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第209話.赤と青

 俺は目の前の老人を注視した。


 白髪、ボロボロの服、粗末な杖……背は低く、顔は鼠みたいだ。つまりどこをどう見ても……俺の師匠である『鼠の爺』だ!


「そ、総大将……これは一体……?」


 トムが驚愕の表情を浮かべる。トムも鼠の爺が誰なのかよく知っているし、まさかここで再会するとは想像もしていなかったはずだ。


「まるで幽霊でも見たような顔だな、レッド」


 鼠の爺がゆっくりと歩いて、俺の目の前に立った。彼の全身からは……まるで巨大な猛獣のような気迫が発せられている。今更だが、白髪の老人とは思えない強烈な気迫だ。


 いや、しかし……これは……どこか違う。


「……あんた、鼠の爺じゃないな?」


 俺が質問すると、鼠の爺は笑った。


「ふふふ……よく分かったな。流石兄さんの弟子だ」


「兄さん……?」


「ああ、そうだ」


 鼠の爺……いや、鼠の爺とそっくりの人が頷く。


「私は『青鼠あおねずみ』。『赤鼠あかねずみ』の双子の弟だ」


 そうか。そういうことだったのか。


 鼠の爺は昔『赤鼠』と呼ばれていたらしい。そして鼠の爺の戦い方は、『夜の狩人』の一員たちに似ていた。


 だから『鼠の爺』と『夜の狩人』は何か関係があるに違いないと思っていたが……まさか頭領の『青鼠』と兄弟だったとは。


「私にいろいろ聞きたいことがあるんだろう?」


 青鼠が微かな笑みを浮かべて言った。


「ここで立ち話するのもあれだし、場所を移そうか」


「……いいだろう」


 俺は頷いた。確かにこの青鼠にはいろいろ聞きたい。


「総大将!」


 傍からトムが声を上げる。


「また罠があるかもしれません!」


「安心しろ、ガキ」


 青鼠が冷笑する。


「罠などない。いや、もっとはっきり言えば……お前ら相手に罠など必要ない」


「面白いこと言うじゃねぇか」


 青鼠は……俺の師匠である鼠の爺と同格の力を持っているんだろう。つまり俺が敗北を覚悟しなければならないほどの強者……最上級の獲物だ!


 最上級の獲物を目の前にして、引くわけにはいかない。俺は拳を握りしめた。


「ついてこい」


 青鼠が足を運んで、森の中を進んだ。俺は迷いなく彼の後を追った。白猫と黒猫、そしてトムも歩き始めた。


---


 しばらく森の中を進むと……小屋が視野に入ってきた。何の特徴もない木造の小屋だ。猟師たちの休憩所なんだろうか。


「ここだ」


 青鼠が小屋の扉を開けて、中に入った。俺とトム、白猫と黒猫も小屋に入った。


 小屋の中には何もない。小さな暖炉があるだけだ。青鼠が火打石で暖炉に火をつけると、空気が少しずつ暖かくなり始める。


「よいしょっと」


 青鼠が床に座り、俺は彼の真正面に座った。白猫と黒猫は青鼠の後ろに、トムは俺の後ろに座った。


「さて……」


 青鼠が俺の顔を凝視する。


「話を進める前に、1つ聞かせてもらいたい」


「何だ?」


「どうして私が兄さんじゃないと……『赤鼠』じゃないと分かったんだ?」


 青鼠の質問に、俺は少し間を置いてから口を開いた。


「気迫が違うんだ」


「気迫?」


「ああ」


 俺は頷いた。


「俺の師匠である鼠の爺は、基本的に冷酷な人だ。でもただ冷酷なだけの人ではない。意外と熱い一面もあって……彼の気迫からは熱が感じられる」


「ふむ」


「しかしあんたからは……あんたの気迫からは、骨まで沁みるほどの寒気しか感じられなかった。まるで凍り付くような悪夢を見ているようだった。それで分かったんだ」


「なるほど」


 青鼠が笑顔を見せる。


「確かに私は……兄さんのような未熟者とは違う」


「未熟者だと?」


「そうだ」


 青鼠の笑顔が冷笑に変わる。


「本来『夜の狩人』の頭領の座は兄さんのものになるはずだった。しかし兄さんは未熟だったゆえ……30年くらい前、ある暗殺依頼に失敗した」


 鼠の爺が……失敗?


「依頼に失敗した兄さんは、そのまま『夜の狩人』から脱走したのさ。もちろん我々は追跡者を送ったけど……兄さん、喧嘩だけは強いからな。追跡者の方が返り討ちにされた」


 そんなことがあったのか……。


「あの時以来、兄さんとは完全なる絶縁状態だった。こちらから接触することも、兄さんの方から接触してくることもなかった。だから2年前、兄さんが『夜の狩人』の依頼について調査した時は驚いた」


「それって……」


「我々の一員である『フクロウ』が、『アンセル』というやつから受けた依頼だ」


 俺は内心頷いた。


 2年前、薬物を追跡していた俺は『フクロウ』に出会った。そして『フクロウ』が伝説の暗殺集団『夜の狩人』の一員だと知って、その調査を『鼠の爺』に頼んだ。


 鼠の爺は、少し考えてから『フクロウ』の調査を承諾してくれた。あの時の爺の反応が少し気になっていたが……爺は危険を冒してまで自分の昔の組織を調査したのだ。


「あの時、鼠の爺はかなり大きい傷を負った。それはあんたの仕業なんだな?」


 俺の質問に、青鼠は頷いた。


「いくら兄さんでも、3対1だったからな。横腹に短剣を差し込んでやったのさ。まあ……殺し損ねたことは残念だけど」


 青鼠が気持ちよさそうに笑う。俺は口を噤んで彼を睨みつけた。


「さて……兄さんの話はここまでにしようか」


 青鼠は無表情に戻ってそう言った。俺としてはもうちょっとだけ鼠の爺について聞きたいけど……今はそんな場合じゃないか。


「私は『夜の狩人の頭領、青鼠』として……『南の都市守備軍司令官レッド』に協力を提案する」


 協力の提案……予想通りだ。俺は何の反応も見せずに、ただ青鼠の顔を見つめた。

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