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第208話.まさか……

「ちっ」


 俺は歯を食いしばって……背中から大剣『リバイブ』を抜いた。


 長身の『白猫』が短剣を、小柄の『黒猫』がハルバードを構えて突進してくる。この猫姉妹は俺に連携攻撃を仕掛けるつもりだ。


 特に白猫の速さは……とんでもないほどだ。数メートル離れていたのに、瞬く間に俺の目の前まで来ている。しかも足音がほとんど聞こえない。


「はあっ!」


 俺は精神を極限まで集中して、白猫の動きを捉えた。そして彼女の短剣が俺の首に届く直前、大剣で反撃した。


「ふっ」


 白猫は体を曲げて、俺の反撃を間一髪でかわす。その優雅な動作はまるで踊り子のようだ。しかし踊り子とは違い、この白い眉毛の美人は俺を殺そうとしている。


「ちっ!」


 俺は1歩下がって白猫との距離を広げた。こんな密着した距離では大剣の長いリーチを活かせなく、短剣に有利だ。しかも白猫の速さは俺より若干上だ。


「うっ!?」


 鋭い刃が迫ってくる。白猫の妹、黒猫が俺の左足を狙ってハルバードを振るったのだ。小柄で細身の少女なのに……2メートルの武器を使いこなしている。異常としか言えない怪力だ。


 俺は守りに専念して、猫姉妹の連携攻撃に耐えた。短剣とハルバードの刃先をギリギリのところで避けて、反撃の機会を伺った。


「総大将!」


 トムの声とともに、小さな刃物が飛んできた。トムが投擲短剣を白猫に投げ飛ばしたのだ。


「あら……?」


 白猫は少し驚きながらも、踊るような動きで投擲短剣をかわした。だが……トムが作ってくれた隙を見逃す俺ではない!


「ぬおおおお!」


 俺は姿勢を整えて、大剣『リバイブ』を振るった。相手の回避動作を完璧に捉えた横斬り……いくら白猫と言えど、この一撃なら……!


「っ……!」


 白猫は目を見開き、上半身を後ろに倒した。ネコ科の野生動物みたいな、人間離れした瞬発力と柔軟さだ。俺の大剣は白猫の体に届かず、彼女の服を斬ってしまう。


「ふっ……!」


 白猫は素早く大剣の攻撃範囲から逃げて、黒猫の傍に立つ。その隙にトムが俺の傍に立って細剣を構える。これで2対2だ。


「今のは本当に死ぬかと思ったわ。まさかトムちゃんにそんな特技があったとはね」


 白猫が自分の胸を撫でおろした。俺はそんな彼女を睨みつけた。


「どうして俺を攻撃するんだ? 俺の力を借りたいんじゃなかったのか?」


「それが貴方の2つ目の弱点よ」


「何?」


 俺が眉をひそめると、白猫は笑顔で話を続ける。


「貴方は『人間の陰湿さ』を過少評価している」


「人間の……陰湿さ?」


「そうよ」


 白猫が頷く。


「『今の俺を攻撃しても意味がない』とか『今更俺を暗殺しても損をするだけ』とか……そう思っているんでしょう?」


 俺は口を噤んで白猫の話を聞いた。


「でもね……人間はそういう合理的な判断だけで動く生き物じゃないわ。ほんの些細な不満や心境の変化、または誰にも理解できない自分だけの理由で……他人を敵対し、争いを起こす」


 白猫は意味ありげな目で俺を見つめる。


「『指導者でありながらあまりにも直接動く』、そして『人間の陰湿さを過少評価している』……この2つの弱点のせいで、貴方はいずれ自分の身を滅ぼすでしょう。そんな人間の力を借りる必要はない」


「なるほど」


 俺は小さく頷いた。


「つまりあんたが俺を攻撃したのは……俺に利用価値がないと判断したからか」


「そうよ」


 白猫が素直に認める。


「領主でありながら、このアルスの村まで直接来て……私の真意を疑わずに護衛を待機させた。その時点でもう貴方に利用価値がないと断定し、抹殺してもいいと頭領から命じられたわ」


「『夜の狩人』の頭領か」


 なるほど、こいつらは最初から俺を試すつもりだったのだ。


 白猫はまだ笑顔のままだが……彼女の目には冷酷な殺意が宿っている。


「お姉さんはね、ちょっと悲しいよ。レッド君とは仲良くできると思っていたからね」


「誰がお姉さんだ」


 俺は苦笑してから、白猫の顔を凝視した。


「あんたの言うことは……あながち間違いではない。確かに俺には弱点が多いかもしれない」


「あら、意外と素直だね」


「だが……あんたは大事なことを見逃している」


 俺は淡々とした口調で話を続けた。


「俺には、俺の弱点を補ってくれる人々がいる。いつも直言してくれる参謀も、いつも真面目で何も見逃さないように頑張っている副官もいる」


「なるほどね」


 白猫が笑った。


「でもこの場合、可愛い副官ちゃんはあまり役に立たないと思うけど?」


「それが1番致命的な判断ミスというのだ」


 俺は笑った。


「2年前、俺とトムが最初に出会った時……トムはただの病弱な少年に過ぎなかった。それなのにいつの間にか体を鍛錬して、軍隊を指揮して、城を守り抜いて……立派な副官になっている」


「それがどうしたの?」


「まだ分からないのか? トムは……我が軍の中で1番成長の早いやつだ。総合的な力量なら、もう並大抵の騎士より上だ」


「そ、総大将……」


 傍からトムが小さい声を出した。恥ずかしいようだ。


「へえ、トムちゃんのことをえらく買いかぶっているんだね。まるで女の子みたいに可愛いのに」


「だから……こいつを舐めると痛い目に会うぞ」


「ふふっ」


 白猫が短剣を構えて、戦闘態勢に入る。


「じゃ、どちらが勝つか……実際にやってみましょう」


「かかってこい」


 俺がそう答えた瞬間……白猫と黒猫が地面を蹴って、もう1度俺に向かって突進してきた。


「ふふふ」


 白猫の笑い声と共に、猫姉妹の連携攻撃が始まる。長身の白猫はとんでもない速さで俺の懐に飛び込み、小柄の黒猫は長いハルバードで俺の足を執拗に狙う。さっきよりも激しくて、精密な連携攻撃だ。


「でいやっ!」


 だが俺の傍にはトムがいる。トムは気合の声を出しながら突撃し、細剣で黒猫を攻撃した。


「……っ」


 ずっと無表情だった黒猫が、少しだけ眉をひそめる。姉の白猫と連携しているのに、トムが適切なタイミングで邪魔してくるからだ。


 トムの戦闘力は、まだ1流の戦士とは言えない。白猫にはもちろん、黒猫にも劣るだろう。だがトムにはそれを補って余りあるほどの判断力と集中力がある。黒猫の振るうハルバードを避け、隙を狙って反撃を繰り広げる。慎重さと大胆さを併せ持った戦い方だ。


 そんなトムのサポートのおかげで、俺は猫姉妹の連携攻撃を難なく防いだ。そして全てが止まっているかのように遅い世界の中で……踊っている白猫を完璧に捕捉し、大剣を振るった。


「うっ……!?」


 白猫は慌てて回避しようとするが、無駄だ。彼女特有の『上半身を曲げる回避動作』ならもう把握済みだ。俺の剣は攻撃の途中で進路を変え、白猫の腰に向かった。


「くっ!」


 鋭い金属音が響いた。白猫が短剣で俺の攻撃を防御したのだ。しかし白猫の短剣は大剣『リバイブ』の鋭すぎる刃によって切断され、彼女自身も体のバランスを失ってしまう。


「ぐおおおお!」


 この機会を逃す俺ではない。俺は大きく踏み込み、白猫の横腹に蹴りを入れた。


「がはっ……!」


 白猫は短い悲鳴を上げて、地面に倒れた。速さなら俺より上だが、力と体格は俺に遠く及ばない。横腹に完璧に入った1撃……これでしばらくは動けない。


「降参しろ。でないと……」


 俺は白猫の首に大剣を突き付けた。


「お、お姉ちゃん……!」


 黒猫が悲鳴に近い声を出し、ハルバードを投げ捨てて白猫に近づく。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 黒猫は白猫の肩を掴んで……泣き始める。ついさっきまでは異常な怪力を見せた強敵だったのに……もうただの幼い少女だ。


「わ、私は大丈夫よ……黒猫ちゃん」


 少し動けるようになった白猫が手を伸ばして、黒猫を撫でる。そしてその直後、俺を見上げる。


「ね、レッド君」


「……何だ?」


「妹の命だけは……助けてくれない?」


 白猫は今までとは違う、とても真面目な顔だ。


 俺はしばらく沈黙してから、大剣『リバイブ』を鞘に納めた。


「別に2人の命を奪うつもりはない」


「……ありがとう」


 白猫が少しだけ頭を下げた。俺はそんな彼女を凝視した。


「ただし、白状してもらう。あんたらの頭領について……」


「そこまでだ」


 いきなり男性の声が聞こえてきた。いつの間にか森の中からもう1人が現れたのだ。木の影に隠れて顔はよく見えないが、体格からして老人だ。


「この声は……」


 しかし俺が驚いたのは、老人の出現のせいではない。彼の声のせいだ。この声は……俺がよく知っている声だ!


「頭領!」


 白猫が老人に向かって叫んだ。つまり今現れた老人こそが『夜の狩人』の頭領だ。いや、しかし……。


「動くな、レッド」


 老人が俺に近づいてきた。それで老人の顔がはっきり見えた。


「鼠の……爺?」


 俺は驚愕した。俺の師匠であり、俺の知っている最強の戦士である『鼠の爺』がそこに立っていた。


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