服そうな態度だった。
「レッドさん、どうぞ娘をよろしくお願いいたします」
「ああ」
俺は頷いた。
『格闘技の教師』って、俺としては思いもよらない仕事だが……条件がいいのは確かだ。何か裏があるかもしれないけど、しばらく務めてやる。
それに……『犯罪組織のボスの生意気な娘』に痛い目を見せてやるのも、少しは楽しそうだ。




