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第254話.伯爵になっても……

 『レッドの組織』の皆と再会してから2日が経ち……ついに6月3日になった。


 午後5時、俺は部屋で礼服に着替えた。この黒い礼服は、シェラの父親であるロベルトからもらったものだ。


「その礼服、久しぶりだね」


 隣からシェラが笑顔を見せた。シェラは大人っぽい化粧をして、水色のドレスを着ていた。


「私たちの婚約式以来でしょう?」


「ああ」


 俺は頷いた。


 2年前、俺はこの黒色の礼服を着てシェラと婚約式を挙げた。俺が所有している小さなレストランでパーティーを開いて、みんなの前でキスを交わした。


「シェラ」


「ん?」


 俺はシェラに近づいて、彼女の唇にキスした。あの時と同じく。


「な、何するのよ!」


 数秒後、シェラが怒った顔になる。


「あんたの唇に口紅が付いたじゃない!」


 シェラはハンカチで俺の唇を拭く。俺は笑った。


「よし、今日も元気よく行くか」


 俺とシェラは一緒に部屋を出て、城の1階の大宴会場に向かった。メイドたちと兵士たちが後ろについてくる。


「レッド様、シェラ様」


「シルヴィア」


 途中で真っ白なドレスを着ているシルヴィアと合流し、3人で大宴会場に入った。


「領主様!」


「レッド様だ!」


「万歳! 万歳!」


 大歓声が上がった。数百を軽く超える、礼服姿の客たちが大宴会場で俺を待っていたのだ。城下町の人々、そして遠くから来た有力者たちと貴族たちだ。


 俺はシェラとシルヴィアと一緒に歩いて、大宴会場の1番奥にある上席に座った。すると予定通り1人の女性が現れた。それは……王室直属の騎士であり、今はウェンデル公爵の使者を務めている『ドロシー・テレント』だ。


 ドロシーは革の鎧を着て、腰に細剣を帯びている。美しくも堂々たるその姿に、客たちの視線が集まる。


 やがてドロシーが俺の前まで歩いてきて、手に持っていた巻物を開く。それでみんな息を殺し、一気に静かになる。


「ウェンデル公爵家の当主、ウイリアム・ウェンデルの名において宣言する!」


 ドロシーの声が大宴会場に鳴り響く。


「『南の都市守備軍司令官』レッドは、自由都市と王国の秩序を見事に守り抜き、様々な戦闘で勲功を立てた! その武勇は古代の名将たちにも引けを取らなく、賞賛に値する!」


 俺は内心笑った。ウェンデル公爵……意外とお世辞が上手いな。


「故に王国歴537年6月3日を期して、レッドに『ロウェイン伯爵』の爵位を授ける! このことは国王代理としての決定である!」


 その言葉に、再び大歓声が上がる。特に城下町の人々は……まるで自分のことのように嬉しがる。中には涙を流す人もいる。


「さあ、レッド・ロウェイン伯爵。爵位証明書と権利書、そしてロウェイン伯爵家当主の指輪を受け取るがいい」


「ああ」


 俺は席から立ち、ドロシーに近づいた。そして彼女から巻物と指輪を受け取った。


「万歳! 万歳!」


「伯爵様万歳!」


 もう1度大歓声が上がった。俺は青い宝石の付いた指輪を指にはめて拳を振り上げた。それで歓声は更に大きくなった。


---


 就任式の後、本格的にパーティーが始まった。


 もちろんパーティーの主役である俺は、気軽に楽しむことなどできない。大宴会場に座って数百の客たちと挨拶を交わすだけの時間が流れる。


 シェラとシルヴィアは、少しも笑顔を崩さずに1時間以上挨拶を続ける。俺でさえそろそろ疲れてくるのに……彼女たちには素直に感心した。


 屋外でのパーティーなので、舞台やテーブルは城壁の内側の空間に設置されている。日差しに備えて、なるべく城壁の陰に入る形だ。


 人々は芝生の上のテーブルに座って、メイドたちが運んでくれる食べ物を食べる。そして舞台の上では曲芸師や楽団が公演をして、人々を楽しませる。


 音楽の音、笑い声、話し声……普段は静かだった城が、気持ちのいい騒めきに包まれる。


 パーティーは夜まで続き、多数のランタンが城の内側から外側まで明るく照らす。そして俺とシェラとシルヴィアはやっと挨拶から解放された。


「お前たちはこれから休むのか?」


 2人の美しい婚約者にそう聞くと、彼女たちは同時に頷く。


「流石に疲れたの。少しでも横になりたい」


「私も……少し休憩させていただきます」


 俺は頷いた。無理するのは良くない。


 シェラとシルヴィアを各々の部屋まで見送ってから、俺は城を出てパーティー場を歩き回った。客たちの楽しむ姿を見ておきたいし、変ないざこざが起こっていないか確認したい。


「領主様!」


 ふと少年の声が聞こえてきた。振り向くと……10歳くらいの少年と老夫婦が見えた。


「お前は……」


「ジョンです! 将来には領主様の士官になりたいジョンです!」


 少年が上気した顔で答えた。そう、この少年は俺が火事から助けたジョンだ。パーティーに来ていたんだな。


 俺がジョンに笑顔を見せると、老夫婦が深く頭を下げる。


「伯爵就任……誠にお祝い申し上げます、領主様」


 ジョンのお爺さんが涙を流す。


「領主様に命を救われたこと、一生忘れません」


「みんな元気そうで何よりだ」


 老夫婦と少し話してから、俺はその場を去った。


 西の城壁の下に大勢の人々が集まっていた。暗くてよく見えないけど……どうやら2人の男女を囲んでいるようだ。


 まさか揉め事が起こったのか? 俺は急いで西の城壁に近づいた。そしてその直後、俺は驚いてしまった。


「ゲッリト……それに白猫?」


 城壁に付いたランタンの光の下で、ゲッリトと白猫が互いを見つめていた。人々はそんな2人を興味深い眼差しで見守っていた。まるで公演を楽しむ観客たちみたいだ。しかも観客の中には『レッドの組織』の皆もいた。


「これはどういうことだ?」


 俺が近づくと、人々は慌てて道を空ける。


「ボ、ボス!」


 近くにいたリックが驚いて俺を見上げる。


「どういうことだ? 説明しろ、リック」


「そ、それが……」


 リックは青ざめた顔になる。


「ゲッリトさんが……あの白猫という女性に……デートを申し込みました」


「白猫に? デートを?」


「はい、それで……白猫さんは『私と戦って勝てばデートしてあげる』と答えました」


 なるほど、そういうことだったのか。


「お前たちは一体何を考えているんだ?」


 俺が顔をしかめて言うと、集まっていた人々が息を殺す。ゲッリトと白猫も慌てる顔でこっちを見つめる。


「……こんな面白い戦いがあるんなら、まず最初に俺を呼べ」


「ボス……!」


「審判は俺が務める! 思う存分に戦え! ゲッリト、白猫!」


 俺の宣言に人々が悲鳴に近い歓声を上げる。


「流石領主様だ!」


「戦え、戦え!」


「私は女の方に20賭ける!」


「男の方に30だ!」


 いきなり闘技場になってしまった。まあ、俺としては楽しい限りだ。


 みんなの視線が集まる中、ゲッリトと白猫は互いを見つめて戦闘態勢に入る。


「やっぱりただの美人ではなかったか、あんた」


 ゲッリトが真顔で言った。白猫の気迫を感じ取ったんだろう。


「でも……こっちだって必死だ。全力で行く」


「あら、デートくらいで本気になり過ぎじゃない?」


「あんたみたいな美人とデートできるなら、本気になるさ」


「その言葉は嬉しいけど……怪我するわよ? 坊や」


 白猫がニヤリとする。挑発だ。そしてゲッリトが挑発に乗り、先に打って出る。


「うりゃあ!」


 ゲッリトの上段回し蹴りが鋭い角度で白猫を狙う。しかし白猫は余裕のある笑顔で回避する。


「とりゃあ!」


 ゲッリトは諦めずに攻撃を続ける。彼は『レッドの組織』の中でもバランスの取れた戦士だ。腕力と素早さが両方とも高水準で、格闘技も極めている。死角がなく、どんな状況でも対応できるやつだ。


 だが……白猫の素早さは人間の域を超えている。いくらゲッリトが連続攻撃を仕掛けても、白猫の体に触れることすらできない。


「凄い、凄いぞ! お嬢さん!」


「美人でかっこいい!」


 観客たちが歓声を上げる。白猫は満足した笑顔を見せる。


「ほら、ゲッリト君。お姉さんとデートするためには、もっと頑張らないと」


「こんな……馬鹿な……」


 ゲッリトが慌てる。決してゲッリトが弱いわけではない。相手が強すぎる。


「……うおおおお!」


 雄叫びと共に、ゲッリトが渾身の一撃を放つ。大きく踏み込んでからの正拳突き……武装した兵士すら倒せる攻撃だ。でも刹那の瞬間、白猫はゲッリトの後ろに回り込み……上段蹴りを放つ。


「勝負ありだ!」


 俺が宣言した。白猫の上段蹴りは、ゲッリトの後頭部を強打する直前に止まった。その光景を見て、観客たちが感嘆の声を出す。


「素晴らしい!」


「お嬢さん最高!」


 白猫は笑顔で「ありがとうございます」と観客たちに挨拶した。楽しんでいるようだ。


 俺は衝撃に包まれているゲッリトに近づいて、肩を軽く叩いた。


「どうした、ゲッリト? 試合はもう終わったぞ」


「ボス……」


「そんな顔するな。お前も強い。ただ白猫が強すぎるだけだ」


「はい……」


 ゲッリトが肩を落として試合場から退場する。


 俺は『レッドの組織』の皆を振り向いた。


「せっかくだから、お前たちも戦え」


「俺たちも、ですか?」


 ジョージが目を丸くした。俺は頷いた。


「鍛錬の時と同じだ。相手を傷つけずに技を競えばいい。まずカールトンとリックからだ」


「わ、分かりました」


 カールトンとリックが前に出て、互いを見つめた。それで観客たちは更に盛り上がった。もちろん俺たちも盛り上がった。

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