第241話.こいつが王国の頂点の1人……
俺たちを乗せた馬車は『クレイン地方』を抜け出して、『王都』地域の広い道路を進んだ。
俺は薄暗い荷台の中に座って、外を眺めた。緑色の平原、遠くに見える山……この風景だけ見れば平和だ。しかし王都地域は決して平和ではない。戦乱のど真ん中だ。
「レッド君」
長身の美人が安楽椅子に腰をかけたまま、俺を呼んだ。もちろん白猫だ。
「どうした、白猫?」
「せっかくだから、レッド君にクイズでも出そうかな、と思って」
「クイズ?」
「うん、クイズ」
白猫がニヤリと笑った。
「では、次の質問に答えなさい。『王都を囲んだ大きな防壁は何と言うんですか?』」
「へっ」
俺は笑った。
「俺もそれくらいは知っているさ。あれは『守護の壁』だ」
「正解」
白猫が笑顔で頷く。
「じゃ、2問目行くわよ」
「まだあるのか」
「『守護の壁の外にも多数の村がありますが、これらの村を何と呼ぶんですか?』」
「簡単だな。答えは『外側の村』だ」
「正解!」
白猫が力強く頷いた。
「ちゃんと勉強したんだね、レッド君! 先生は嬉しいです」
「誰が先生だ」
俺は苦笑した。
白猫のクイズの通り、『王都』は『守護の壁』という巨大な防壁に囲まれている。あの防壁はこの王国の初代王が建設を開始し、彼の孫子の代に完成したそうだ。
一般的に『王都』と言えば、『守護の壁』の内部に存在する大都市を意味する。しかし実は壁の外にも村が存在している。これを『外側の村』といって、王都地域には『外側の村』が10箇所以上あるそうだ。
俺たちが目指している『スウェントン』も、『外側の村』の1つだ。俺はその村でウェンデル公爵との秘密会談を行う予定だ。
「頑張って勉強したレッド君には、ご褒美を上げるわ」
白猫が席から立って、俺に身を寄せてくる。
「先生にどうして欲しいの? 言ってご覧なさい」
「くだらない冗談は止めて、じっとして欲しい」
俺が真顔で言うと、白猫は自分の席に戻って唇を尖らせる。
「つまんない」
「知るか」
「ちぇっ」
白猫は安楽椅子を後ろに傾けて、目を閉じる。まるで拗ねた子供みたいだ。
しかし……そんな彼女の姿から、俺はどことなく違和感を覚えた。
「領主様」
御者席からオリバーが声を上げた。
「どうした?」
「壁が見えてきました」
その答えを聞いて、俺は荷台の天幕をめくり上げた。すると遠くからとてつもなく高い壁が見えてきた。
「『守護の壁』か……」
一般的な城壁とは比べにならないほど頑丈で、大都市を完全に囲めるほど広範囲な防壁……遠くからもその威厳が感じられる。
あれはもう単なる壁ではない。王都の威光と影響力の象徴だ。王都を手に入れるためには……あの壁を越えなければならない。
今はまだ時期尚早だ。しかし近いうちに……俺の軍隊があの壁を越えて進軍する。俺は頭の中でその光景を描いた。
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4月10日の朝……ついに『スウェントン』に辿り着いた。
『スウェントン』は王都の西に位置する村だ。王都近くの村にしては小さくて静かだが、たぶん主要道路から離れているせいだろう。
オリバーはゆっくりと馬車を進めて、村の入り口に入った。するといきなり筋肉質の男が現れ、馬車の前に立ち塞がる。
「どこから来た?」
筋肉質の男が険悪な顔でオリバーに質問した。
「ケント伯爵領から来ました」
オリバーが答えると、筋肉質の男はゆっくりと歩いて馬車の荷台に近づき、天幕をめくり上げる。それで荷台に乗っていた俺と筋肉質の男の視線がぶつかる。
「……お前が『赤い化け物』か?」
筋肉質の男が聞いてきた。俺は答える代わりに、フードを少し上げて顔を見せた。
「なるほど」
筋肉質の男が頷く。
「ついてこい。ただしお前だけだ」
「ああ」
俺は白猫とトムに目配せしてから、荷台から降りた。そして筋肉質の男と一緒に村の中を歩いた。
村人たちは敢えてこっちを見ないようにしている。たぶん村長からそうするように指示されたんだろう。俺と筋肉質の男は無言で村人たちの間を通り抜けて、村の北に向かった。
村の北には小さな小屋があった。そして目つきの鋭い男が小屋の扉を守っていた。俺が小屋に近づくと、目つきの鋭い男が口を開く。
「あのお方がお待ちでいらっしゃる。下手な真似はするな」
目つきの鋭い男は警戒の眼差しで俺を見つめる。俺を案内した筋肉質の男も、後方から俺を注視している。この2人は……相当な強者だ。一般市民のような服装をしているけど……名の知れた騎士たちに違いない。
やがて目つきの鋭い男が小屋を扉を開いた。ゆっくりと進んで小屋に入ると、2人の姿が見えた。
1人は真っ黒なあごひげが目立つ中年の男で、椅子に座っている。もう1人は俺に匹敵するほどの巨漢で、あごひげの人の後ろに立っている。
「来たか」
あごひげの人が席から立ち上がって、俺を直視しながら口を開く。
「私がウェンデルだ。『ウィリアム・ウェンデル』」
あごひげの人が自己紹介した。この人が……王国の頂点の1人、『ウェンデル公爵』だ。
ウェンデル公爵はかなりの大男だ。俺よりは小さいけど、しっかり鍛錬された体を持っている。威厳漂う中年男性だが……『大貴族』と言うより『軍隊の司令官』にしか見えない。
『公爵』というから、傲慢な顔の老人を想像していたけど……随分違うな。
「俺はレッドだ」
俺がフードを外して簡単に名乗ると、ウェンデル公爵の後ろに立っていた巨漢が目を丸くする。
「この無礼者ぉ!」
白髪の巨漢が俺に向かって一喝した。
「公爵様の前だぞ! 身を弁えろぉ!」
「止せ、ハーヴィー」
ウェンデル公爵が手を上げて、白髪の巨漢を制止する。
「客と2人で話したい。外で待機してくれ」
「……かしこまりました」
『ハーヴィー』と呼ばれた白髪の巨漢が小屋から出た。それで俺はウェンデル公爵と2人きりになった。




