第235話.不思議な縁
ドロシーはゆっくりと足を運んで……俺の前に立った。
俺はドロシーの綺麗な顔立ちを見つめた。まさかここで再会するとは思ってもみなかった。
3年前の事件で、ドロシーは特別調査官として俺と協力した。彼女の勇敢で冷徹な姿は印象的だった。
そして事件を解決した後、ドロシーは王都に帰還した。俺の得物である戦鎚『レッドドラゴン』は、あの時彼女からもらったものだ。
「……随分と変わったな」
ドロシーが微かな笑顔で言った。
「3年前、お前はたった7人の組織を率いていた。しかし今は大領主か」
「肩書が変わっても、俺は俺だ」
「ふっ……確かにその通りかもしれない」
ドロシーが笑った。
「私がここまで来た理由が分かるか?」
「大体はな」
俺は肩をすくめた。
「ウェンデル公爵は、俺の真意を探るつもりなんだろう。だから俺と面識のあるあんたを派遣した。そうだろう?」
「相変わらず、見た目に反して鋭いな」
ドロシーは近くの椅子に腰かける。
「ウェンデル公爵様は……誰よりもこの王国の秩序を考えていらっしゃるお方だ」
「秩序か」
俺は軽く苦笑した。
「じゃ、あの公爵は……俺の存在を不愉快に感じているだろうな」
「当然だ」
ドロシーが頷く。
「お前は南の都市で義勇軍を編成し、ホルト伯爵の侵略を打ち破った。そこまでなら王室から感謝されるべきだが……お前はその後も軍隊を養成し、広い領地を占拠している」
「俺は王国から認められた官吏だ。『南の都市守備軍司令官』という立派な役職も持っているぜ」
「そんな紙切れだけの役職が公爵様に通用すると思うな」
ドロシーが冷笑する。
「公爵様からすれば……お前は王国の秩序を乱している不遜な輩に過ぎない。他の公爵たちが邪魔さえしなかったら、もうお前を討伐しているはずだ」
「なるほどね」
俺は頷いた。
「じゃ、どうして今更俺の真意を探ろうとするんだ?」
「……お前がただの不遜な輩ではないかもしれないと、ご判断なされたのだ」
ドロシーが意味あり気な眼差しを送ってくる。
「覚えているか? 私が薬物『天使の涙』を追跡していた理由を」
ドロシーの質問に、俺は記憶を辿ってみた。
「それは確か……とある偉い貴族の子息が『天使の涙』によって死んだからだろう?」
「ああ」
ドロシーが頷いた。
「もっと正確に言えば、ウェンデル公爵様の長男が命を落としたからだ」
「何……?」
俺は目を見開いて、記憶を更に辿ってみた。
「……そう言えばそんな名前だったな。何か聞き覚えのある名前だと思っていた」
「公爵様は……お前に恩を感じていらっしゃる」
ドロシーと俺の視線が交差する。
「だからこそ、お前に会って直接話してみたいと仰った」
「なるほど」
「王都の西に『スウェントン』という村がある。4月10日にそこまで来い。ただし護衛は2人までだ。何しろ、公爵様の方も多人数では動けない。あくまでも秘密会談だ」
「分かった」
ドロシーが席から立ち上がる。
「仕事とは関係なく……お前と再会できて嬉しいぞ、レッド」
「こっちもだ」
俺も席から立ち上がって、ドロシーと握手した。
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ドロシーが城を去ってから、俺はエミルと話した。
「応じるつもりですか?」
エミルの質問に、俺は頷いた。
「もちろんだ。俺もあの公爵には興味がある。味方になるか敵になるかはまだ分からないが……話してみる価値はある」
「罠の心配など少しもないんですね」
「罠なら尚更いいさ」
俺は笑った。
「もし罠なら、それを名分にしてやつを破滅させればいい」
「……もう総大将の無茶な選択には慣れました」
エミルが軽くため息をつく。
「では、護衛は誰に任せるつもりですか?」
「俺は別に1人でも構わないけど……」
「何を言っているんですか? ちゃんと選んでください」
「へっ」
俺は苦笑してから、少し考えてみた。
武力で考えれば、第1候補は青鼠だ。あの老人は本当に強い。でも護衛を務めるにはちょっと合わない気がする。本人も嫌うはずだ。
青鼠以外の強者なら、カレンと白猫がいる。でもカレンは軍指揮官としてこの城に残るべきだから、答えは白猫しかいない。
「じゃ、白猫と……トムか」
トムは1流の戦士とは言えないが、優れた判断力と誠実さを持っている。どんな状況でも力になってくれるだろう。
俺は早速白猫とトムと執務室に呼び出した。
「……というわけで、お前たちは俺と一緒に行く」
俺が命令すると、トムが「はっ!」と大声で答える。
「自分の命に変えても……全力を尽くして総大将の護衛致します!」
「あら、トムちゃんって本当に真面目過ぎるわね」
白猫が笑ってトムに近づく。
「旅の途中、お姉さんがいろいろいいことを教えて上げるわ。期待してね」
「な、な、何ですか!?」
トムが慌てて後ずさる。大軍と戦っても怖気づかないトムだが、白猫は怖いみたいだ。
「白猫、俺の副官に変な真似するな」
「人生の大事なことを勉強させるだけだよ」
「それが変な真似だろうが」
俺は苦笑した。トムは赤面になって怯えていた。
この2人……本当に連れて行っていいのかな? やっぱり青鼠に任せた方がいいかな? 俺は内心そう思った。




