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第3話.こんなものが力だと?

 俺はみすぼらしい老人と一緒に西の道を進んだ。


「お前、名前は何だ?」


 ふと老人が言った。


「……レッドだ」


 俺が答えると、予想通り老人が笑い出す。


「へっ、何だそれ? 赤いからレッドか? ひでえ名前だな」


「そういうあんたの名前は何だ?」


「私は名前など持っていない」


「何だ、それ?」


 俺は眉をひそめた。


「この俺でさえ名前があるんだ。あんたに名前がないわけがないじゃないか」


「でも実際にないんだよ。まあ、周りの奴らは私のことを『鼠の爺』と呼んでいるけどな」


「へっ、鼠みたいな顔しているから鼠の爺か? ひでえ名前だな」


「黙れ」


 やがて俺と鼠の爺は町の入り口を通った。ここからは町の外だ。


「おい、爺! 一体どこまで行く気だ? もう町の外だぞ」


「この先に小川があるだろう? 私の家はその近くなんだよ」


 やっぱり何かの罠かもしれない。いざとなったらこの爺を殴り倒して逃げよう……と俺は考えた。幸いにも鼠の爺は小柄だ。一対一なら俺が楽勝するだろう。大勢に囲まれることだけ注意すればいい。


「あれが私の家だ。見えるか?」


 爺が杖で前方を指した。よく見ると道からちょっと離れたところに小屋が建っていた。いつ倒れてもおかしくないほどみすぼらしい小屋……まさにこのみすぼらしい老人にぴったりだ。


「ここなら気楽に話せるだろう」


 爺が小屋の前で足を止めた。俺は素早く周りを見回した。他の誰かが隠れている気配は感じられない。


「ならさっさと話せ。俺みたいな貧民がどうやって王国を滅ぼせるんだ?」


 俺が苛立った声で聞くと、爺は笑顔になる。


「よし、分かった。では一番大事な教訓から教えてやる」


 俺は「一番大事な教訓?」と言おうとした。しかし口から言葉が出るよりも早く……爺の杖が俺のみぞおちを強打する。


「うぐっ……!」


 まるで雷に打たれたかのように、俺の全身に衝撃が走った。不良たちに殴られた時より何倍は痛い……!


「お前の考えることはもう分かっているんだよ」


 地面に伏せている俺の上から、爺の冷たい声が聞こえてきた。


「こんなところまでホイホイついてきたのは、小柄な老人なら簡単に勝てると判断したからだろう? でもそれが駄目だったんだ」


「こ、このやろう……」


「よく聞け。一番大事な教訓は……『油断するな』だ」


 俺はやっと立ち上がったが、まだ足が震えていた。


「西の王国に『牡牛の騎士』というやつがいた。多くの戦闘で功績を上げた、名声()高い猛者だったな。ところである日、牡牛の騎士が自分の領地を見回っていた時……彼は一人の美しい女性に出会ったんだ」


 爺は淡々とした口調で話し続けた。


「話を聞いてみるとその女性は隣国からきた没落貴族だった。身寄りのない彼女の事情に同情して、牡牛の騎士はいろいろと面倒を見てやった。そして当然の如く恋に落ちてしまい……牡牛の騎士はその女性と何度も密会した」


 そこから爺の声は再び冷たくなる。


「分かるか? そいつは今のお前と同じ過ちを犯した。つまり油断したんだ。ある日、名声高い猛者だった牡牛の騎士は……首のない裸の死体となって発見された」


 爺がゆっくりと杖を動かして、俺のみぞおちを軽く叩いた。


「相手がか弱い女性、幼い子供、歯のない老いぼれだからといって油断するやつは……殺されても文句言えないんだよ。そのことを肝に銘じておけ」


「……分かった」


 俺は爺の顔を睨みつけた。


「それでその次は何だ? 早く教えろ」


「へっ、流石に根性だけはあるか」


 爺が気持ちよさそうな笑顔を見せた。


「じゃ、これから『王国を滅ぼせる力』を見せてやる」


「何……?」


 爺は後ろ向きになって、みすぼらしい小屋の扉を開く。


「この中にその『力』があるんだ。ほら、見てみろ」


 俺は爺を警戒しながらも、小屋の中を覗いてみた。そこには何かがたくさん積まれていた。


「これは……『本』だ」


 爺が一冊の本を持ち上げながら言った。


「馬鹿にするなよ、爺。俺だって本くらいは分かっている」


「そうかい。じゃ、文字は読めるのか?」


 その質問に俺は口を噤んだ。


「へっ、もちろん読めないだろう。だからお前は本の力が使えない」


「そんな紙切れに何の力があるんだよ」


「『知識』だ。この紙切れには『知識』という力がある」


 爺はとても真面目な顔だった。


「例えば……お前は頑丈な巨体を持っている。その身体能力ならさっきの不良たちなんか簡単に制圧できて当然だ。それなのに殴られるのは……お前に『身体能力を有効に使う知識』がないからだ」


 爺が手に持っている本を開いて俺に見せる。


「この本には東の国のやつらが開発した『格闘技』が書かれている。この『知識』を身に付けて、実戦で活用できるようになったら……町の中でお前に勝てるやつはいなくなるはずだ」


 それは本当なんだろうか? 本当に『知識』にそれだけの力があるんだろうか?


「知識というものは……使いようによっては一人の人生を変えることも、無敵の軍隊を打ち破ることも、王国を滅ぼすこともできる。それが知識の本当の力なんだ」


 胸が高鳴った。爺の言っていることが本当なら……復讐できるかもしれない。


「じゃ、俺がその力を使って……?」


「まずは文字からだ。今日から私の指示に従って文字を勉強しろ」


 みすぼらしい老人の声が俺にはまるで神からの啓示のように聞こえた。そして体の底から力が湧いてきた。それは俺の人生で初めて味わう……『希望』だった。希望が俺の怒りに火をつけて、力を与えていた。


 しかし同時に疑念も生じる。この『鼠の爺』は何故俺を……。


「爺、あんた……何故俺を助けてくれようとしているんだ? あんたの目的は何なんだ?」


「へっ、私の目的? そんなもの関係ないだろう。たとえ私が悪魔で、私の目的が世界滅亡だとしても……お前には私の言葉に従うしか道がないんだよ」


「……そうかもな。所詮俺には何もない」


 俺は自分の体を見下ろした。そこには惨めさと絶望感しか存在しなかった。


「分かった。あんたの言う通りにしてやる……!」


 俺を軽蔑し罵倒したやつらに……俺を殴ったやつらに……そしてあの少女に復讐できるのなら……この爺が悪魔だろうが何だろうが関係ない!


「おっと、その前に……」


 爺が小屋の中から何かを持ってきて、俺に投げつけた。反射的に受け取ってみたらそれは服と石鹸だった。


「あっちの小川で体を洗って、その服に着替えろ。お前、いくら何でも臭すぎるぞ」


「……分かった」


 むかつくけど……今はこの鼠の爺の機嫌を取ろう。まあ、俺が強くなった後でしっかりと懲らしめてやるさ。そう考えながら、俺は服と石鹸を持って小川に向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知は力なり、ですね(^^)
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