表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
250/602

第227話.静かな出陣

 その日の夜……俺はベッド室でランタンの明かりを頼りにして、旅の準備をした。


 シェラの寝息を聞きながら、旅用の革袋に生活用品や医薬品を入れた。水筒、石鹸、手拭、包帯などなど……。


「よし」


 次は着替えだ。俺の体は馬鹿でかいから、現地でサイズの合う服を購入するのは難しい。ちゃんと用意しないと後々面倒くさくなる。


 武器は……持っていかないことにした。まあ、一応『パーティー』だからな。兜や鎧も必要ないだろう。


「……ん?」


 大体の準備が終わった時、誰かがベッド室の扉をノックした。相当遅い時間なのに、一体誰だ? 俺は扉に近づいて取っ手を回した。


「レッド君」


 扉が開くと、鋭い印象の美人が見えた。『夜の狩人』の一員……白猫だ。


 白猫は手にランタンを持って、ローブを着ていた。しかしローブの下はいつもの軽い服装だ。もう春とはいえ、夜は結構寒いのに……大丈夫なのかな。


「どうした、白猫? こんな時間に」


「シェラちゃんは寝ているんでしょう? ちょっと話があってね」


「何の話だ」


「とにかくついてきて」


 白猫が妖艶に笑う。本当に何を考えているのか分からない人だ。


 仕方なく俺は白猫と一緒に薄暗い城の廊下を歩いた。警備に当たっていた兵士たちが俺を見て頭を下げる。そしてその直後、白猫の方を不思議そうに見つめる。やれやれ……また変な噂が流れそうだな。


 俺と白猫は2階の端まで行き、空いている客室に入った。訪問客のための客室だ。広くて、綺麗に整頓されている。


「……こんなところで話す必要があるのか?」


「ふふふ」


 白猫は笑ってから、ランタンをテーブルに置く。


「バルコニーだと、またシルヴィアちゃんに見られるかもしれないでしょう?」


「知っていたのか」


 俺が軽くため息をつくと、白猫はローブを脱いで体を寄せてくる。


「実はね、レッド君が明日旅に出る前に……やっておきたいことがあるわ」


 白猫から甘い香りがする。俺は思わずときめいてしまった。


「それは……」


 白猫がもっと近寄る。まるで俺の懐に飛び込む勢いだ。


「……これからの『夜の狩人』の方針について、みんなで会議!」


「はあ? 会議?」


 俺が眉をひそめると、白猫が高笑いして俺から離れる。


「レッド君、もしかして変な期待したの?」


「してない」


「ふふふ……もうすぐ青鼠と黒猫も来るよ」


 白猫はいたずらっぽく笑い続ける。何がそんなに面白いんだ、まったく。


 数秒後、2人が客室に入ってきた。みすぼらしい老人と、幼い少女……青鼠と黒猫だ。


「もう来ていたか」


 青鼠が薄笑いを浮かべて俺を見上げる。


「レッド、お前……白猫と2人きりになって、変な期待していたんだろう?」


「してない」


 俺はもう1度否定した。


 黒猫は少し離れたところから、怪訝な顔で俺を見つめる。早く話題を変えないと。


「とにかく……会議ってのは何だ?」


 俺の質問に、青鼠が嘲笑する。


「白猫の戯言に騙されるな、レッド。『夜の狩人』に会議なんて存在しない。頭領の絶対的な命令があるだけだ」


「ったく……」


 俺は白猫を睨みつけた。彼女は声を殺して笑う。


「じゃ、どうして俺を呼び出したんだ?」


「お前の命令が必要だ」


 青鼠は腕を組んで冷たく言った。


「お前はアップトン女伯爵の城に向かおうとしている。しかし何の策も無く敵の城に突入するのは笑止千万だ」


「じゃ、あんたには策があると?」


「もちろんだ」


 青鼠がニヤリと笑う。


「私たち3人なら、アップトン女伯爵の城にも潜入できる。お前が暗殺を禁止するのなら、別の工作を仕掛けるさ」


「別の工作?」


「例えば、向こうの重要人物を拉致して交渉を有利に進めることもできる」


「いやいや……」


 俺は首を横に振った。


「俺も以前、別の事件で拉致を試みたことがあるけど……あの時とは状況が違う。何しろ、アップトン女伯爵は同盟だ」


「その同盟がお前の暗殺を企んだぞ」


「ああ、立派な背信行為だった。しかし俺は女伯爵を説得して、この同盟を維持するつもりだ。余計に刺激すれば……交渉に悪影響を与えるだけだ」


「ふん」


 青鼠が鼻で笑った。


「赤い化け物がいつから平和主義者になったんだ? 滑稽だな」


「別に平和主義でも何でもないさ」


 俺も笑った。


「信じていい。俺より戦いが好きなやつはいない。ただ無暗に戦うイノシシではないだけだ」


「……ま、よかろう」


 青鼠が視線を逸らす。


「そこまで言ったからには、やり遂げて見せろ。そして……『夜の狩人』の頭領だから、無様な死に方はするな」


「分かったよ」


 俺の答えを聞いて、青鼠は部屋から出た。白猫もしばらく俺を見つめてから部屋を出た。


 薄暗い部屋の中には、黒猫と俺だけが残った。


「頭領様」


 黒猫が視線を落としたまま、小さい声で俺を呼んだ。


「私は……私は……」


 黒猫は何か言おうとしたが、すぐ口を噤む。


「何だ、気軽に言ってみろ」


 俺はなるべく優しく言った。すると黒猫が俺を見上げる。


「私は……頭領様がいなくなるのは嫌です。だから……いなくならないでください」


「もちろんだ」


 俺は笑顔を見せてから、黒猫の頭を撫でた。


「覚えているか? お前が逃げることもできない時は……」


「頭領様が駆け付けてくださいます」


「ああ、そうだ」


 俺は頷いた。


「俺は、言ったことは守る。だから安心しろ。俺が必ず駆けつけてやるから」


「……はい」


 やっと黒猫の顔が明るくなる。


---


 翌日の朝、俺はトムや100人の精鋭部隊と一緒に城を出た。黒い軍馬『ケール』に乗って、ゆっくりと道を進んだ。側近たちとメイドたち、城の兵士たちが俺を見送ってくれた。


 城下町の領民たちも城の前に集まって、俺を見上げた。彼らの顔は明るかった。まるで……俺こそが彼らの希望であるように。


 やがて俺はみんなを後にして、町から離れた。俺の前には、青い空がどこまでも続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ