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第261話.歓声と警戒

 『赤竜の旗』を掲げて、俺の軍隊は東に進んだ。


 行軍の途中、いくつかの村に立ち寄ったけど……例外なく歓迎された。俺すら驚いてしまうほど、領民たちは俺の軍隊を見て歓声を上げる。


 もう俺の『正式発表』……つまり『戦乱を終わらせてやる』という宣言が噂になって広まったようだ。だからこそ領民たちが俺の軍隊を歓迎しているんだろう。しかし……この熱狂っぷりは不思議だ。


『民衆も決して馬鹿ではありません。誰が本当の強者なのか、誰が本当に平和のために戦っているのか、誰が本当に自分たちを大事にしてくれるのか……薄々気付いている。だからこそ総大将に希望を託しているのです』


 ふとエミルの言葉を思い出した。確かにそういう世論があるのは俺も知っていたけど……まさかここまでとは。


「……英雄か」


 自分のやっていることが人々に認められるのは、素直に嬉しいことだ。しかし同時に少し恥ずかしい気持ちもある。俺はそんな立派な人間ではないのだ。ただ戦いが好きなだけだ。


 ま、それでも……希望を託された以上、領民たちの期待にはちゃんと応えてやるさ。ケールに乗って騎兵隊の先頭を歩きながら、俺はそう思った。


「総大将!」


 活気のある声と共に、トムが白馬に乗って俺に近づく。


「どうした、トム?」


「近くの村の村長が、総大将への献上品を持ってきました!」


「……丁寧に断っておけ」


「はっ!」


 トムは素早く動いて、部隊の後方に向かう。


 俺が税金以外の献上品をもらってしまうと……それがそのまま慣習になってしまい、他の村長たちも『献上品を捧げます』と言い出す恐れがある。無意味に領民たちの負担を増大させる必要はない。


 俺は兵士たちの姿を眺めた。暑い日差しの中、皆勢いを落とさずに進んでいる。頑張って訓練してきた甲斐があるわけだ。


 ゆっくりと無理せずに進むことこそが、結果的には1番早い道になる。その事実を改めて実感した。


---


 やがて7月半ばになり、俺の軍隊は領地の境界に辿り着いた。ここから少し進んで川を渡ると……カーディア女伯爵の領地である『クレイン地方』だ。


 川に近づくと、向こうから数十の騎兵隊が現れた。騎兵隊の先頭にいる、茶色の馬に乗っているのは……ダニエルだ。


 ダニエルは騎兵隊を率いて俺の軍隊に接近した。俺はケールに乗ったまま前に出て、ダニエルと向かい合った。


「レッド様」


 ダニエルは俺に頭を下げてから、説明を始める。


「レッド様の軍隊がクレイン地方を安全に通過できるように、このダニエルが道案内役を務めさせて頂きます」


「ありがとう」


 俺は内心苦笑した。『道案内役』とか言っているけど……正確に言えば『監視役』だ。


 クレイン地方は、カーディア女伯爵の領地だ。彼女は俺に全面的な協力を約束したけど……流石に『他領主の軍隊』を完全に信用するつもりはないんだろう。だからダニエルを派遣し、俺の軍隊を監視するつもりだ。ま、当然の判断だ。


「じゃ、しばらくの間は俺の軍勢に合流しろ」


「はい」


 ダニエルと彼の部下たちは、カレンの歩兵部隊と一緒に動くことになった。


 俺はまず部隊を細かく再編成して、川を渡った。そして『メリアノ平原』にて部隊を再集結させた。


「メリアノ平原か」


 俺は地平線の向こうまで広がる平坦な地を見つめた。メリアノ平原はクレイン地方最大の平原であり、俺がカーディア女伯爵の軍隊を撃滅した場所でもある。


 先日ウェンデル公爵と秘密会談を行った時は、わざとメリアノ平原を避けたけど……3000人の軍隊を連れている今は、ここを通るしかない。


「……ここも1年ぶりだな」


 広い平原のど真ん中を堂々と進んでいると、自然にあの戦いが思い出される。総計2万を超える軍勢が激突した混沌の戦場を……俺と『レッドの組織』の仲間たち、そしてたった数十の精鋭騎兵隊が覆した。


「おい、ここって……」


「ああ……あの時の戦場だ」


 兵士たちのざわめく声が聞こえてきた。彼らも昨年ここで戦ったことを思い出し、感慨に浸る。


「トム」


 俺が呼ぶと、トムが白馬に乗って姿を現す。


「お呼びですか、総大将」


「伝令を送って、カレンに行軍速度を上げるように伝えろ」


「はっ」


 トムが素早く俺の指示を実行する。


 行軍を始めてから2週以上経ったのに、まだ兵士たちの体力に余裕がある。これなら速度を上げても問題ないはずだ。


 ふと後方部隊にいるシェラとシルヴィアのことが心配になった。この暑さの中で、彼女たちは大丈夫なんだろうか。


「……いや、心配しすぎだな」


 シェラとシルヴィアももう大人だ。こんなことで一々心配するのは逆に失礼だ。2人とも強くて賢明だから、ちゃんと自分の役目を果たしているはずだ。


 信頼というのは、一方的に頼ることではない。可愛い婚約者たちの顔を確認したいけど……今はそんな時ではない。前に進む時だ。


---


 クレイン地方に進入してから、すれ違う領民たちの態度が明らかに変わった。俺の軍隊を見て歓声を上げる代わりに、警戒の眼差しを送ってくる。


 これが普通の反応だ。何しろ『クレイン地方の領民たち』にとって俺は……『自分たちの領主の軍隊を撃破した敵の大将』なのだ。警戒するのが当然だ。


 俺は軍隊の規律を一層強くした。ここで俺の兵士が領民たちに害を及ぼすと……面倒な外交問題になり得る。だからこそ俺は明言した。『領民たちに害を及ぼす者は、問答無用で処断する』と。その言葉が効果があったのか……俺の兵士たちは秩序を乱すことなく前に進んだ。


 そして更に数日後、俺たちの行軍は一時停止になった。


 メリアノ平原を横断した先に、古い軍事要塞があった。黒い石材の壁に囲まれた、結構広い軍事要塞だ。


「あれが『ヘルマン要塞』です」


 隣からダニエルがそう言った。


「少し古びた要塞ですが、壁は堅固で……補給物資も十分に備蓄されています。レッド様の軍隊が休憩を取れるように、カーディア女伯爵様がご用意なされました」


「ありがたいことだ」


 俺は頷いてから、まず偵察隊を編成して要塞の内部を調査させた。それで安全を確認した後、軍隊を要塞に進入させた。


 要塞の内部には十数人の兵士がいるだけだった。俺に要塞を貸すために、守備兵を撤収させたんだろう。


 俺は各部隊長に指示して、軍隊を休憩させた。久々にちゃんとした建物の中で休憩できて、兵士たちは喜んだ。


 でも俺自身は休憩している暇はない。トムと100人の精鋭騎兵を連れて、カーディア女伯爵を会いに行かなければならない。


「レッド!」


 要塞を出ようとした時、後ろから声がした。


「シェラ、シルヴィア」


 後ろを振り向くと、革鎧を着ている2人の婚約者が見えた。特にシルヴィアの方は……何度見ても鎧姿が新鮮だ。貴族のお嬢さんだからなんだろうか。


 シェラとシルヴィアは急ぎ足で俺に近づいて、見上げる。


「レッド! カーディア女伯爵の城に行くの?」


 シェラが聞いてきた。俺は頷いた。


「ああ、これからのことについて相談しなければならない」


「そうよね……」


 シェラとシルヴィアは残念そうな顔をする。俺と一緒に行きたいけど、指揮官としての仕事があるから無理なんだろう。


 俺は可愛い婚約者たちに笑顔を見せた。


「俺のことを心配する必要はない。ここで待っていろ」


「あんたのことを心配しているわけじゃないわよ」


 シェラが口を尖らせる。


「レッドのことだから、また他の女に手を出すかもしれない。私たちが監視しないと!」


「いやいやいや」


 俺は苦笑した。


「誤解されるような言葉は止めてくれ」


「確か『銀の魔女』の時も誤解とか言ってたよね?」


「うっ……」


 俺は困惑したが、事実だから反論できなかった。


「と、とにかく白猫や黒猫と一緒に待っていてくれ。城であったことは、後で全部話すから」


「ふーん」


 シェラとシルヴィアはやっと納得して、自分たちの部隊を復帰する。


 俺はため息をついて、騎兵隊を率いて要塞を出た。すると道案内役のダニエルが笑顔を見せる。


「レッド様のような英雄も、美しい伴侶たちには強く出られないみたいですね」


「悪いか?」


「いいえ、とてもいいことだと思います」


 ダニエルの笑顔を無視して、俺はケールと共に道を進んだ。

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