第228話.あの女の城へ
俺の領地である『ケント伯爵領』は、王国の西南側に位置している。海に面しているおかげで商業が発達し、平原が多くて気候もいい土地だ。歴史が短く、人口も多くないけど……未来には大都会になれる潜在力がある。
そして『ケント伯爵領』の北に位置しているのが『アップトン伯爵領』だ。『アップトン伯爵領』は森や鉱山が多くて、資源豊かな領地だ。王都へ続くデイオニア川のおかげで、貿易にも不便がない。おかげで人口も多く、ざっと計算しても『ケント伯爵領』より2倍以上の兵力を動員できる土地だ。
俺は今……その『アップトン伯爵領』の主である『アップトン女伯爵』と交渉するために、彼女の城に向かっている。
「もし戦争になれば……」
黒い軍馬に乗って道を進みながら、頭の中で想像してみた。もし彼女と戦争になれば……1番の問題は経済力の差だ。
昨年の戦争で、アップトン女伯爵は俺に莫大なお金を支援してくれた。おかげで俺は補給を心配することなく戦うことができた。
つまり……アップトン女伯爵は同盟に莫大なお金を支援しても、6000近くの軍隊や数隻の艦隊を維持できる経済力を持っている。流石『銀の魔女』と呼ばれるだけはある……ということだ。
それにハリス男爵とグレン男爵の兵力もいる。あの2人はアップトン女伯爵の傘下だから、戦争になれば間違いなく俺の敵だ。もちろんハリス男爵は俺と親しいけど……アップトン女伯爵を裏切る真似はしないはずだ。
勝算がないわけではない。だが……やっぱり時間が掛かりすぎるだろう。エミルの言った通り、今は1日でも早く王都に向かわなければならない。
「総大将」
ふと声が聞こえて、俺ははっと気が付いた。振り向くと白馬に乗っているトムが俺を見つめていた。
「何かお悩みでもおありですか?」
「いや」
俺は首を横に振ってから、空を見上げた。
「それにしても……天気がいいな」
「はい」
トムも空を見上げる。
3月半ば……まだ気温は低いけど、晴れた空から太陽が眩しく光っている。暑すぎなくて寒すぎない。シェラたちとピクニックにでも行きたい天気だ。
「トム」
「はい」
「お前は……好きな人がいるか?」
俺の質問を理解して、トムの顔が真っ赤になる。
「そ、そ、それは……その……その……!」
「いや、すまない」
トムがあまりにも慌ててしまい、俺はつい謝ってしまった。
「答えなくていい。余計なことを聞いて悪かった」
「か……かしこまりました」
トムが赤面のまま口を噤む。この反応……誰か好きな人がいるのかもしれない。
まあ、トムももう18歳なのだ。こっそり恋愛していてもおかしくない。
「そう言えば……」
「な、何でしょうか、総大将」
「お前、今回の任務についてエミルから何か言われなかったのか?」
その質問を聞いて、トムが安心した顔になる。恋愛に関する質問ではないからだろう。
「実は……参謀殿から『何が起こっても不思議ではない。冷静に対処するように』と言われました」
「ああ、その通りだ」
俺は頷いた。
「何が起こっても冷静に対処しろ。そうすれば、お前なら問題ないはずだ」
「はっ」
トムがすぐ真面目な顔になる。
トムも頭がいいし、薄々気付いているはずだ。本当にパーティーに参加するだけなら……100人の精鋭兵士なんて要らないから。
「……ふむ」
俺は後ろを振り向いて、100人の兵士を見つめた。彼らもどこか緊張した顔で歩いていた。総大将である俺の影響を受けたんだろうか。
だが……この程度の緊張がちょうどいい。何しろ、俺たちはもうすぐ『アップトン伯爵領』に進入する。エミルの言葉通り……何が起こっても不思議ではないのだ。
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アップトン伯爵領に進入してから、いくつかの村を通った。
村はどこも人口が多く、豊かに見えた。農業や商業も発達していて、道路も広い。俺は内心感嘆した。
「……豊かですね」
トムもそう言った。
「人々の態度にも余裕が見られます。治安がいい証拠だと存じます」
「戦乱の真ん中なのに、相当なもんだ。俺の領地より安定している」
「ちょっと悔しいけど……総大将の仰る通りです」
トムも俺と同じ意見のようだ。
「王国の東側はかなり疲弊しているとお聞きしました。それに比べると、ここの人々や総大将の領民たちは安泰なんでしょう」
「そうだな」
俺は頷いた。
エミルの情報部の話によると、王国の東側はかなり危ない状況のようだ。領主たちの統制が効かなくなり、盗賊による略奪が頻繁に起こっているらしい。
「しかも最近は、外国の軍隊が目撃されたという噂もあるようだな」
「はい、それが事実なら……大変な事態だと存じます」
王国の力が弱まると、外国が侵略して来る。これはもう摂理に近い。
それから俺とトムは村長に会った。食料を取引するためだ。
「レッド様のご武勇はかねがね聞き及んでおります」
白髪の村長は丁寧に頭を下げてから、すぐ取引を手配してくれた。経済が安定しるから取引もしやすい。
「いい村だな」
取引を終えて俺がそう言うと、白髪の村長が笑顔を見せる。
「ありがとうございます、レッド様」
「治安も良さそうだな」
「はい」
村長が大きく頷く。
「国王陛下が逝去された直後、北から盗賊の群れが侵入してきましたが……領主様が早期に軍隊を派遣して退治してくださいました。あれ以来は平穏です」
「そうか」
俺は頷いた。
村の人々は集まって、好奇の目でこちらを見ていた。別に俺の訪問を警戒している様子はない。むしろ歓迎しているような反応だ。
当然といえば当然だ。彼らからすれば、俺は『戦争で一緒に戦った同盟の領主』なのだ。俺に対する印象は悪くないんだろう。
兵士たちに食料の運搬を指示して、俺とトムは村から出た。そして広い道路を進み続けた。
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数日後、ついに城が見えてきた。
「総大将」
「ああ、俺も見たよ」
遠くからも分かる。とてつもなく大きい城……あれが『アップトン伯爵領』の本城だ。
城は巨大な湖に接していて、近くには大きな城下町がある。全体的に白くて、城壁は高い。威厳のある姿だ。
「レッド様」
城下町の方から数人の兵士たちが現れ、俺に頭を下げた。アップトン女伯爵の部下たちだ。
「城までご案内いたします」
「ああ」
俺は女伯爵の兵士たちと一緒に進んで、城に近づいた。トムと100人の精鋭兵士が俺の後を追った。




