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第250話.2人の再戦

 秘密会談以来、俺とウェンデル公爵は数回に渡って書信を交換した。同盟と俺が受ける予定の爵位について相談するためだ。


 そして5月半ば……俺は執務室に座り、1通の書信を読んで頷いた。


「……伯爵就任の詳細が決まったな」


「やっぱり6月ですか?」


 隣の席からエミルが聞いてきた。俺は「ああ」と答えた。


「6月3日に使者がこの城に来て、俺に伯爵の権利書と紋章を直接渡す。そしてその直後、俺はウェンデル公爵との同盟を発表する……そんな手筈だ」


「そうですか」


 エミルがいつもの無表情で頷く。


「では、就任記念パーティーを準備します」


「パーティーか……」


 俺は『あまり好きじゃないな』と言おうとしたが、エミルが「パーティーは必要です」と先手を打ってきた。


「この王国で平民が一気に伯爵に就任するのは、約150年ぶりのことです。この事実を上手く宣伝すれば、総大将の権威をもっと上げられる。ゆえに盛大なパーティーを開くべきです」


「分かっているさ」


 俺は書信を机の上に置いた。


「でも……盛大なパーティーを開くためには莫大なお金がかかるんだろう? 俺としては、領地の発展や軍備増強にお金を使いたい」


「これは必要な投資です」


 エミルが冷たい眼差しで俺を見つめる。


「伯爵に就任しても、貴族たちが1日で総大将のことを認めるようになるわけではありません。権力や財力を誇示することも立派な戦略です」


「……まあ、そうだな」


 確かにエミルの言う通りだ。あまり好きじゃないけど……仕方ない。


「この件はお前に任せる。俺のスケジュールについてはシェラと相談してくれ」


「かしこまりました」


 その時、執務室の扉が開いて誰かが入ってきた。筋肉の女戦士……カレンだ。


「団長、時間です」


 カレンはエミルに目向きもせずに、俺に話しかける。


「ああ、もう時間か」


 俺は答えながらエミルの方を見つめた。エミルもカレンに目向きもしない。


「分かった。すぐ行く。準備していてくれ」


「かしこまりました」


 カレンは無表情で頷き、執務室から出た。


「エミル」


「はい」


「ちょっと用事がある。2時までは戻ってくるから、今週の裁判の書類をまとめておくように」


「分かりました」


 俺は自分の机を整理し、執務室を出た。


---


 執務室を出て俺が向かった場所は、森の中だ。


 高い木々に囲まれた、人気のない静かな空間。ここは俺が黒猫に制圧術を教えた場所であり、白猫とカレンが対決した場所でもある。


 そして今日も、俺の目の前に白猫とカレンがいる。2人は手に木剣を持ち、少し距離を置いて互いを見つめている。


「ルールは前回と同じだ」


 俺が静かな声で言った。


「あくまでも互いの実力を計ることが目的だ。相手を故意に傷つけることは禁ずる」


「はい、はい」


 白猫が笑顔で答える。


「でもまさか、こうも早くカレンさんに再戦を申し込まれるとはね。私、もしかして結構人気あったりする?」


「知るか。さあ、試合開始だ」


 審判役の俺が宣言すると、周りの空気が一瞬で変わる。2人の女性が凄まじい気迫を発して、互いの動きに集中し始めたからだ。


 白猫はへらへらしているが、冷たい殺気を纏っている。前回の試合と同じだ。俺でさえ、今の白猫に触れることは容易ではない。


 しかしカレンの方は……前回の試合とはまったく違う様子だ。


「ほぉ」


 俺は感嘆した。前回の試合で、カレンは台風のような勢いで突撃を続けた。剣術と体力を極限まで鍛えてこそ可能な、攻撃一辺倒の戦い方だった。しかし今回のカレンは……静かだ。


 木剣を構えたまま、無表情で相手を睨んでいる。カレンの気迫はまるでこの森のように静かだ。


「あちゃー」


 白猫が苦笑いする。


「これはまずいかも……カレンさん、短期間で強くなりすぎ」


 白猫の言葉に、俺も内心頷いた。あれは……『心魂功』を破るための切り札だ!


 『夜の狩人』に伝わる『心魂功』は、人間の潜在能力を任意に引き出す技だ。一般人は一瞬でしか使えない『限界を超えた力』を、自由自在に使う秘儀だ。


 しかし逆に言えば……『一瞬だけなら』たとえ一般人でも『心魂功』と同格の力を発揮できる。極限まで精神を集中し、全身の筋肉を完璧に制御すれば……理論上可能なのだ。


 もちろんあくまでも理論上の話だ。だがカレンの卓越した武は、その理論を実現させた。今のカレンに近付いたら……神だろうが悪魔だろうが、斬られる。


 白猫とカレンは完全に停止したまま互いを見つめる。2人だけではなく、周りの全てが止まってしまったような感じだ。虫の鳴き声も、いつの間にか聞こえなくなった。


 どれだけ時間が止まっていたんだろうか。いきなり風が吹いてきて、周りの木々を揺らす。それと同時に……止まっていた時間が動き出す。


「……っ!」


 ネコ科の猛獣の如く、白猫がカレンの急所を狙って突進する。まさに電光石火のような攻撃だ。俺ですら集中しないと彼女の動きが見えない。


 それに対してカレンは……最後の最後まで動かない。白猫の斬撃が自分の首筋に接近するまで、全身全霊の力を溜めて……一気に爆発させる!


「……はっ!」


 短い気合と共に、カレンが一閃を放った。2人の木剣が交差し、互いの首筋に向かう。その刹那の瞬間が……とんでもないほど長く感じられる。


「……勝負ありだ」


 俺が宣言した。白猫の木剣は、カレンの首筋から硬貨一枚の厚さくらい離れている。カレンの木剣は、白猫の首筋にしっかり当たっている。


「完敗だね」


 白猫が笑って木剣を下ろす。


「前回の対決からまだ2ヶ月も経っていないのにね。カレンさん怖すぎ」


「……白猫殿が正面から勝負してくれたおかげだ」


 カレンも木剣を下ろした。


「実戦だったら、こうはいかなかったはずだ。ありがとう、白猫殿」


「いいえ、負けは負けです」


 白猫が苦笑する。


「私ももっと勉強しないと駄目かも」


 白猫は笑いながらそう言ったが、彼女の全身から強い闘志が感じられる。『夜の狩人』の戦闘組として、白猫も自分の武力に自負を持っているのだ。


 白猫とカレン……いいライバルになりそうだ。


「まさか白猫に1本取るとはな」


 森の向こうから老人の声が聞こえてきた。俺たちが驚いて振り向くと、みすぼらしい老人……青鼠が歩いてきていた。


「なかなかの人材だな」


 青鼠はカレンに向かってそう言ってから、白猫を睨みつける。


「白猫、お前は勉強不足だ」


「はい、はい、言われなくても分かっています」


「ったく……」


 白猫の反応に青鼠はため息をつく。


「青鼠、任務はどうなった?」


「もちろん完了したさ、頭領」


 青鼠が俺に向かってニヤリと笑う。


「お前に言われた通り、城下町や近くの村を一通り調査した。でも外国の暗殺者なんていなかった」


「そうか」


 俺は頷いた。


 領地に帰還した後、俺は青鼠に『外国の暗殺者が潜入しているかもしれない。調査しろ』と命令した。しかし何も見つからなかったようだ。


 いくら外国の暗殺者が凄腕だとしても、青鼠の目を誤魔化すことは無理だ。ということは……やつらもここまでは来ていないわけか。


「ご苦労した。引き続き、城の安全を頼む」


「ああ、任せろ」


 青鼠の小さな瞳が残酷な光を放つ。


「生意気にもこの王国で暗殺商売をするなんて……『夜の狩人』として許せない。見つけ次第消してやる」


「できれば生け捕りにしてくれ。情報が欲しい」


 俺が苦笑すると、青鼠は肩をすくめる。


「さて、私は生け捕りなんて下手だからな」


「頭領の命令は絶対じゃなかったのかよ」


「いくら頭領の命令でも、下手なのは下手だ」


「へっ」


 まあ、こう言っているけど……この老人が頭領の俺の命令に逆らうはずがない。外国の暗殺者が本当に現れたら、そいつらの雇い主の正体が分かるだろう。


「早く城に戻りましょう、レッド君。お姉さん、緊張したらお腹空いたわ」


「誰がお姉さんだ」


 確かにもうすぐ昼飯の時間だ。俺と青鼠、白猫とカレンは森を抜け出して、城に向かった。

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