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第244話.俺の行き先

 道を急いでいると、いつの間にか雲が濃くなってしまった。


 もう午前9時くらいのはずなのに……周りが暗い。午後には雨が降ってくるかもしれない。


 幸いなことに、視界に問題はない。何しろ、ここは広い平原なのだ。視界を邪魔するものが少ない。待ち伏せに遭う可能性も低い。


 ハーヴィーは無言で俺の後ろを走っている。彼の乗っている茶色の軍馬も相当な名馬で、ケールの速さにギリギリ追いついている。この速度で走り続ければ、すぐウェンデル公爵たちと合流できそうだ。


「見えた」


 十数分後、前方から数頭の馬が見えてきた。公爵たちだ。


 俺とハーヴィーは更に速度を上げた。そして公爵たちの方は、こっちを認識して速度を下げる。それで数分後、俺とハーヴィーは公爵と轡を並べて走るようになった。


「公爵様! 敵を蹴散らして参りました!」


 ハーヴィーが大声で報告すると、ウェンデル公爵は無言で頷いた。ハーヴィーの武力に絶対的な信頼を持っているみたいだ。


 トムと白猫、そしてオリバーが俺に近寄った。俺はトムの方を見つめた。


「トム、移動中に異常はなかったか?」


「はい、異常はありませんでした!」


 トムが白馬に乗って走りながら答える。俺は頷いてから、少し考えてみた。


 さっきの軽騎兵隊は、俺と公爵の命を狙っていたに違いない。しかしそれにしては少数だ。たった50の軽騎兵で『赤い化け物』やハーヴィーを仕留めることは無理だ。敵もそれくらいは知っているはずだ。


 ということは……あの軽騎兵隊は、時間を稼ぐための捨て駒だったんだろう。俺たちがもたもたしていたら、敵の本隊が来て危険に陥ったはずだ。迅速に移動を開始して正解だったわけだ。


 しばらくして、俺たちは徐々に速度を下げた。ケール以外の馬の体力が落ちてきたからだ。少し休まないと馬が負傷する恐れがある。


「あの辺で休憩に入る」


 ウェンデル公爵が道路近くの小さな湖を指さして言った。


 俺たちは道路から離れて、小さな湖に近づいた。そしてまず馬に水を飲ませてから、俺たちも休憩に入った。


「領主様」


 オリバーが俺に近づき、革の水筒と干し肉を渡してくれた。俺は水を飲んで干し肉を食べた。


 ちらっとウェンデル公爵の方を見つめると、彼も水を飲みながら堅パンを食べていた。結構軍隊生活に慣れている様子だ。やっぱりこの公爵は大貴族というより……軍人にしか見えない。


「赤い総大将」


 簡単な食事が終わるや否や、ウェンデル公爵が俺に近寄った。


「2人で話したい」


「ああ」


 俺は頷いて、公爵と一緒に少し離れた場所まで移動した。


「すまない」


 2人きりになると、ウェンデル公爵が小さな声でそう言った。


「どうやら私の方で情報漏洩があったようだ」


 公爵の顔が暗くなる。


「さっきの騎兵隊は、たぶん『アルデイラ公爵』が送ったんだろう。私と君の同盟を阻止するために」


「『アルデイラ公爵』……」


「そうだ」


 ウェンデル公爵が頷いた。


「君も知っている通り、この王国には3人の公爵がいる。私と『アルデイラ公爵』と『コリント女公爵』だ」


 そう……『ウェンデル公爵』と『アルデイラ公爵』、そして『コリント女公爵』は……前国王が死んでから国王の座を巡って対立している。いわゆる『3公爵の抗争』だ。


「地理的に見て、王都の東側を支配している『コリント女公爵』が騎兵隊を送ってきた可能性は低い。それに比べて『アルデイラ公爵』は王都の南側に本拠地があるし、距離も近い」


「そのアルデイラ公爵だが、謀略に長けた人物なのか?」


 俺の質問を聞いて、ウェンデル公爵の顔が強張る。


「もちろんだ。そもそもの話、私が窮地に陥ったのも……やつのせいだ」


 ウェンデル公爵は少し震える声で話を続ける。


「私は3公爵の中でも最も規律の取れた軍隊を持っていた。他の2人の軍隊を同時に相手できるほどだった。でも昨年の戦闘で……無惨にも敗れてしまった」


「側近が離反したからだと聞いたが」


「……そうだ」


 ウェンデル公爵は拳を握りしめて、必死に怒りを抑える。


「30年近く私に忠誠を尽くしてきた人間が……私を裏切ってアルデイラ公爵の側についた。私には……未だに理解できないし、理解したくもない」


 俺はウェンデル公爵の顔を注視した。


 ウェンデル公爵は、俺が思っていたよりも有能な指導者のようだ。軍隊の統率に優れていて、人望もあるようだ。そんな彼が……どうして側近から裏切られたんだろう?


 人を信じすぎたから? いや、それとはちょっと違う気がする。


「私は……」


 ウェンデル公爵が顔を上げて、俺を見つめる。


「私は君を信じていいのかどうか……迷っている。でも指導者として、迷いを捨てて決断を下さなければならない」


「だから俺に直接会ってみたかったのか」


「そうだ」


 ウェンデル公爵は軽くため息をつく。


「どうやら君は、私が想像していたよりも危険な人物のようだ。しかし不思議にも……信頼できそうに見える」


「俺もあんたについてちょうどそう思っていたよ」


 俺は微かに笑った。


「あんたの『哲学』ってやつは、正直俺とはちょっと合わない気がするけど……あんたは信頼できる人だと思う」


 さっき騎兵隊に追われていた時、ウェンデル公爵は村人たちが戦闘に巻き込まれることを避けようとした。彼はただ傲慢なだけの貴族ではないのだ。


「では……私と君の同盟を締結する」


「分かった」


 俺が頷くと、ウェンデル公爵の顔が少し明るくなる。


「近日中に、私は君に伯爵の地位を与えるつもりだ。対等な同盟を結ぶためには、その方法しかない」


「俺が貴族か……」


 俺は内心苦笑した。いつかはこんな日が来るだろう……と思ってはいたけど。


「君には実績と実力がある。そして私は、以前から国王の代わりに爵位と役職を管理してきた。反発の声もあるだろうけど、君が貴族になることに形式上の問題はない」


「そうか」


「それに……聞いた話では、君は貴族の娘を側室として受け入れようとしているそうだな。君が貴族になれば、そのことで悩む必要もなくなる」


 シルヴィアの話だ。確かに俺はまだ彼女と正式に婚約していない。身分のせいだ。でも俺が伯爵になれば……その問題は解決される。


「詳細は後日知らせる。君は領地に戻って、私の連絡を待っていてくれ」


「分かった」


 俺とウェンデル公爵の同盟によって……王都の情勢は大きく変わるだろう。そしてやがては、王国全体の行方が変わるはずだ。俺もウェンデル公爵も……その事実に気付いている。


「……私はこのまま北に向かうつもりだ」


 ウェンデル公爵がそう言った。王都の北には、彼の領地がある。


「君はどうするかね?」


「俺は西に向かうさ。1日も早く俺の領地に帰還したい」


「そうか。危険な道のりになりそうだけど……『赤い総大将』なら問題ないだろう」


 ウェンデル公爵は微かな笑みを浮かべてから、部下たちのいるところに戻ろうとした。しかし俺は彼を呼び止めた。


「公爵」


「どうした?」


「1つ言いたいことがある」


 ウェンデル公爵が眉をひそめる。


「言いたいこと?」


「ああ、実は……ここに来る途中、俺は暗殺者の襲撃を受けた」


 俺はあの夜の襲撃について簡単に説明した。


「たぶん外国の暗殺者だ。しかも凄腕の」


「外国の暗殺者だと……」


 ウェンデル公爵は驚いた様子だ。


 俺は少し間を置いてから話を続けた。


「アルデイラ公爵は、謀略に長けている人物だと言っただろう? じゃ、やつが外国の暗殺者を送ってきた張本人である可能性は?」


「その可能性は高い」


 ウェンデル公爵は慎重な口調で言った。


「アルデイラ公爵は危険な人物だ。暗殺もやりかねない。君も十分に気を付けた方がいい」


「分かった。あんたもくれぐれ気を付けてくれ」


 俺とウェンデル公爵は会話を終えて、各々の軍馬に乗った。そして公爵は北に、俺は西に向かって走り出した。


 部下たちと一緒に道を進む途中、ふと俺は空を見上げた。雲の間から太陽が顔を出して、王都地域の広い平原を照らしていた。まるで俺に行き先を教えてくれているみたいだ。

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