表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
245/602

第222話.責任、そして信頼

 アップトン女伯爵からの返答を待ちながら……俺は静かに過ごした。


 朝には書類仕事して、午後には黒猫と訓練をする。それがもう日課になった。


「頭領様、私は部屋に戻ります」


 訓練が終わると、黒猫は俺にぺこりと挨拶して自分の部屋に戻る。その姿ももう日常だ。


 俺も自分の部屋に戻って、まず体を洗った。あまり汗はかいていないけど。


「レッド!」


 シャワー室から出ると、シェラが待っていた。シェラの元気な姿を見ていると、こっちも元気が湧いてくる。


「はい、これ」


 シェラが俺に1枚の書類を渡してくれた。


「来週のスケジュールをまとめたの」


「ありがとう。お前はこれから何すんだ?」


「城の管理体制について、メイド長と話してくる」


「そうか。分かった」


 シェラの額にキスしてから、服を着替えた。そして一緒に部屋を出て……シェラは2階に、俺は執務室に向かった。


 執務室に入ると、エミルの姿が見えた。彼はいつも通り無表情のまま、席に座って仕事をしている。


「さて……」


 俺は席に座って、シェラからもらったスケジュール表を眺めた。


「水曜日に裁判が5件……か。多いな」


 まあ、裁判は領主としての義務だ。疎かにするわけにはいかない。


「裁判の件、私が代わりに担当しましょうか?」


 いきなりエミルがそう言ってきた。俺は少し驚いた。


「いや、俺がやるよ」


「……私に裁判を任せるのは不安ですか?」


「そんなわけがあるか」


 俺は笑った。


「お前の判断力は信頼しているさ。ただ、お前に任せた仕事が多すぎるからな。少しは負担を共有しないと」


「そうですか」


 エミルが頷いた。


「確かに……私に任された仕事は多いです。軍事や会計以外はほぼ私の担当と言っても過言ではない」


「だな」


「言い換えれば、私の権限が大きいという意味でもあります」


 エミルが俺をじっと見つめる。


「もし私が……ルシアンみたいにお金で買収され、主君を裏切ったらどうなさるおつもりですか?」


「お前が? お金で裏切る?」


「はい」


 エミルは真面目な顔だ。とても冗談を言っているようには見えない。


 しかし俺はつい笑ってしまった。


「いや、そんなわけがあるか」


「どうしてそう言い切れますか?」


「お前がどういう人間なのか知っているからだ」


 俺は腕を組んで話を続けた。


「2年前、お前と初めて出会った時から知っているさ。お前はお金で俺を裏切るような人間ではない」


「それは単に総大将の『直感』でしょう? 根拠はありますか?」


「根拠ならある」


 俺は笑顔を見せた。


「例えば、お前がいつもパーティーに参加しないのは、ただパーティーが嫌いなだけではなく……賄賂を渡そうとする連中を避けるためでもあるんだろう?」


「それは……」


「確かにお前の権限は大きい。言い換えれば……お前がその気になったら、いくらでも不正な方法でお金を稼げるという意味だ。しかしお前はそうしなかった。今まで、1度たりとも」


 俺の説明を聞いて、エミルは微かな笑みを浮かべる。


「最初に出会った時から思ったことですが……総大将は見た目によらず鋭いですね」


「へっ」


「私だって、別にお金が嫌いなわけではありません。ただ今は……些細なことで足を引っ張られるわけにはいかない」


 エミルが俺を注視する。


「実は、先週から執拗に私に賄賂を渡そうとする豪商がいましてね」


「ほぉ……で、どうなった?」


「情報部に命令して、その豪商を秘密裏に調査させました。弱点を握って、こちらに協力させるつもりです」


「お前らしいな」


 俺は笑った。エミルも小さく笑った。


「他人を操ることはあっても、私が操られるわけにはいきません。それが総大将から大きな権限を頂いた……私の責任です」


「……流石だな」


 俺は頷いた。


「お前がそういう人間だからこそ、俺もお前を信頼して仕事を任せられる。ありがとう」


「別に感謝されることではありません」


 エミルは書類仕事を再開する。


「私にとって、これは興味深い実験です」


「実験?」


「今の王国を滅ぼして、新しい王国を創建できるかどうかの実験です。総大将の力を利用して思う存分に実験を楽しむつもりです」


「なるほど」


 もう1度笑ってから、俺も仕事を始めた。


---


 夕べになって、俺は執務室から出た。


 夕食はシェラ、シルヴィア、タリア……そしてトム、カレン、黒猫と一緒に取った。2階の食堂にみんなで座って、賑やかな雰囲気の中で食事を楽しんだ。


 シェラたちは黒猫を囲んで話し合った。女の子たちの会話には終わりがない。俺はなるべく集中して耳を傾けた。


「昨年の旅は楽しかったよね! 今度は黒猫ちゃんも一緒に行こう!」


「おお、それはいいと存じます!」


 シェラの提案にタリアが頷く。当事者の黒猫は、ちょっと戸惑っている様子だ。


「旅……ですか?」


 黒猫が小さい声で聞くと、シルヴィアが明るい笑顔で頷く。


「みんなで一緒に行きましょう。きっと楽しいはずよ」


「旅の時には……何をしますか?」


 黒猫はどこか不安に見える。この子は……『旅』が何なのか本当に知らないのだ。


「旅はね……見たこともない場所、聞いたこともない歌、食べたことのない食べ物などなどを楽しんで……いろんな人々に出会い、いろんな思い出を作ることよ」


 シルヴィアの説明を聞いて、黒猫は少し考えてから口を開く。


「その……私も、旅に行ってみたいです」


「うん、みんなと一緒にね」


「はい」


 黒猫の顔が少し明るくなった。


 この無表情の少女が自ら『やってみたい』と発言したのは初めてだ。シェラたちはもっと盛り上がって、簡単な旅の計画まで立てた。


 俺は暖かいスープを食べながら、少女たちも見守った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ