第21話.お前は弱点なんかではない
犯罪組織の巣窟から出た俺は、まずフードを被って肌を隠した。
「腹減った」
朝から運動をしたせいだろう。何か食べてから小屋に戻るか。
「……パンがいいな」
俺はパン屋に行き、焼き立てのクリームパンを3個買って革袋に入れた。1個は俺の分、2個は爺とアイリンの分だ。
ゆっくりと歩いて南の都市から離れ、人気のないところまで歩いた。そこでフードを外して俺の分のクリームパンを食べ始める。
「うむ……」
まあまあ美味しいけど……アイリンと一緒に食べたパンの方がもっと美味しかった気がする。何故だろう。同じパン屋で買った同じパンなのに。
それから一人で数時間歩いて、やっと小屋に着いた。俺の足音に気付いてアイリンが飛んでくるだろう。
「……ん?」
アイリンが……出てこない。家事をやっているのかな?
「アイリン? 爺?」
俺は小屋の扉を開いた。しかし……そこには誰もいなかった。
「これは……」
どういうことだ。まさか俺に何も言わずに二人で出かけたのか? いや、そんなはずはない。
「まさか……」
まさか犯罪組織のやつらが……いや、それもあり得ない。俺がやつらを叩いたのはついさっきのことだ。やつらに小屋が襲撃されることは時間的にあり得ない。
俺は胸騒ぎを感じながらも、冷静に周りを見回した。そしてすぐ手掛かりを見つけた。爺とアイリンの足跡だ。つまり二人は一緒に出掛けたのだ。
「でもこっちは……」
足跡は……北に続いていた。北には大きな山があるだけだ。何故爺はアイリンを連れて山の方に……。
「爺……」
俺は思い出した。ここ最近、爺はアイリンが俺に悪い影響を与えていると思っていた。つまり爺にとって……アイリンは計画の邪魔なのだ。だから……アイリンを……。
「……くっ!」
俺はパンの入った革袋を手放して走り出した。全身が熱くなって、頭が真っ白になって、必死になって走り続けた。
数分後、俺は登山口に辿り着いた。
「やっぱり……!」
そこにも二人の足跡があった。やっぱり爺とアイリンは山に入ったのだ。
俺は足跡を追跡した。足跡は途中から山道を離れて、人気のない山の奥に向かっていた。
「アイリン……!」
思わず名を呼んだ。心臓が張り裂けそうに高鳴ったが、諦めるわけには……!
「あ……」
山の奥、大きな木の下で……二人の人影が見えた。俺は放たれた矢のように走ってそこに向かった。
「アイリン!」
それは……アイリンと爺だった。アイリンは何か草を手に持っていて、爺は切り株に座っていた。
「レッドか」
爺とアイリンが俺を振り向く。
「一体何なんだ、そんな恐ろしい形相をして」
「何なんだじゃねぇよ!」
俺は声を上げた。
「こんなところで何していたんだ!?」
「見りゃ分かるだろう? 薬草を採取していたんだ」
「……薬草?」
俺が眉をひそめると、アイリンが俺に近づいて手に持っている草を見せた。
「あうあう!」
「これが……薬草?」
俺は爺の方を見つめた。すると爺が口を開く。
「この子は薬学を勉強中だ」
「薬学って……」
「これだ」
爺が1冊の本を持ち上げた。
「こないだ買ってきた、薬学の本だ。この本の内容を勉強すれば簡単な薬は作れるさ」
「何故それをアイリンに……」
「分からんのか?」
爺は切り株から立ち上がる。
「お前にとって……この子がただの弱点であってはいけない。これからの道、そんなんでは進めないんだよ」
俺はアイリンを見下ろした。
「この子もお前の力にならなければならない。だからしっかり勉強させる必要があるわけだ」
「……そういうことだったのか」
俺の反応に爺が苦笑する。
「お前、私がこの子を山に捨てるとでも思ったんだな?」
「ああ」
俺は素直に認めた。
「爺は悪魔だからな」
「そりゃどうも」
俺と爺の会話を聞いていたアイリンは、指で地面に文字を書いた。それは……『これからいい薬を作ってレッドを癒してあげる』だった。
「あうあう!」
「……うん、よろしく頼む」
俺はアイリンの頭を撫でてやった。




