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第236話.旅立つ前に

 王都へと旅立つ前に、いくつかやっておくべきことがある。


 まずは旱魃への対策だ。もう城下町の水路を整備するように指示したけど、それだけでは足りない。領地全体の水路を点検する必要がある。


 エミルと相談して、兵士を派遣するように指示した。まあ、旱魃が来ないかもしれないけど……水路の大々的な整備は結局必要だ。戦争が始まる前にやっておいて損はない。


 次は軍事活動だ。俺はカレンを呼び出して、今月と来月の訓練計画を相談した。


「気温が高いから、あまり兵士たちを無理させないように」


「はっ」


 カレンが頷いた。


 俺は席から立って、カレンの誠実な顔を見つめた。


「じゃ、行こうか」


「はい? どこへ……ですか?」


「試合を手配したのさ」


 俺は笑顔を見せた。


「以前、カレンが言っただろう? ぜひ戦ってみたいと」


「あ……」


 カレンが目を見開いた。


---


 約10分後、俺は森の中に来ていた。


 ここは俺と黒猫が一緒に『制圧術』を練習した場所だ。人の気配が少なく、静かなところだ。


 しかし今俺の目の前にいるのは、黒猫ではない。筋肉の女戦士カレンと……白い眉毛の美人、白猫だ。


 2人の女性は、木剣を手にして互いを見つめ合っている。


「これはあくまでも試合だ」


 俺が大声で宣言した。


「互いの実力を計ることが目的だ。相手を故意に傷つけることは禁ずる。分かるな?」


 カレンが「はっ」と答えると、白猫がニヤリと笑う。


「まさかカレンさんからそんな目で見られていたなんてね」


 白猫はペロッと舌を出した。


「正直に言って、カレンさんみたいな人が好みなんだよね……私」


「誰も聞いていない。さっさと試合を始めろ」


 俺がそう言うと、白猫は笑顔で「はい、はい」と答えた。そして2人の女性は戦闘態勢に入る。


 カレンが真面目な顔で白猫に剣を向けた。それとは対照的に、白猫はヘラヘラ笑っているだけだ。しかし……あれは偽装だ。白猫の全身から冷たい殺気が漂っている。


「はあっ!」


 先に打って出たのはカレンだった。カレン特有の大胆な突撃だ。木剣の先が白猫の心臓を正確に狙っている。


「ふふ」


 だが白猫は笑顔で上半身を後ろに倒して、カレンの攻撃をかわした。白猫特有の柔軟な回避動作だ。


 瞬くに数十回の攻防が交差した。カレンが諦めずに大胆な攻撃を続けて、白猫はギリギリのところで回避し続ける。その繰り返しだ。


 白猫は、カレンの体力が尽きるまで待とうとしている。体力が尽きてカレンの動きが鈍くなると、反撃に出るつもりだろう。悪くない作戦だが……少し誤算だ。


「でいやっ!」


 もう10分くらい剣を振るったのに、カレンの動きは少しも鈍くならない。いや、それどころかむしろどんどん速くなっている。20年近く戦場で剣を振るってきたカレンの体力は……もはや無尽蔵に近い。


「はっ!」


 カレンの剣がもう1度白猫を心臓を狙った。白猫は上半身を後ろに倒してそれを回避するが……カレンの剣がいきなり進路を変えて、白猫の腰に向かう。


「ふっ……!」


 危機一髪の瞬間、白猫は後ろに宙返りしながら……同時に足でカレンの手を蹴った。人間の限界を超えた動きだ。


「くっ!?」


 危うく剣を落とすところだったカレンは、後ろに下がって体勢を立て直す。


「今のは危なかった」


 白猫が長い髪の毛を手で払ってから笑う。


「レッド君にも同じ手口でやられたからね。でも私だって勉強している」


「ふっ」


 カレンが笑った。


「やっぱり白猫殿は強い。でも全力を出さないと私には勝てない」


「そうみたいね」


 白猫が姿勢を低くした。そしていつの間にか……彼女はもうカレンの目の前に立っていた。


「うっ……!?」


 カレンが驚いて木剣を振るったが、もう白猫はそこにいない。


 あれは『夜の狩人』に伝わる『心魂功』……潜在能力を任意に引き出す技だ。今の白猫には周りの全てが止まっているかのように遅く見えている。


 しかも白猫は、速さなら俺よりも上だ。並大抵の戦士はもちろん、カレンさえも彼女の動きを捉えることはできない。


「うりゃあ!」


 カレンは鋭い連続攻撃を放ったが、白猫は余裕でかわした。少し離れて見ている俺ですらその速さに驚いた。まるで幽霊みたいだ。


「ふっ……」


 そしてカレンの姿勢がほんの少しだけ崩れた時、白猫が木剣を振るう。同時にカレンも反撃を放って……2人の木剣が交差する。


「……負けたな」


 カレンが呟いた。カレンの木剣は、白猫の胴体から10センチほど離れたところで止まっている。一方白猫の木剣は、カレンの首筋にしっかり触れている。


「勝負ありだ」


 俺が宣言すると、2人の女性は戦闘を中止する。


「完敗だ。白猫殿は本当に強い」


 カレンが笑顔を見せる。


「私だってヒヤッとしたわ。もう1度戦ったら、たぶん負ける」


 白猫も笑顔を見せた。


 カレンは少し考えてから、白猫を凝視する。


「失礼だが、白猫殿に質問したいことがある」


「何ですか? 恋人ならいませんけど」


 白猫がいたずらっぽく笑ったが、カレンは真面目だ。


「白猫殿は……いつから戦場で戦い始めたんだ?」


「そういう質問か」


 白猫が笑顔で肩をすくめる。


「そうね……初めて人を殺したのは6歳のことですけど」


「……なるほど」


 カレンは頷いてから、白猫の方に手を伸ばす。


「もしよかったなら、今度もお手合わせ願いたい」


「喜んで」


 白猫も手を伸ばして、2人の女性は握手を交わした。


---


 翌日の朝……俺とトムと白猫は、軍馬に乗って城門の間で集まった。これから王都へ旅立つのだ。


 シェラとシルヴィア、タリアと黒猫が俺たちを見送ってくれた。


「無事で戻ってよね」


「ああ、心配するな」


 俺は婚約者たちに軽く手を振ってから、城門に向かった。


「お姉ちゃん」


 黒猫が呼ぶと、白猫は笑顔を見せる。


「心配しないで。お姉ちゃんは強いし、頭領様もトムちゃんも守れるから」


「うん……」


 黒猫が頷いた。


 やがて俺たち3人は城を出発して、東に向かった。春の朝の、涼しい空気が気持ちよかった。

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