第206話.接触
「『夜の狩人』だと……?」
俺が目を見開くと、エミルが説明を始める。
「この城からの東に進めば、『アルス』という村がありますが……」
「確か……交差点に位置する小さな村だったな」
「はい、そのアルスの村から目撃情報が入りました。」
エミルはそう言いながら、俺に手紙を渡した。
手紙には『2日前から、アルスの村の宿屋に身元不明の若い女性が泊まっています。常にフードを被っているせいで顔は確認できませんが、宿屋の主人の証言によると黒髪なのに眉毛だけ白いとのことです』と書かれていた。
「黒髪なのに眉毛だけ白い……」
俺は思わず拳を握った。こいつは……!
「総大将を助けたいう『白猫』である可能性が高いです」
エミルが冷静な口調で言った。俺は手紙を彼に返した。
「俺が直接行って確かめる」
「総大将自らが?」
「ああ。もしもの時、あの女を制圧できるのは俺だけだ」
「では、護衛はどうしますか?」
俺は首を横に振った。
「護衛は要らない。俺1人で行く」
「それはなりません」
エミルが俺の顔を直視する。
「誰かが総大将を狙っているのは明白な事実です。護衛無しで行動するのは賛成できません」
「うむ……」
エミルの言うことも一理ある。何しろ俺は大領主であり、数十万の領民たちを背負っている。今の状況で俺が1人で動けば、みんな不安を感じるだろう。
「……仕方ないな」
俺は軽くため息をついた。
「トムに伝えて、精鋭騎兵を5人用意させろ」
「かしこまりました」
エミルは少し満足気な顔で頷いた。
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それから10分後……俺は大検『リバイブ』を背負い、城内から出た。気温が低くて肌寒いけど……防寒用のコートも着ているし、別に問題はなさそうだ。
まず西の厩舎に行って、黒い軍馬ケールに乗った。ケールは嬉しそうに首を振った。冬の寒さにもかかわらず、ただ走ることができて嬉しいようだ。
「ケール」
手綱を軽く操ると、ケールが微速で走り出す。俺たちは一緒に東の城門に向かった。
「総大将!」
東の城門には白馬に乗っている小柄の少年がいた。俺の副官であるトムだ。トムは5人の精鋭騎兵を連れていた。
「護衛はお任せください!」
「ああ、頼むよ」
俺はトムと5人の騎兵を連れて城から出発した。一緒に馬を走らせ、真っ白に染まった城下町を横切った。目的地はもちろん東の『アルスの村』だ。
走っている間、トムは緊張した顔で何も言わなかった。いつも真面目なやつだが、今日はより一層真面目だ。
俺にはその理由が何となく分かった。誰かが俺を暗殺しようとしたことは、トムもよく知っているから……必死になって俺の護衛を務めようとしているのだ。トムにとって、俺はただの上官ではない。
よく整備された道路を数時間くらい進むと、いつの間にか周りが真っ暗になっていた。冬の夜は早いし、そろそろ野営の準備に入った方がいいだろう。無理しなくても明日は『アルスの村』に着くはずだ。
「ここら辺で野営する」
川の近くで天幕を3つ張って、天幕の中に焚き火を作った。寒い冬の野営は結構厳しいけど……みんな戦場に慣れている戦士たちだし、極寒や極暑の中でも任務を遂行できる。
「じゃ、今日はもう休もうか」
俺はトムと同じ天幕に入って横になった。しかし俺が横になってもトムは休もうとせず、天幕の入り口に立って周りを警戒している。
「トム、何しているんだ? もう休め」
「いいえ!」
トムが真面目な顔で首を横に振る。
「総大将はお休みになってください! 夜の間、自分がしっかりと警戒します!」
「いやいやいや……」
俺は苦笑した。
「そんなに警戒する必要はないさ」
「いいえ!」
トムがまた首を横に振る。
「『アルスの村』には伝説の暗殺集団『夜の狩人』がいるかもしれない、とお聞きしました! 自分の命に変えても、総大将の安全を死守する所存です!」
「命は変えるなよ」
俺はもう1度苦笑した。トムは真面目で俺への忠誠心も高いけど、おかげで少し極端なところがある。
「お前、俺がいつか言った言葉を忘れたのか?」
「総大将の……お言葉ですか?」
「ああ」
俺は頷いた。
「お前は生きろ。生きて俺の物語を最後まで見届くんだ」
「もちろん覚えております! しかし……」
「それに……」
俺はトムの真面目な顔を見つめた。
「お前、まさか俺が暗殺者如きに負けるとでも思っているのか?」
「い、いいえ!」
トムが慌てて首を横に振る。
「総大将は無敵です! どんな敵にも負けるはずがありません!」
「それでいい」
俺は笑った。
「俺も立場が立場だから、こういう状況で1人で動くとみんな不安がる。だから仕方なく護衛を連れているわけだが……お前が無理する必要はないさ。お前は俺が何か見落とした時、それを知らせてくれればいい」
「かしこまりました!」
トムが拳を握って決意を示す。
「自分の命に変えても、何も見落とさないように警戒いたします!」
「だから違うって」
俺は苦笑してから、天幕の天井を見つめた。
「トム」
「はい!」
「そもそもの話、どうして『アルスの村』に『夜の狩人』の一員が現れたのか……その理由が分かるか?」
俺の質問に、トムは困惑の顔になる。
「いいえ、自分には分かりません」
「やつはわざと姿を見せて、俺を誘い出しているのさ」
「総大将を……?」
「ああ」
俺は頷いた。
「『夜の狩人』の目的は、俺の命ではない。やつらは何か別の目的のために、俺の力を利用したいと思っているだけだ」
「つまり……『夜の狩人』は総大将と何か交渉するつもりでしょうか?」
「そう見た方が妥当だろう」
白猫はわざと自分の特徴である『白い眉毛』を露出した。露骨に俺を誘っているに違いない。
「交渉次第では戦うことになるかもしれないけど……今はそんなに警戒する必要はない。明日のために休んでおけ」
トムは俺の言葉に「かしこまりました」と答えた。しかし天幕の入り口に立ったまま動こうとしない。俺はそんなトムを睨みつけた。
「トム、休め。これは命令だ」
「か、かしこまりました」
それでやっとトムは横になった。
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翌日の正午……俺たちは『アルスの村』の着いた。
アルスの村は主要道路の交差点に位置している村だ。村人たちは主に畑仕事をしながら、旅人や行商人を相手に商売をしている。今は小さな村だが、商業がもっと発展したら大きな村になる潜在力がある。
そんなアルスの村の中央には宿屋がある。もちろん旅人や行商人のための宿屋だ。俺は騎兵たちを外に待機させ、トムと2人で宿屋に入った。
宿屋に入るといくつかのテーブルが見えた。たぶん1階はレストランで、2階に客室があるんだろう。
「いらっしゃいませ!」
店主に見える男が現れ、笑顔を見せた。しかし次の瞬間……俺の姿を確認した店主の男は凍り付いてしまう。
「りょ、りょ、領主様!?」
店主の男はもちろん、テーブルに座っていた客たちも驚愕する。俺の顔は分からなくても、肌色は分かっているのだ。
「ど、ど、どのようなご用件でしょうか!?」
店主の男が怯えた顔で俺を見上げる。
「ここに『白い眉毛の女性』が泊っていると聞いたが」
俺が質問すると、店主の男は何も言わずに隅のテーブルを見つめる。そこには……フードを被っている長身の女性が座っていた。




