表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
257/602

第233話.今年の課題

「この浮気者ぉ!」


 応接間の中に、怒りの声が響き渡る。


「もう信じられない!」


 声の主は……シェラだ。


 シェラはソファーから立ち上がって、俺を睨みつける。彼女の顔色はもう俺以上に赤い。


「何が『説得』なのよ!? 美人だから手を出しただけじゃない!」


「いや、それはちょっと違う」


「言い訳は止めなさい!」


 シェラは怒った顔をしているが、彼女の瞳には涙が溜まっている。俺は口を噤むことにした。


「もうレッドの顔も見たくない……!」


 シェラが応接間から出た。俺は追いかけようとしたが、傍からシルヴィアが制止してきた。


「レッド様、シェラさんのことなら私にお任せください」


「ああ……そうだな」


 俺が直接話すより、シルヴィアに任せた方がいいだろう。


 シルヴィアは平静を失わずに、淡々と話を続ける。


「……戦争を回避するために、あの女伯爵といい関係を築く必要があるのは理解できます。流石レッド様です」


「理解してくれてありがとう、シルヴィア」


「しかし」


 シルヴィアの声が急に冷たくなる。


「レッド様や皆さんの命を狙った人をあまりにも簡単に許した上に……男女関係に発展したことについては、私も少々抵抗があります」


「シルヴィア……」


「……時間が解決してくれると存じます」


 シルヴィアも席を立って、応接間から出た。俺は軽くため息をついた。


---


 執務室に入ると、いつも通り仕事をしているエミルが見えた。


 俺も領主の席に座って、兵舎工事に関する書類を眺めた。仕事に集中して、雑念を忘れたい。


「……大体のことは白猫から聞きました」


 ふとエミルがそう言ってきた。


「大丈夫ですか?」


「何が?」


「シェラさんたちにまた散々言われたんでしょう?」


「へっ」


 思わず笑ってしまった。


「お前が俺の恋愛まで心配してくれるのか?」


「もちろんです」


 エミルは笑わなかった。


「総大将の私生活に問題があると、皆の士気に悪影響を及ぼす」


「そこまで大変なことにはならないさ」


 俺は苦笑した。


「シェラもシルヴィアも理解してくれるさ。あの2人と女伯爵が仲良くなるのは……流石に難しいかもしれないけど」


「仕方ありません。人間社会に不和はつきものですから」


「まあな」


 俺は肩をすくめた。


「それより……当面の課題は『王都進出』だ」


「はい、その通りです」


 エミルが無表情で頷いた。


 俺とエミルは……結構以前から『新しい王国を作るための計画』を立てておいた。俺の戦略は、その計画を元に決められる。


 その計画の第1段階は『俺の力を大貴族たちに示すこと』だ。これは昨年の戦争で見事に成功し、俺の名前は公爵たちの耳にまで届いた。


 そして計画の第2段階である『王都進出』が……今年の課題だ。


「アップトン女伯爵との同盟がより強固となった今、後方の領地が攻撃される心配はほぼ無くなりました。今こそ前へ……王都へ進むべきです」


「ああ」


 王国の真ん中に位置している王都は、まさに心臓だ。戦乱で疲弊しているとはいえ、まだ王都の影響力は絶対だ。


 王都を制圧する者こそが……王国を制圧する。俺も、大貴族たちも……その事実をよく知っている。


「最大の問題は、我々の本拠地である『ケント伯爵領』から王都までの距離です」


 エミルが地図を持ってきて、俺の机の上に広げた。王都とその周辺が詳しく描かれた地図だ。


「『ケント伯爵領』と王都の間には、広大な『クレイン地方』がある。クレイン地方の統治者である『カーディア女伯爵』は我々に対して協力的ですが、それでも王都まで遠い」


「そうだな」


 昨年の戦争で、『カーディア女伯爵』は俺の力を直接経験した。もう俺と戦うのは自殺行為だと分かっているだろう。


「協力的なのはいいけど、しつこく縁談を持ってくるのは嫌だな……あの『金の魔女』」


「縁談なら、これからも数えきれないほど受けるはずです。覚悟しておいてください」


「へっ」


 つい笑ってしまったが、本当に覚悟するべきかもしれない。


「やっぱり王都の周辺に拠点が欲しいところです」


 エミルは真面目な顔で地図を見つめながら、王都の北を指さす。そこは……『ウェンデル公爵領』だ。


「『ウェンデル公爵』は『3公爵の抗争』で大打撃を受けて、勢力が弱まっています。彼を傀儡にするか、または排除して……王都の北に拠点を作る。それが現時点での最善策です」


 国王の座を巡って、3人の公爵が今も戦っている。いわゆる『3公爵の抗争』だ。そして『ウェンデル公爵』は大きな戦闘で敗北し、『3公爵の抗争』から脱落する寸前だ。


「……来週まで待つ」


 俺は地図を見つめながらそう言った。


「来週までに返事がこないと……やつを武力で排除する」


「はい、その方がいいでしょう」


 『ウェンデル公爵』は、大貴族としては珍しく義理堅い男だと聞いた。そして彼は『平民の野心家』である俺を信用する気はないようだ。つまり……傀儡にすることも、説得することも難しい。


 やつとの戦争は避けられないだろう。ならば徹底的に破滅させるだけだ。俺はそう判断した。


「レッド君」


 その時、執務室の扉が開かれて……長身の女性が入ってきた。白い眉毛が目立つ妖艶な美人……白猫だ。


「仕事なんかしてる場合なの? シェラちゃんが凄く怒っているわよ」


 白猫が俺の席に近づいて、いたずらっぽい笑顔でそう言った。俺は苦笑するしかなかった。


「分かっているさ。でも今は放っておくしかないじゃないか」


「まあね」


 白猫がニヤリと笑う。


「やっぱりレッド君って面白いわね」


「何がだ?」


赤竜レッドドラゴンのくせに子猫ちゃんたちに弱いなんてね」


「うるさい」


 俺はため息をついて、席から立ち上がった。今日は体を動かしたい。訓練場で木剣でも振ろう。


「あら、レッド君……まさか怒ったの? お姉さんが悪かった」


「誰がお姉さんだ」


 俺は白猫を無視して、訓練場に向かった。


---


 それから3日後……やっとシェラの怒りが収まった。俺は安堵した。


 しかしその日の午後、俺は軽い衝撃に包まれた。王都から使者が来たのだ。しかもそいつは……自分が『ウェンデル公爵』の使者だと名乗っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ