第229話.懐かしすぎる
アップトン女伯爵の城は……俺の予想より巨大だった。
高い壁に囲まれて、城の本館が建っていた。純白の本館は優雅で、遠くからもはっきり見えるほど大きい。そして本館を崇めるように建物が並んでいて、何となく『女王様とその臣下たち』が連想される。
城自体は湖に接している。美しい且つ実用的だ。この城を攻め落とすためには……湖を通るか、または頑丈な城門に突撃するしかない。要するに極めて困難だ。
城から少し道を下れば、広い城下町だ。規模だけ見たらもう城下町というより『小都市』という感じだ。すぐ隣をデイオニア川が通っていて、立派な河川港もある。
城下町の東には山がある。あれが王国屈指の銀鉱山だ。あの銀鉱山から算出される莫大な量の銀がある限り……『銀の魔女』が富を失うことはない。
やがて俺とトム、そして100人の精鋭兵士は城門を通って……アップトン女伯爵の城に進入した。すると王子みたいに華麗な服装をしている若い男が見えた。
「久しぶりだな、化け物」
若い男が冷たく言った。こいつは……『グレン男爵』だ。アップトン女伯爵の傘下であり、昨年の戦争で一緒に戦った領主だ。
「兵士はあちらの兵舎に向かわせろ。本館に入るのはお前だけだ」
「やることが露骨だね、グレン男爵」
俺は苦笑してから、トムの方を見つめた。
「ケールのことはお前に任せる。兵舎で待機していろ」
「はっ」
「警戒を怠るな」
「かしこまりました」
トムはケールと精鋭兵士たちを連れて、西の兵舎に向かう。罠の可能性はゼロではないけど……トムなら上手く対処できるだろう。
「ついて来い」
グレン男爵が本館に入った。俺も足を運んで本館の正門を潜った。
本館の内部はとても広かった。しかし想像より質素で、置物はあまり多くない。所々に女神の大理石彫刻があるだけだ。この城を建てた人は、女神教の信者だったんだろうか。
城の中はやけに静かだ。兵士も少数しか見えない。
「アップトン女伯爵様は4階にいらっしゃる」
「そうか」
俺はグレン男爵と一緒に階段を登り始めた。静けさの中で、2人の足音だけが響き渡る。
「……しかし軽率だな、化け物」
階段の途中、グレン男爵がそう言った。
「この城には3000の兵士がいる。100の護衛が当てになると思っているのか?」
「へっ」
俺は笑った。
「その言葉……あんたにそのまま返してやるよ、グレン男爵」
「何の意味だ」
グレン男爵が足を止めて、俺の方を振り向く。俺は彼をじっと見つめた。
「俺が連れて来た100人は、3年前から直接育ててきた精鋭たちだ。やつらは10倍以上の敵を撃破したこともある。そんな100人を、あんたは何の警戒もなく城に招き入れたんだ」
グレン男爵と俺の視線がぶつかった。
「1度城に入ったからには、何倍の敵であろうが関係ない。内部から思う存分に暴れられるぞ」
「ふっ……まあ、いい」
グレン男爵は鼻で笑ってから、再び階段を登り始める。
俺たちは2階について、広い廊下を歩いた。廊下の左右に多数の部屋があるけど、その割には物静かだ。しかし静かな空気の中で……俺はどことなく殺気を感じ取った。
「私は……」
グレン男爵が廊下の真ん中で足を止めた。
「私はかつて、アップトン女伯爵の婚約者だった」
「だった……? 今は違うのか?」
「ああ」
グレン男爵は背を向けたまま、話を続ける。
「女伯爵の両親が火災で亡くなった直後、私の父親は私と彼女の婚約を破棄した。孤児になった彼女を見捨てたのさ」
「そんなことがあったのか」
「経緯がどうであれ……私は1度彼女を、ニーナを裏切ったのだ。だから……贖罪しなければならない」
グレン男爵がゆっくりと俺の方を振り向く。それと同時に、左右の部屋から屈強な男たちが出て来る。ざっと見ても100人以上だ。
「どんなやつだろうが、ニーナの敵なら私が滅ぼす。ましてや平民の領主なんか……交渉する必要もない」
「へっ」
俺は笑ってからグレン男爵を直視した。
「あんたの気持ちは分かった。だが、やり方が間違っているんだよ」
「何?」
「大事な人が間違った方向に向かっているのなら……それを止めることこそが大事な人のためだ。今のあんたは、ただ盲目になっているだけだ」
「……黙れ、化け物」
グレン男爵の顔が歪む。
「殺しはしない。お前も一応『客』だからな。ただボロボロになるまでぶちのめして、追い出してやる」
100人の屈強な男たちが素早く動いて、俺を完全に包囲する。
「へっ」
俺はもう1度笑った。この緊迫した空気……懐かしすぎる。
「笑っていられるのも今の内だ……やれ!」
グレン男爵が一喝すると、100人の男たちが一斉に動き出す。
「うおおおお!」
「化け物を叩き潰せ!」
ついさっきまで静かだった城の中に、雄叫びと激しい足音が轟く。この騒乱……楽しくて楽しくてたまらない!
「ぐおおおお!」
俺も雄叫びを上げながら突進した。そして真っ先に向かってくる3人と衝突し、やつらをぶっ飛ばす。
「はあああっ!」
すかさず拳を振るって1人を倒して、そいつの足首を掴んで振り回す。数人の敵が衝撃で倒れると、俺の背中に接近するやつを蹴り飛ばす。
「がはっ!?」
屈強な男が血を吐いて気を失う。血の匂い、汗の匂い、殺気の匂い、恐怖の匂い……修羅場の匂いだ。
敵が多ければ多いほど高揚する。窮地であればあるほど楽しい……!
「もっとだ……もっとかかって来い!」
縦横無尽に移動しながら、俺は敵を倒し続けた。頭、拳、肘、肩、膝、足……俺の全身がそのまま凶器となり、接触する敵を容赦なくぶち壊す。
「はあっ!」
敵の胸ぐらを掴んで、頭突きを食らわしてから投げ飛ばした。その隙に別のやつが俺の横腹を狙うが、俺の肘がやつの頭を強打する。やつは悲鳴も上げられずに倒れる。
たった1分くらいの乱闘で……もう数十人が倒れた。そして残った敵は怯え始める。
「こ、こいつ……やっぱり……」
「人間じゃない……!」
瞬く間に恐怖が広がり、敵が戦意を失う。こうなったら屈強な男も赤ん坊同然だ。
「どうした!? もっとかかって来い!」
俺は敵に向かって突進した。100人で1人を襲ったはずなのに、もう1人が100人を圧倒している。
「くっそ……!」
戦況が悪くなると、グレン男爵が階段を登って3階へ逃げ出す。俺は周りの敵を一掃して、グレン男爵を追った。
3階も2階と同じ構造だった。広い廊下の真ん中で、グレン男爵が俺を待っていた。
「ここは絶対通さないぞ、化け物……!
グレン男爵は俺を睨みつけてから、「皆の者、出て来い!」と大声を出す。すると左右の部屋から重武装した兵士たちが現れた。
「へっ」
俺は笑った。兵士たちは武器こそ持っていないけど、鋼の鎧と兜を装備している。
「なるほど、これがあんたの切り札か」
いくら俺だとしても……拳だけで100人の重歩兵を相手するのは容易くない。
「もうすぐ下からも重歩兵が来る。いくら化け物でも、これで終わりだ」
グレン男爵が冷たく笑った。俺は拳を握り直した。
「いいだろう。あんたの切り札……俺の暴力で叩き潰してやる!」
俺は100人の重歩兵に向かって突進しようとした。だがその時、後ろから足音がした。
グレン男爵の重歩兵か? と思ったけど、足音が軽すぎる。いや、これは『軽すぎる』という程度ではない。ほとんど聞こえないほど小さい足音だ。
「まさか……」
俺は驚いて後ろを振り向いた。すると3人が階段を登り切って、姿を現した。その3人は……みすぼらしい老人と長身の美人、そして幼い少女だ。
「やれやれ、長い階段だな」
みすぼらしい老人……いや、青鼠が不満げに言った。他の2人は……もちろだ白猫と黒猫だった。




