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第213話.新しい波乱の予感が……

 灰色の空から粉雪が降り続けて、アルスの村を更に白く染めた。

 

 宿の1階でみんなと一緒に朝食を食べていると、中年の男が近づいてきた。この村の村長だ。


「馬車を用意いたしました、領主様」


 中年の村長が深々と頭を下げる。


「食料も十分に載せております。他にご入用なものがありましたら教えてください」


「ありがとう」


 俺は村長に謝礼として数枚の金貨を渡した。村長はもう1度頭を下げてから宿を出る。


 朝食を食べ終えて、俺たちも宿を出た。村長の話した通り、宿の外には1台の馬車が待機していた。


 俺とトムと騎兵たちは宿の隣の厩舎に行き、各々の馬に乗った。そして猫姉妹と青鼠は馬車に乗った。これで移動の準備が整った。


 村の人々は三々五々集まって、好奇の目で俺たちを見つめている。『赤い総大将』の姿はどこでも興味の対象のようだ。


「行くぞ」


 やがて俺たちはアルスの村から出発した。目的地は俺の居城……ケント伯爵領の本城だ。


 ここ数日ずっと雪が降っているせいで、道路も雪に埋もれている。でもまだ通れないほどではない。無理せずにゆっくりと進めば問題ない。


 粉雪にあたりながら、7頭の馬と1台の馬車は道を進み続けた。周りは物静かで、馬の足音と馬車の車輪の音だけが聞こえてくる。


 ふと後ろを振り向くと、白馬に乗っているトムの姿が見えた。トムの頬は寒さで赤くなっている。もちろんそれでも俺の方が赤いけど。


 数時間後、俺たちは湖の近くで立ち止まった。休憩と昼飯のためだ。テントを3つ張って、その中に焚き火を作って、お湯を用意した。


 猫姉妹も昼食の準備を手伝った。白猫はもちろん、黒猫も小さい手で食料などを運んだ。黒猫はまだ幼いけど、旅には慣れているようだ。当然と言えば当然のことか。


 青鼠は1人で動いて、1人で食事を用意する。このしぶとい老人は、たとえ砂漠のど真ん中でも1人で生き残れるだろう。


 昼食は干し肉やスープなどの簡単なものだ。ま、軍隊の食事って普通こんなものだ。シェラたちと旅していた時とは大分違う。


 食事の後、テントの中でトムと一緒に座って休憩した。焚き火の温かさが気持ちいい。俺はしばらくトムと他愛のない話をした。


「レッド君」


 いきなり猫姉妹が現れて、テントの中に入ってきた。


「ここで一緒に休憩してもいいよね?」


「ああ、もちろんだ」


 俺が頷くと、猫姉妹も焚き火の近くに敷物を敷いて、その上に座る。


 トムは強張った顔で猫姉妹を見つめる。明らかに警戒している様子だ。


「トムちゃんって本当に真面目だね」


 白猫が笑顔を見せる。


「まだ私たちのことを疑っているの?」


「『まだ』という言葉を使うには『まだ』早いと思います」


 トムが真面目な顔でそう答えると、白猫が笑った。


「確かにトムちゃんの言う通りだね」


「それに……」


 トムは白猫を凝視しながら話を続ける。


「それに貴方たちは、仲間でさえも迷いなく殺せると聞きました。そう簡単に信用することはできません」


 その言葉を聞いて、猫姉妹の顔が暗くなる。


「す、すみません。私は……」


 トムが慌てて口を開くと、白猫が笑顔で首を横に振る。


「いいよ、事実なんだから」


 白猫は妹の頭を撫でた。


「私たちはそうやって生きてきたし、他の人々からすれば理解できないのが当然だと思う。でも……」


 白猫が俺を見つめる。


「頭領のレッド君が命令しない限り、私たちは誰も殺さないわ」


「ああ」


 俺は頷いた。


「俺が命令しない限り、もう誰も殺すな。これは絶対だ」


「うん」


 白猫と黒猫が頷いた。


「……分かりました」


 トムも頷く。


「総大将が貴方たちを信用なさるのなら、自分も信用します! これは絶対です!」


「ふふふ」


 白猫が笑った。


「トムちゃんって真面目過ぎない? ちょっとからかいたくなっちゃう」


「俺の副官をあまりからかうな」


 俺も笑った。


 それからしばらく、俺は白猫と話した。白猫はいろんな地方を旅したから知識も豊富だ。彼女の話を聞いていると普通に面白い。


「北の地方ではね、冬になると寒すぎて港さえ凍ってしまうの。おかげで交通や交易が完全にマヒするわ」


「本で読んだことはあるけど……実在するんだな、そんなところが」


 俺は頷いた。


「そのくらいなら軍隊を動かすことも不可能ですね。戦争の時は特別な戦略戦術が必要でしょう」


 トムもそう言った。白猫の話に興味が湧いたようだ。


「……にしてもここはいいよね」


 話の途中、白猫が話題を変える。


「戦乱のど真ん中なのに、このケント伯爵領は平穏だわ」


「そうかな?」


 俺は肩をすくめた。


「この地方でも俺とケント伯爵、そしてカーディア女伯爵の戦争があったし、盗賊や海賊による襲撃もあった。別に平穏とは思えないな」


「それでも他の地方に比べたら平穏だよ」


 白猫が笑顔で言った。


「東には盗賊によって村がいくつも焼かれた地方もあるわ。王都も公爵たちの戦争で疲弊しているしね。それに比べるとここは治安も交易も安定している」


「そうか」


 俺は腕を組んだ。俺の領地も結構荒らされたと思っていたのに、比較的マシな方だったのか。


「レッド君の悪名のせいかもね」


「俺の悪名?」


「うん」


 白猫が頷く。


「レッド君って、盗賊や海賊を自ら討伐したことがあるでしょう? それで噂が流れているのよ。赤い化け物の領地に侵入したら命はない、てね」


「なるほど」


 俺が笑うと、白猫が俺の顔を凝視する。


「領主のくせにいつも直接動くのは、レッド君の弱点だけど……乱世には貴方みたいな人が必要なのかもしれない」


「かもな」


 どちらにしろ、俺は自分の生き方を変えるつもりはない。たとえ弱点だとしても、俺の敵は俺が直接叩いてやる。


---


 2日後、俺は自分の城に辿り着いた。


 城下町の子供たちが城の前に集まって、俺の帰還を眺めている。雪は止んだけど結構寒いのに、子供たちは目を輝かせている。


 ただ娯楽のためではない。子供たちは俺に……『赤い化け物』に憧れているのだ。俺は今更その事実に気づいた。


 トムの時もそうだったけど、不思議な気持ちだ。子供たちの恐怖の対象ならともかく……憧れの対象になっているだなんて。


 城門の兵士たちが頭を下げて領主の帰還を迎える。城の厩舎に馬を任せてから城内に入ると、今度はメイドたちが1列に並んで頭を下げる。


「レッド!」


 聞きなれた声がした。シェラの声だ。


 シェラはシルヴィアとタリアと一緒に階段を降りて、俺に近づいてくる。


「え……」


 しかし俺の隣の女性を見て、3人の少女は目を丸くする。


「レッド、その女は……」


「ああ、白猫だ」


 俺がそう答えると、隣から白猫が笑い出す。


「ふふふ……久しぶりだね、子猫ちゃんたち」


 白猫の挨拶に、シェラは警戒の表情に、シルヴィアは事務的な笑顔に、タリアは怯えた顔になった。俺は内心苦笑するしかなかった。

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