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第274話.少女たちの様子

 翌日の朝……俺は多数の足音に目を覚ました。


 上半身を起こすと、隣にシェラが寝ているのが見えた。そう、ここはシェラの天幕だ。俺は昨日のことを思い出しながら席から立ち上がった。


 天幕の外から足音が聞こえ続けている。これは兵士たちの足音だ。朝食の準備をしているんだろう。朝食を済ました後は野営地を片付けて、進軍を再開しなければならない。


 本来なら、この部隊の指揮官であるシェラも兵士たちと一緒に朝食を取るべきだ。でも現在シェラは熟眠中だ。相当疲れているんだろう。鍛錬してきたとはいえ、シェラは普通の女の子だ。カレンや白猫とは違う。


 俺は水桶の水で軽く洗面してから、天幕を出た。朝の日差しが眩しい。


「総大将」


 革鎧を着ている女性士官が俺に近寄る。


「お目覚めになりましたか」


「ああ」


 俺は頷いてから周りを見回した。女兵士たちが各々の天幕の前に三々五々集まって、干し肉や干し果物などを食べている。


「異常はないのか? 兵士たちの状態は?」


 俺が質問すると、女性士官が「異常ありません。兵士たちは全員健康な状態です」と答えた。


「そうか。じゃ、朝食の後はシェラが指示を出すまで待機せよ」


「はっ」


 その時、シェラの当番兵が木皿を持って俺に近づいた。木皿の上にはパンと干し肉と干し果物、そして水の入ったガラスの瓶とコップなどが載っていた。


「総大将とシェラ様の朝食です」


「ありがとう」


 俺は当番兵から木皿を受け取って、シェラの天幕に戻った。


「レッド……?」


 シェラが横になったまま俺の名前を呼んだ。俺は彼女の隣に座った。


「朝食を持ってきた。一緒に食べよう」


「まず洗面からする……」


 シェラは席から立ち上がって天幕の隅に行き、そこに用意されている水桶の水で洗面を始める。


「本当……疲れた……」


 洗面を終えたシェラは、ブツブツ言いながら俺の隣に座る。


「後3時間くらい寝たい……」


「相当無理したようだな」


「レッドのせいでしょう?」


 シェラが半開きの目で俺を見つめる。


「本当に加減ってものを知らないんだから……」


「いや、ちゃんと加減したはずだが」


 俺は慌てて言い訳をしたが、シェラはため息をつくだけだった。


 それから俺たちは一緒に朝食を食べた。別に美味しい食事ではないけど、シェラが側にいると心が和む。


「何をじっと見ているの? 私の顔に何かついている?」


 ふとシェラが聞いてきた。俺は首を横に振った。


「いや……お前が言った言葉を思い出してな」


「私の言った言葉?」


「ああ」


 俺はシェラの美しい瞳を見つめた。


「以前、お前が言っただろう? いつの間にか俺が領主になっていて不思議だと」


「あ……確かにそう言った気がする」


 シェラが頷く。


「その言葉がどうしたの?」


「俺も今のお前を見て、同じことを考えたんだ。いつの間にかシェラが部隊の指揮官になっていて不思議だと」


 俺の答えにシェラがぷっと笑う。


「何それ? 私はずいぶん前から指揮官やってますけど」


「そうだな」


 俺も笑った。


「俺の中のシェラは、まだ『格闘技好きの少女』というイメージが強いのかもな」


「それはそうかもね。私の中のレッドも『格闘技の教師』のイメージが強いから」


 シェラが微笑む。


「私たち、いろいろ変わったけど……根本的なところはあの頃のままなんじゃないかな」


「一理あるな。こうして2人きりでいると、あの頃と何も変わっていないように感じる」


 俺が手を伸ばしてシェラの頭を撫でると、彼女の顔が赤く染まる。


「レッド」


「ん?」


「更に偉い人になっても、こういうところは変わっては駄目だよ」


「ああ、分かった」


 俺は頷いた。


「これから公爵になろうが王になろうが、俺とお前の関係は変わらない」


「……うん!」


 シェラは嬉しそうに頷いた。


---


 朝食の後、俺とシェラは革鎧を着て天幕を出た。すると女性士官がシェラに近づいた。


「シェラ様、兵士たちが朝食を終えました」


「そう」


 シェラは無表情で頷く。


「異常はないよね?」


「はい、異常ありません」


「では……野営地を撤去し、進軍の準備をするように。30分後に出発するわよ」


「はっ!」


 女性士官は素早く動いて、シェラの命令を他の士官たちに伝えた。すると後方部隊の兵士たちが一斉に動き出し、野営地を撤去し始める。


「レッドはこれからどうするの?」


 シェラが聞いてきた。ついさっきまでは可愛い少女だったのに、もう彼女は指揮官としての威厳を放っている。


「俺は本隊に帰還するよ。トムが待っているはずだ」


「そうね」


 シェラはゆっくり頷いてから俺を見つめる。


「出発する前にシルヴィアさんと話してみてね。シルヴィアさん、野営地の西側にいるから」


「……そうだな」


 確かにここ最近シルヴィアに会っていないし、彼女の顔を確認したい。でもまさかシェラから勧められるとは。


「ありがとう、シェラ」


「こちらこそね」


 俺はシェラとの会話を終えて、1人で野営地の西側に向かった。


 後方部隊の兵士たちは手慣れた動作で荷物を整理し、焚き火を消して、天幕を片付けていた。兵士たちの作業を邪魔しないように注意しながら西側に進んでいたら、ふと3人の少女が視野に入ってきた。あれは……シルヴィアと黒猫、そしてデイナだ。


 小柄な3人の少女は、一緒に協力して大きな天幕を片付けている。シルヴィアと黒猫がスコップで突っ張り棒を地面から引き抜き、デイナが天幕を回収する。どうやらこの3人は、行軍の途中ずっと一緒に作業してきたようだ。


 俺は笑顔で近づくと、3人の少女は同時に驚く。


「レッド様」


 シルヴィアが笑顔を見せた。彼女は軽く服装で手袋をしている。まるで農家の娘みたいな姿だが……それでもシルヴィアの美貌は隠せない。


 シルヴィアの側には黒猫が立っている。黒猫もシルヴィアとほぼ同じ服装をしていて、まるで姉妹に見える。しかも黒猫はまだ13歳なのに、シルヴィアとあまり身長の差がない。ま、それはシルヴィアが小柄だからだけど。


「みんな元気にしているようだな。安心した」


 俺は手を伸ばして黒猫の頭を撫でた。


「頭領様……」


 黒猫は直立不動になり、顔が赤く染まる。恥ずかしくて必死に笑みを堪えている様子だ。


 シルヴィアや黒猫とは違って……デイナはまったく嬉しくないようだ。美しい顔に疲れた表情を浮かべ、冷たい眼差しで俺を見つめている。


 デイナは白黒のドレスを着ていた。主にメイドたちが着る、仕事用のドレスだ。でもデイナの顔は『傲慢な貴族のお嬢様』のままだから、どこか不自然だ。


「……デイナだけはあまり元気じゃないみたいだな」


 俺がそう言うと、デイナは眉をひそめる。


「はい、そうです。ここ数日、不便で不便でたまりません」


「悪いな。軍隊での生活ってこんなもんだ」


 俺は苦笑した。


 デイナはつい先月まで『大貴族の長女』として贅沢な生活をしていた。それなのに軍隊の生活、しかも行軍が楽なはずがない。今まで逃げ出さなかったのが奇跡と言えるかもしれない。


「本当に……私には理解できません」


 デイナが不満げな顔で話し続ける。


「どうして戦争なんかするですか? 軍隊ってこんな面倒くさい作業ばかりなのに」


「まったくだ」


 俺は笑った。シルヴィアも笑った。


「お前の贅沢な生活のためにも、この戦争を早く終わらせてみせるよ」


 俺が冗談を言うと、デイナは腕を組んでから「ふん」と鼻で笑った。


「ま……3人ともあまり無理するな。この暑さだし、お前達は正式な兵士でもないから」


 その言葉を聞いて、シルヴィアが首を横に振る。


「これは私たちが自発的にしている作業です。少しでもお役に立ちたいと思いまして」


 シルヴィアはそう答えてから、デイナの方を見つめる。


「そうですよね? デイナさん?」


「……そういうことにしておきます」


 デイナが冷たく言った。俺とシルヴィアはまた一緒に笑った。


 シルヴィアは思った以上にデイナと仲良くしているようだ。名ばかりとは言えシルヴィアも貴族だし、デイナみたいな本物の貴族のお嬢さんとも仲良くできるのかもしれない。


 俺としては、揉め事が起きなくて助かるけど……と思った瞬間、後ろからいきなり人の気配がした。


「お姉ちゃん!」


 黒猫が目を丸くした。いきなり俺の後ろに現れたのは白猫だったのだ。


「黒猫ちゃん、元気にしてた?」


 白猫がヘラヘラしながら手を振った。黒猫が「うん!」と元気よく答えると、白猫は俺に目配せする。


「レッド君」


「ああ」


 俺は白猫の意図が分かった。『邪魔して悪いけど、もうそろそろ帰還する時間だよ』という意味だ。確かにいつまでも部下たちを待たせるわけにはいかない。


「じゃ、俺は本隊に帰還する。みんな……また会おう」


 3人の少女は同時に頭を下げてお辞儀をした。俺は少女たちに手を振ってから、白猫と一緒に帰路についた。

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