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第207話.2匹の猫

「ここに『白い眉毛の女性』が泊っていると聞いたが」


 俺が質問すると、店主の男は何も言わずに隅のテーブルを見つめる。そこには……フードを被っている長身の女性が座っていた。


 俺はゆっくりと歩いて、フードの女性の向こう側に座った。トムは俺の後ろに立った。宿屋の中の視線がこっちに集まる。


「おい、白猫」


 人々の視線を無視して、俺はフードの女性に話しかけた。すると女性は「ふふふ」と笑ってからフードを外す。


「お姉さんに会いに来たのね」


 白い眉毛に長い黒髪、美人だけど鋭い表情の女性……間違いない。この人は伝説の暗殺集団『夜の狩人』の一員であり……ハリス男爵領で俺を助けてくれた『白猫』だ!


「今日は子猫ちゃんたちじゃなくて、子犬ちゃんを連れてきたんだ?」


 白猫がそう言うと、トムの顔が赤く染まる。


「こいつは子犬じゃない。舐めたら痛い目に会うぞ」


「あら、そうなの?」


 白猫はニヤリと笑う。俺は彼女を睨みつけた。


「御託はいい。本題に入れ」


「本題?」


「どうして俺を誘い出したのか、その理由を言えってんだ」


「せっかちね」


 白猫は笑顔を崩さない。


「ま、せっかちな男も可愛いと思うけどね」


「知るか」


「ふふふ」


 白猫は妖艶に笑ってからゆっくりと立ち上がる。


「ここじゃ人目が多いし、場所を移りましょう」


「ああ」


 俺も席から立ちあがった。すると宿屋の店主が俺に近づいてきた。


「あ、あの……領主様。何か……」


「騒がせてすまなかった。これ、受け取ってくれ」


 俺は懐から1枚の金貨を取り出して、店主に渡した。店主は「ありがとうございます!」と何度も頭を下げる。


 俺と白猫、そしてトムは一緒に宿屋から出た。宿屋の外には5人の騎兵が待っていた。


「こんなに護衛を連れてきたの? 思ったより小心だね」


「へっ」


 思わず苦笑してしまうと、白猫が目を細めて俺を見上げる。


「2人きりで話したいわ。護衛はこのまま待機させてほしいけど」


「いいだろう」


 俺はトムと騎兵たちに待機を命令しようとした。


「なりません!」


 傍からトムが声を上げる。


「何かの罠かもしれません! 総大将単独で動かれるのは危険だと存じます!」


「あら、忠誠心の高い子犬だね」


 白猫が笑う。


「貴方、もしかして『赤い総大将』の護衛を務めているの?」


「もちろんです!」


「こんなに可愛い子が化け物の護衛を? 普通は逆じゃない?」


 白猫はからかうように言ったが、トムはいとも真面目な顔だ。


「確かに自分は強くありません。無敵の総大将の護衛を務めるには力不足です。しかしこんな自分でも……常に注意を払って総大将の役に立つことはできます!」


「ふふふ、面白い子ね」


 白猫はトムに近づいて、彼を見下ろす。


「貴方、名前は?」


「南の都市守備軍司令官の副官、トムです!」


「トムちゃんね」


 白猫は頷いてから俺の方を振り向く。


「じゃ、トムちゃんだけ連れていきましょう」


「……分かった」


 俺は騎兵たちに命令して、宿屋に泊まらせた。これで俺の護衛はトムだけだ。


「北の森に小屋があるわ。あそこなら人目を気にせずに話ができるはずよ」


 白猫はアルスの村から離れて、森に向かった。俺とトムは白猫の後を追って森に入った。


 森の中は静かだ。この時期だと人々はもちろん、野生動物も活動を控える。真っ白な雪と冷たい冬風が森を支配しているのだ。


「……やっぱり貴方って変な領主様だね」


 一緒に森を歩いている途中、ふと白猫が口を開いた。


「本当にここまで直接来るなんて、正直ちょっと驚いた。普通は部下を送るんじゃないの?」


「俺は直接動くのが好きだ」


「そうみたいだね」


 白猫が頷く。


「貴方のことを監視していたけど、普通の領主とは大分違う。吟遊詩人なんかを背負って走る領主様なんて、聞いたこともないし」


「……やっぱり以前から俺を監視していたのか」


 俺は足を止めて、白猫を見つめた。


「『フクロウ』の墓に花を捧げたのは……あんたなんだろう?」


「うん、私よ」


 白猫は素直に認めた。


 暗殺集団『夜の狩人』の一員である『フクロウ』は、俺との対決で命を落とし……今は『南の都市』の墓地に眠っている。そして先日、誰かが彼の墓に花を捧げた。その誰かの正体は……やっぱり白猫だったのだ。


「その時から……いや、ずっと前から俺を監視していたんだな」


「正確に言えば半年前から」


 白猫が笑顔を見せる。


「頭領から命令されてね。貴方の力や弱点を調べていたの」


「俺の……弱点?」


「そうよ」


 白猫が俺の顔を凝視する。


「貴方の力は認める。『フクロウ』すらやられたんだから」


 一瞬だけ、白猫の視線に殺気がこもった。


「でも指導者としては……弱点が多い。そういう結論に至ったわ」


「へっ」


 俺は笑った。


「面白いこと言うじゃないか。じゃ、俺の弱点ってやらを言ってみろ」


「さっきも言ったけど、ここまで直接来る領主なんて普通いないよ」


「それが俺の弱点だと?」


「戦場でも同じでしょう?」


 白猫が妖艶に笑う。


「戦場で直接戦って、敵の本陣に直接突撃しないと気が済まないんでしょう? 指導者のくせに」


「それは総大将が私たちを導いてくださっているからです!」


 傍からトムが口を挟んだ。


「総大将はいつも先頭に立ち、私たちを導いてくださっています! 今まで私たちが勝利を掴んできたのは、目の前に総大将の背中があったからです!」


「トムちゃんって、見た目より熱い男だね」


 白猫が苦笑する。


「でもそうやって直接動くせいで、先日暗殺されそうになったのよ」


「それは……!」


「それは今も同じ」


 白猫がそう言った瞬間……森の中から、音もなく小さい人影が現れた。


「誰だ!?」


 トムが素早く腰から細剣を抜いて、小さい人影を警戒した。しかし人影の正体が判明した時……トムは驚愕する。


「お、女の子……?」


 森の中から現れたのは、自分の背より長いハルバードを手に持っている……小さな女の子だった。


「紹介しましょう」


 白猫は女の子の隣に立って、笑顔を見せる。


「この子は私の可愛い妹……『黒猫』よ」


「『黒猫』……」


 俺は少し驚いて、『黒猫』と呼ばれた少女を見つめた。


 『黒猫』は短い黒髪の少女だ。『白猫』とは違って眉毛も黒い。肌は真っ白で、背は低く、顔は幼い。せいぜい……13歳くらいの女の子だ。


 そんな幼い少女が……2メートル以上のハルバードを手に持って、無表情でこっちを見ている。


「これがどういう状況なのか、理解できる? トムちゃん」


 白猫が笑った。


「私1人なら『赤い総大将』に敵わない。でも……妹がいれば話が違う。何しろこの子も立派な『夜の狩人』だからね」


 そう言ってから、白猫は懐から短剣を取り出した。そして次の瞬間、『白猫』と『黒猫』は俺とトムに向かって突進してきた。

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