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第216話.いい刺激……?

 俺は大剣『リバイブ』を背負って、城内から出た。


 ここ最近ずっと振り続けていた雪が止んで、空は青くて綺麗だ。初冬の風が少し冷たいけど、俺にはこの程度がちょうど快適だ。


 東の訓練場に行くと、数人の兵士たちが剣術や弓術を練習しているのが見えた。冬だから定期訓練が無く、体を鍛えたい兵士はこうして自ら訓練するわけだ。


 俺は訓練場の真ん中に立って、まず精神を集中した。そして数秒後、素早く背中から大剣を抜いた。


「はっ……!」


 本能が導くままに大剣を振るい続ける。これだけでも精神が研ぎ澄まされ、気持ちが軽くなる。やっぱり雑念を払うには体を動かすのが1番だ。


「団長」


 ふと後ろから女性の声が聞こえてきた。振り向くと筋肉の女戦士、カレンが俺を見つめていた。


「久しぶりにお手合わせ願えるでしょうか」


「いいだろう」


 俺と大剣『リバイブ』を背中の鞘に戻して、代わりに木剣を手にした。『リバイブ』は鋭すぎて練習には不向きだ。


 カレンも木剣を手にして、少し離れたところから俺を見つめている。俺が軽く頷くと、彼女が勢いよく突進して来る。


「はあっ!」


 気合と共にカレンが一閃を放つ。動作の大きい、大胆な攻撃だ。それを木剣で受け止めると、カレンはすかさず下段攻撃を繰り出す。今度は動作の小さい、鋭い攻撃だ。


「でいやっ!」


 大きい動作から小さい動作への自然な繋がり……いつもながら素晴らしい剣術だ。俺は素早く移動し、彼女の連続攻撃を回避してから反撃を行った。


「ぐおおおお!」


「うっ……!」


 騎士ですら受け止められない俺の反撃を、カレンは歯を食いしばって防ぎ切る。成人男性を軽く超える腕力だ。彼女の素晴らしい筋肉は伊達じゃない。


 それから俺とカレンは激しい攻防を繰り広げた。互いの剣撃はどんどん加速し、やがて目にも止まらぬ速さでぶつかり合った。訓練場の兵士たちは言葉を失って、俺とカレンを注視する。


「くっ!」


 数分後、カレンが悔しい顔で1歩下がる。俺の攻撃を受け止めた瞬間、彼女の木剣が折れてしまったのだ。


「……感服しました」


 カレンが首を横に振りながら笑顔を見せる。


「流石団長です。厳しい鍛錬を続けたのに、まだ遠く及びませんね」


「いや、正直驚いたよ」


 俺は地面を見つめた。俺とカレンの激しい攻防のせいで、地面には深い足跡が残っている。


「想像以上の剣さばきだった。以前より確実に進歩している」


「ありがとうございます」


 カレンが満面に笑みを浮かべる。いつもはむっつり顔の彼女だが、こういう時はまるで子供みたいに純粋な笑顔になる。


 しかしその純粋な笑顔は長く続かなかった。カレンはむっつり顔に戻って、口を開く。


「ところで……団長、1つ質問してもよろしいでしょうか?」


「何だ」


「あの白猫という人……戦闘に長けていると聞きましたが、どれほどなんでしょうか?」


 その質問を聞いて、俺は内心頷いた。


 俺の部下たちの中でも、カレンの戦闘力はずば抜けている。『レッドの組織』の筆頭であるレイモン以外は、彼女の相手になる人がいない。


 しかし……つい先日、白猫が現れたのだ。白猫は『伝説の暗殺集団、夜の狩人』の戦闘員だった。同じ女性の戦闘員として、カレンが闘争心を抱くのも当然だろう。


「白猫は強い」


 俺は笑顔でそう言った。


「言葉や態度は軽いけど、騙されてはいけない。速さなら俺以上の強者だ」


「なるほど」


 カレンが真面目な顔で頷く。


「ぜひ戦ってみたいですね」


 カレンの瞳には闘志の炎が宿っている。


「まあ、俺も2人の対決が見たい。近いうちに成立させよう」


「お願いします」


 カレンが頭を下げる。白猫の存在は、カレンにとっていい刺激になりそうだ。


---


 白猫の存在に刺激されたのは、カレンだけではなかった。


 剣術の鍛錬を終えて、俺はベッド室で体を洗った。そして仕事のために執務室に入った。


 執務室にはシルヴィアが1人で書類仕事をしていた。俺は彼女に近づいた。


「シルヴィア、エミルはどこ行った?」


「参謀殿は青鼠さんと一緒に外出中です」


 シルヴィアが無表情で答えた。


 現在、エミルと青鼠は『ルシアン』を逮捕するための作戦を立てている。少なくとも来年になる前に実行する予定だ。結構忙しいんだろう。


 俺は領主の席に座って、報告書を検討した。主に裁判に関する報告書だ。どうやら商人たちの間に紛争が起きたようだ。


「レッド様」


 報告書に集中していた時、ふとシルヴィアが俺を呼んだ。俺は種類から目を外して、シルヴィアを見つめた。


「どうした」


「お話ししたいことがあります」


 いつも優しい態度のシルヴィアが、今日は何か冷たい。


「昨日の夜のことです」


「昨日の……夜?」


「はい」


 シルヴィアが無表情で頷く。


「昨日の夜……私はレッド様と白猫さんがご一緒にいるところを偶然拝見しました」


「え……」


 俺は言葉を失った。


「お2方はバルコニーで手を繋いで、何か大事な話をしているようなご様子でした」


「そ、それは……」


「レッド様」


 シルヴィアが笑顔を見せる。だが、彼女の目は笑っていない。


「私はまだ誰にもこのことを話しておりません。たぶんレッド様にはそうせざるを得ない理由があったと存じます。ですが……誤解を招きかねる行動は避けた方がいいかと」


「分かった」


 俺は苦笑してから、シルヴィアの顔を眺めた。


「ちょっと驚いたよ」


「はい?」


「まさかシルヴィアが……嫉妬をするなんて」


「違います」


 シルヴィアの頬が少し赤くなる。


「決して嫉妬心からの発言ではありません。ただ、大領主であるレッド様の名声を守るために……」


 その時……執務室の扉が開いて、若い女性が入ってきた。もちろんそれは白猫だ。


「あら、レッド君。ここにいたんだ」


 白猫は誘惑するような笑顔で俺に近づく。


「意外と仕事熱心だね、レッド君は」


「意外ってどういう意味だ?」


「さあね」


 白猫は笑ってから、シルヴィアの方を見つめる。


「シルヴィアちゃんは会計士だったよね? 数学ができるなんて凄い」


「別に凄くありません」


 シルヴィアが冷たく答えると、白猫は笑顔で「あらら、そうなの?」と言った。


「白猫」


「ん?」


「どうして俺を探したんだ? 早く用件を言え」


「あ、実はね……」


 白猫は俺の机に腰掛ける。それを見てシルヴィアの顔が強張る。


「実は……任務を与えてほしいの」


「任務?」


「うん」


 白猫は真面目な顔になる。


「私たち姉妹は、今までずっと任務をこなして生きてきた。任務がないと不安だわ。だから頭領の貴方が新しい任務を与えてほしい」


「そうか」


 『夜の狩人』は、もう暗殺集団ではなく『防諜機関』だ。それが新しい頭領の俺の方針だが……昨日まで『暗殺者』だった一員たちは、まだそのことが実感できていない。


 だから俺は青鼠に『ルシアン逮捕』の任務を任せた。同じく猫姉妹にも『暗殺ではない任務』を任せるべきだ。


「そうだな……まずこの城と城下町の調査を頼む」


「調査?」


 白猫が首を傾げる。


「何の調査なの?」


「暗殺者が侵入しやすそうなルートを、だ」


 俺は腕を組んだ。


「こちらから誰かを暗殺するつもりはない。だが、俺を敵対視している誰かがまた暗殺を企む可能性はある」


「そうね」


「暗殺に関しては専門家だろう? 暗殺などの陰謀を未然に防ぐためにも、まず俺の本拠地の実態を調査するんだ」


「分かった」


 白猫が頷いた。


「今日から妹と一緒に調査を始めるわ。3日後にはある程度の結果が出ると思う」


「ああ、それでいい」


 白猫は机から降りて、妖艶な笑顔を見せる。


「では、私はこれで失礼するわ。レッド君、シルヴィアちゃん、また後でね」


 白猫が執務室から出た。


 しばらく後、シルヴィアが軽くため息をつく。


「……美人で妖艶ですね。レッド様の心が惹かれるのも頷けます」


「いや、だから違うって」


 俺は反論したが、シルヴィアは聞いたフリもしなかった。

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