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第218話.時間ではない

 ついに1月1日になり、新年パーティーが開催される。


 今年の新年パーティーは結構大規模だ。大量の食べ物とお酒が用意され、夜には宴会場で舞踏会まで開かれる予定だ。


 俺は執務室の窓を通して外の風景を眺めた。大勢の人が列に並んで、城門から入ってくる。みんな新年パーティーに参加するために集まった人々だ。


「寒いのに参加者が多いんだな」


 俺がそう呟くと、外交文書を作成していたエミルが無表情で口を開く。


「今日は総大将のお誕生日でもありますからね」


「俺の誕生日のためにこんなに人が集まるのか?」


「もちろんです。総大将の名声は上がる一方ですから」


 エミルは席から立ち上がり、俺に近づいて外交文書を差し出す。


「ご確認を」


「ああ」


 俺は外交文書を受け取って読んだ。それはウェンデル公爵への親書だ。


「ふむ」


 親書はあらゆる美辞麗句で書かれている。普段の俺なら絶対使わないはずの言葉だらけだ。まあ、親書ってこんなものだけど。


「……これで十分だろう」


 俺は親書に署名して、エミルに返した。するとエミルは親書に印章を押して、封筒に入れる。


「ウェンデル公爵が協力してくれるといいけど」


「可能性は高くありません」


 エミルが冷たく言った。


「今までの言動から判断すると……ウェンデル公爵は利益よりも、名分や義理で動く人物です。そんな彼が『素性のよく分からない平民の野心家』の協力を簡単に受け入れるとは思いにくい」


「そうだな」


 俺は腕を組んだ。


 前国王が死んでから、3人の公爵が王位をめぐって戦っている。いわゆる『3公爵の抗争』だ。そしてウェンデル公爵は……大きな戦闘で敗れて、抗争から脱落する寸前だ。


 俺はそんなウェンデル公爵に手を貸して、王都に進出するつもりだ。しかし当のウェンデル公爵は、危険な状況なのに俺の協力を拒んでいる。


「権力欲に目が眩んだやつだったら簡単なのにな」


 思わず苦笑した。ウェンデル公爵が権力欲だけの人間だったら、『赤き化け物』の力を利用してでも国王になろうとするはずだ。それならこちらとしても利用しやすい。しかし彼はそんな人物ではない。


「来年の春まで返事が来ないと、ウェンデル公爵を排除する戦略に切り替えた方がいいかと存じます」


「同意する」


 協力を拒むのなら……もはや利用価値がない。後顧の憂いを絶つためにも、徹底的に排除した方がいい。


「……で、エミル」


「はい」


「お前、新年パーティーには参加しないのか?」


「もちろんです」


 エミルは次の外交文書の作成を始める。今度は周りの領主たちに送る親書だ。


「私がパーティーに参加しなくても誰も困らない。仕事の方が優先です」


 いや、1人だけ困る人がいる。俺はそう思ったが、敢えて口にしなかった。


---


 午後から本格的に新年パーティーが始まった。


 広い宴会場は人混みでいっぱいだ。みんな礼服を着て、テーブルの上の食べ物やお酒を楽しみながら、笑顔で話し合っている。


 外は寒いけど、宴会場の内部は暖かい。所々に暖炉もあるし、何より人々の熱気が凄い。


「ふう」


 俺は軽くため息をついてから……シェラとシルヴィアと一緒に宴会場に進入した。


「領主様!」


 人々が大声で俺を歓迎してくれた。


「お誕生日、お祝い申し上げます!」


 それからお祝いの言葉が続いた。城下町の領民、官吏の親戚、遠くから来たお金持ちなどなど……みんな少しでも俺と長く話そうとする。


 俺は30分くらい人々の相手をした。まあ、これも領主としての仕事だ……と自分に言い聞かせながら、なるべく笑顔を維持する。


 せめて服装だけでもどうにかならないのかな。俺は自分の着ている高級礼服を見下ろしてそう思った。貧民街出身の俺には、貴族やお金持ちの仕来りが未だに慣れない。


「みんな、俺のことは気にせずパーティーを楽しんでくれ」


 やっとお祝いの言葉が途切れた時、美しい旋律が聞こえてきた。宴会場の隅から楽団が音楽を奏で始めたのだ。小さな吟遊詩人見習い、タリアも彼らと一緒にリュートを奏でている。


「タリアちゃん、頑張っているね」


 傍からシェラが言った。シェラは青色のドレスを着ている。領主の婚約者らしい、可愛くて品のある姿だ。


「美しい曲です」


 シルヴィアもそう言った。シルヴィアは純白のドレスを着て、自然な笑顔で優雅に振る舞っている。名ばかりの貴族だったとはいえ、流石こういう場に慣れているようだ。背はちっこいけど。


「そう言えば……カレンは?」


 俺は人混みを見つめた。カレンの巨体が見当たらない。


「カレンさんは1人で訓練がしたいって」


 シェラがちょっと寂しい顔で言った。なるほど。


「レッド様!」


 いきなり後ろから女性の声が聞こえてきた。振り向くと赤色のドレスを着ている長身の女性と、真っ黒なドレスを着ている小さな少女がいた。白猫と黒猫だ。


「お前たち……」


 俺は驚いてしまった。今の猫姉妹は、どこをどう見ても育ちのいいお嬢さんたちにしか見えない。この2人がつい此間まで暗殺者だったとは、誰も想像できないだろう。


「レッド様、私たちのドレス姿はどうでしょうか? お気に入りですか?」


 白猫がいかにもお嬢さんっぽい顔で言った。俺は苦笑するしかなかった。


「何だ、その喋り方」


「ふふふ」


 白猫が妖艶な笑顔を見せる。赤色のドレスのせいでいつもより色っぽい。


「夜には舞踏会もあるって聞いたし……ちょっと楽しもうかな、と」


「悪くないな」


「レッド様と美しいフィアンセの方々も参加するんでしょう? 舞踏会に」


 白猫の言葉を聞いて、俺とシェラとシルヴィアの顔が一斉に強張る。


「……俺はそういう場には慣れていないからな。まあ、人々が楽しむのを見守るさ」


「そ、そうだね」


 シェラが急いで頷く。


「私も格闘技には慣れているけど、踊りはちょっと……」


「何だ、つまんない」


 白猫が眉をひそめる。


「じゃ、シルヴィアちゃんは? 流石に貴族だから舞踏会にも慣れているでしょう?」


「い、いいえ……」


 シルヴィアの顔が赤く染まる。


「その、私は……体を動かすことにはあまり自信が無くて……」


「はあ……」


 白猫がため息をつく。


「何よ、あんたたち。まったく駄目だね」


 俺とシェラとシルヴィアは視線を落とした。それを見て白猫が笑い出す。


「後でお姉さんが教えて上げるわ。こう見えても踊りには自信があるからね」


「『こう見えても』って……どう見てもめっちゃ踊れるように見えるけど」


 俺はもう1度苦笑した。


---


 やがて夜になり、舞踏会が始まった。


 人々は楽団の奏でる音楽に身を任せて、時にはゆっくり、時には情熱的に踊った。みんな舞踏会を楽しんでいる様子だ。


 俺はシェラと2人で席に座って、人々の踊りを眺めた。


「どうだ、シェラ? 俺たちも踊ろうか?」


「い、いやよ!」


 シェラが高速で首を横に振る。


「何でそういうこと聞くの!? レッドは踊りたいの!?」


「冗談さ」


 俺は笑ってから、左右を確認した。


「そういや、シルヴィアは?」


「黒猫ちゃんと一緒に城内を見回っている」


「そうか」


「あの子は人の多い場所が苦手みたいだからね。あまり喋らないからよく分からないけど」


 確かに姉の白猫とは違って、黒猫はこういう場が苦手みたいだった。だからシルヴィアが気を使ってくれたのだ。


「じゃ、白猫は?」


「さあ?」


 シェラが肩をすくめる。


「さっきまでそこにいたような気がするけど……」


 シェラは宴会場の真ん中を指さす。俺は人混みの中を注意深く見つめたが、白猫の姿は見当たらない。


「妹のことが心配になって、宴会場から出たのかもね」


「そうかもな」


 俺は頷いた。


「それにしても……これでレッドも20歳だね」


 シェラが笑顔を見せる。


「どう? 何か変わった?」


「別に何も」


「そうだろうね。20歳になったからって、いきなり変わるはずないよね」


「まあな」


 ふと頭の中に小さな少女の笑顔を浮かんだ。海を始めて見た時の、純粋すぎる笑顔が。


「……俺が20歳になったってことは、あの子は15歳か」


「アイリンちゃんのこと?」


「ああ」


 俺が頷くと、シェラも頷く。


「早く会いたいわね……アイリンちゃんに」


「そうだな」


 俺とシェラはしばらく沈黙した。


「……ね、レッド」


「ん?」


「アイリンちゃんに出会う前のレッドは、どういう人だったの?」


「アイリンに出会う前の俺……か」


 俺は16歳の俺を思い浮かべた。


「あの時の俺は……いつも怒りに満ちていた。俺を侮辱した連中に復讐することで頭がいっぱいだった。いつも何かをぶっ壊したい気持ちだった」


「……そうだったんだ」


「でもアイリンに出会って……そしてトムやお前、レッドの組織のみんなに出会って……いつの間にか変わってしまった」


「人々との出会いがレッドを変えたのね」


「そうだな」


 たぶんこれからも同じだろう。時間ではなく、人々との出会いが俺を変える。俺を成長させる。そして俺は……どんどん強くなる。

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