第271話.12時の狩り
俺と『ブランドン・デイン男爵』は轡を並べて、夜の道を走った。
もう空は完全に暗くなり、周りの風景は真っ黒に変わった。月は出ているけど、ランタンの光がないと走りにくい。俺もブランドンも右手にランタンを持ち、左手に馬の手綱を持った。
俺たちの後ろには、数十の騎兵が走っている。赤い鎧を着ている俺の騎兵隊と、青い鎧を着ているブランドンの騎兵隊だ。もちろんその中には白猫もいる。
暗い夜の道に馬の足音が轟く。うるさい夏虫の鳴き声も、今は馬の足音に埋もれてしまう。
「レッド様」
ふとブランドンが俺に話しかけてきた。
「前方に山が見えますでしょうか?」
「ああ」
俺は前方の山を眺めた。月明かりのおかげで、山の輪郭が割とはっきり見える。結構巨大な山だ。
「僕の偵察兵の報告によると、盗賊たちはあの山に逃げ込んだようです」
「そうか」
「たぶん……山の中で野営してから、朝に移動するつもりだと思われます。どこに向かうかは分かりかねませんが」
ブランドンの説明を聞いて、俺は眉をひそめた。
「やつらは移動を続けているのか?」
「はい。そもそもの話……王都地域から来た盗賊たちです」
ブランドンは不愉快そうな顔を見せる。
「連中は防備の薄いところを狙って、略奪を続けながら移動しているようです。数はそんなに多くありませんが、だからこそ逆に対応に困っておりました。まるで夏の蚊です」
「なるほど」
「しかし、まさか僕の城の近くで略奪を行うとは……許せません」
ブランドンは怒っていた。ま、当然の反応だ。たかが盗賊にやられっぱなしでは……領主としての権威が地に落ちてしまう。
俺はブランドンの横顔をちらっと見た。せいぜい23歳くらいに見える。領主になってからあまり年月が経っていないんだろう。盗賊を見事に討伐して、周りから認めてもらうつもりのようだ。一見頼りなさそうな男だが、彼の瞳には強い意思がこもっている。
それから数十分くらい走った時……向こうから3騎の騎兵が現れる。あれは……シェラが派遣した偵察兵たちだ。
「レッド様の兵士ですか?」
「ああ、そうだ」
ブランドンの質問に答えてから、俺たちは馬を止めた。すると3騎の偵察兵がこちらの正体に気づき、素早く接近してくる。
「総大将!」
3騎の偵察兵が俺に向かって頭を下げる。もちろん全員女性だ。
「報告します。自分たちは盗賊たちの現在位置を確認し、シェラ様に知らせるために帰還中のところです」
「やつらは山の中にいるのか?」
「はい。山の入り口から西に向かっています」
「そうか。ご苦労だった。帰還しろ」
「はっ!」
3騎の偵察兵はもう1度頭を下げてから、北に向かう。
「どうしますか? レッド様」
ブランドンが小さい声で聞いてきた。
「盗賊たちはせいぜい20人程度だ。直接戦闘ならこちらが簡単に勝てるさ。問題はやつらがまた逃げ出すことだ」
「じゃ……退路を塞ぐべきですね」
「ああ、そうだ。あんたの部下たちはこの周辺の地形を熟知しているんだろう? 包囲網を敷くんだ」
俺はブランドンと相談して部隊を再編成した。その結果、俺が10人を率いて盗賊の野営地を襲撃し、残りは遠回りして包囲網を敷くことになった。
「あの……」
作戦が始まる直前、ブランドンが俺を見つめる。
「その……レッド様」
「どうした?」
「僕はレッド様のご武勇を近くで見たいです。ご同行させていただけないでしょうか?」
「いいだろう」
俺は頷いてから、白猫を見つめた。
「白猫」
「うん」
「可能な限り、盗賊を生け捕りにしろ」
「分かった」
白猫は笑顔で頷いた。
「では、作戦開始だ」
俺とブランドン、そして10人の騎兵はまずランタンを消して、軍馬から降りた。そして待機役の5人に軍馬を預けた後、徒歩で山に向かった。白猫を含めて残りの騎兵たちは、2手に分かれて山の左右の道路を進んだ。
数分後、俺たちは山の入口に辿り着いた。地面に多数の人間の足音が残っている。盗賊たちはここから山を登って、西に向かったのだ。
「ここからは音を出すな」
俺がそう言うと、ブランドンと10人の兵士が強張った顔で頷いた。俺たちは列に並んで、山に入った。
暗い山道を登りながら、俺は頭の中で時間を計算した。盗賊たちに気づかれないように移動しなければならないから、結構時間を食うはずだ。たぶん……盗賊たちと衝突するのは12時くらいになるだろう。想定通りに事が進めば、夜が更ける前に作戦が終わる。
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微かな月明かりに頼って……俺たちは山道を進み続けた。
結構険しい道だ。傾斜が高い上に、木々に囲まれているせいで暗すぎる。注意しないと事故が起こりやすい地形だ。だからこそ盗賊たちもここに逃げ込んだんだろうけど。
先頭を歩いていた俺は、ふと後ろを確認した。ブランドンと10人の兵士が息を殺して歩いていた。兵士たちはともかく、やっぱりブランドンも結構鍛錬されているようだ。険しい山道を30分も進んだのに、まだ少しも疲れていない様子だ。
それから更に30分くらい進んだ時……俺は足を止めた。それでブランドンと10人の兵士も足を止めた。
「レッド様」
ブランドンが後ろから小声で俺を呼んだ。俺はブランドンの方を見つめた。
「やつらが近い」
「では……」
「武器を構えろ」
俺は背中に背負っていた大剣『リバイブ』を抜いた。ブランドンも腰から長剣を抜き、兵士たちも各々の武器を手にした。
俺たちは山道から離れて、木々の中を進んだ。盗賊の野営地はすぐ近くだ。俺もブランドンも10人の兵士も……全員獲物の匂いを嗅いだ猛獣のように、息を殺して足を運ぶ。
月の位置からして、今はちょうど12時くらいだ。俺は全身の感覚を研ぎ澄ませて、獲物の現在位置を探した。そして3分後……ついに見つけた。
山道から少し離れたところに、平らな空き地があった。その空き地から光が見えてくる。焚き火の光だ。蒸し暑い夏とはいえ……山で野営するためには焚き火が必要だ。あれが盗賊の野営地に違いない。
木々の影に隠れて、盗賊の野営地に接近すると……2人の人影が見えてくる。長剣を手にしている成人男性たちだ。盗賊の不寝番なんだろう。不寝番の周りにはいくつの天幕と木箱がある。あの木箱は……やつらが略奪した支援物資だ。
ここまで確認すれば十分だ。俺はブランドンに目配せしてから、低い声で命令を出した。
「突撃」
命令を出すと同時に、俺は全速力で木の影から飛び出て……盗賊の不寝番に向かって突進した。
「何……?」
盗賊の不寝番は長剣を持っていたが、それを振るうことすらできなかった。俺の大剣『リバイブ』が曲線を描くとともに、やつの首が跳ね飛ばされたのだ。
「う、うわああああっ!?」
もう1人の不寝番が悲鳴を上げる。それで他の盗賊たちが異変に気づき、天幕から飛び出てきたけど……もう何もかも遅い。
「ぐおおおおお!」
俺は容赦なく大剣を振るい続けて、盗賊たちを次々と両断した。ブランドンと10人の兵士たちも俺に続いて攻撃を開始し、数人の盗賊を倒す。
「に、逃げろ!」
「助けてくれぇ!」
盗賊たちは恐慌に陥って、四方八方に逃げ出す。そもそもやつらは軍隊でも何でもない。無防備の人たちを狙って強盗を働いてきた盗賊だ。敵に立ち向かうための闘志など持っていない。
暗い山の中だから、逃げ散る盗賊を全員捕まるのは無理だ。でももう白猫や他の騎兵たちが包囲網を敷いているはずだ。盗賊たちに逃げ道は存在しない。
「無理に追跡するな」
俺は攻撃を中止して、大剣の刃についた血を振り落とした。こっちの作戦は成功だ。
「流石レッド様です!」
ブランドンが興奮した顔で俺に近寄る。
「たった数秒で何人もの盗賊を斬り捨てるその威容……まさに無双です!」
「ありがとう」
俺は兵士たちに山を降りるように指示した。それで俺とブランドンは盗賊の野営地で2人きりになった。
「な、ブランドン」
「はい、レッド様。何か御用でしょうか?」
ブランドンは従順な態度で俺を見つめる。俺はそんな彼を見つめながらニヤリと笑った。
「1つ聞きたいことがある」
「はい、何なりと」
「いつ始まるんだ?」
「……はい?」
ブランドンが慌てる。
「何が……でしょうか?」
「俺への騙し討ちだよ」
俺の答えを聞いて、ブランドンの顔に驚愕の表情が浮かぶ。




