第204話.悪い予感
話を終えた頃には、もう森が暗くなっていた。
ハリス男爵は自分の城に帰還した。俺は野営地の入り口まで彼を見送ってから、近くの兵士に命令を出した。
「警戒態勢を解除する。みんなにそう伝えろ」
「はっ!」
兵士は素早く動いて、他の兵士たちに俺の命令を伝える。それで野営地内の緊張した空気が和らぐ。
「レッド!」
ふと俺を呼ぶ声がした。シェラの声だ。
シェラはシルヴィアとタリアを連れて、俺に近づいてきた。
「戦争は起こらないんでしょう?」
「ああ」
俺が頷くと、シェラがため息をつく。シルヴィアとタリアも安心した顔になる。
「本当に良かった。一時はどうなるかなと思ったよ」
「お前たちには怖い思いをさせてしまったな」
俺は3人の少女の顔を見渡した。
「やっぱりここには俺1人で来るべきだった。お前たちを大変な事件に巻き込んでしまったこと、本当にすまない」
「何言ってるの?」
シェラが笑顔で俺を見上げる。
「私は戦争にだって参加したし、これくらいどうということないよ」
シェラがそう言うと、シルヴィアも頷く。
「シェラさんには及びませんが、この程度のことで怖気ついたりしません」
シルヴィアは平穏な顔だ。小柄の貴族のお嬢さんだが、本当に肝が据わっている。
「わ、私めも問題ございません!」
タリアも声を上げる。
「私めは創作に命をかけております! 今回のことはむしろいい経験になったと存じます!」
いや、流石にタリアには相当怖い思いだったはずだ。でもどうにか崩れないように頑張っているようだ。
俺たちはしばらく他愛のない話をした。それで少女たちに笑顔が戻り、俺も気持ちが軽くなった。
「今日は早めに休んでくれ。明日から帰還を始める」
俺がそう言うと、3人の少女は自分たちの天幕に戻った。俺は少女たちの後ろ姿を見て笑みを浮かべた。
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翌日の朝、俺の城への帰還を開始した。
本来ならもうちょっとハリス男爵の城に泊まる予定だった。しかし襲撃事件が起きたことによって、予定を変更せざるを得なくなった。情報収集や防備強化など、やることがいっぱいなのだ。
「全員、俺に続け」
俺はケールに乗って歩き始めた。5台の馬車と50人の兵士たちが俺の後を追う。
しばらく移動してから、湖や村の近くで休憩する。そして食事を済まし、飲用水や食料を補充して移動を再開する。いつも通りの流れだ。
ところでちょうど食事を終えた時、シェラが1人で俺に近づいてきた。何か言いたいことがあるようだ。
「ね、レッド」
シェラは声を小さくして俺に話しかける。
「結局誰の仕業なの? ハリス男爵が犯人じゃないことは分かったけど……」
やっぱりそれが気になっていたのか。
俺は『ルシアンというハリス男爵の側近が命令書を偽造した』とシェラに説明した。シェラはその説明を聞いて目を丸くする。
「ハリス男爵の側近が……?」
「ああ、しかしやつの単独行動ではないだろう」
俺は腕を組んだ。
ルシアンはハリス男爵の側近として裕福な生活をしていた。自分の地位を捨ててまで俺を暗殺する理由がない。何か俺への恨みを持っていたのかもしれないけど……可能性は低い。
「あのルシアンという男にとって、今回の事件は何の得にもならない。たぶんルシアンに『レッドを暗殺せよ』と指示した人物がいるはずだ」
「暗殺の首謀者ってことね」
シェラが頷く。
「でも……一体誰が?」
「さあな」
俺は肩をすくめた。
「俺には潜在的な敵が多い。俺に敗れた連中の仲間かもしれないし、大貴族の誰かかもしれない」
「そうか……」
シェラは少し考えてから、俺を見上げる。
「心配しないで! レッドは私が守って上げるから!」
「分かった。ありがとう」
俺は手を伸ばしてシェラの頭を撫でた。
「あ、そう言えば……あの『白猫』という女はどうなったの?」
「どこかに消え去ったようだ。用があるなら向こうから連絡してくるだろう」
「ふむ……」
シェラが半開きの目で俺を見つめる。
「あの女、レッドのことを誘っているようだったよね」
「何言ってんだ」
俺は苦笑した。
「暗殺者からの誘いなんて、こちらから願い下げだ」
「本当かな……?」
シェラの反応に俺はもう1度苦笑した。
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11月半ばになり……俺たちは城に帰還した。
結構寒いのに、城下町の領民たちは道に並んで俺を歓迎してくれた。もしかしたら……俺は俺が思っている以上に支持されているのかもしれない。
「領主様!」
小柄の少年が俺を見上げて手を振った。少年の顔は期待と興奮に満ち溢れている。俺は軍馬に乗ったまま、少年に軽く手を振って上げた。
やがて城に入ると、副官のトムが俺に駆けつけてきた。
「総大将!」
トムは緊張した顔で俺を見上げる。
「話は聞き及んでおります! 総大将がご無事で何よりです!」
「心配するな」
俺は笑顔を見せてから、トムの顔を直視した。
「それに……襲撃事件については他言無用だ」
「はい!」
トムが大きく頷く。
現在、襲撃事件について詳しく知っているのは……俺とハリス男爵、そして俺の側近たちだけだ。無暗に情報を公表したら、混乱を招くだけだ。
「俺は執務室に行く。トム、俺の護衛を務めた兵士たちを休憩させろ」
「はっ!」
トムが兵士たちを連れて兵舎に向かった。シェラたちも休憩のために各々の部屋に向かった。
1人になった俺は城の3階に上がり、執務室に入った。すると机に座って仕事をしているエミルが見えた。
「総大将」
エミルが席から立ち、無表情で俺を見つめる。
「旅はいかがでしたか?」
「へっ、嫌味か?」
「いいえ」
エミルはとても真面目な顔だ。俺は苦笑してから領主の席に座った。
「旅行は楽しかったよ。暗殺は楽しくなかったけど」
「総大将なら、暗殺も楽しむんじゃないかと思いましたが」
「確かに俺1人だったら楽しんだかも知れないな」
俺は顔をしかめた。
「しかし……シェラたちが巻き込まれた以上、犯人は許せない」
「そうですか」
エミルが頷いた。
「犯人はルシアンという男だと聞きましたが」
「ああ、でもやつの単独行動ではないはずだ」
俺はハリス男爵の調査結果をエミルに説明した。
「なるほど……他に首謀者がいる可能性が高いですね」
エミルは少し考えてから口を開く。
「たぶん首謀者とルシアンは長年にわたって内通していたんでしょう。他地方の官吏を買収して、陰謀に利用するのはよくあることですから」
「そうだな」
「首謀者は財力と権力を持っている人物……大貴族とみて間違いないでしょう」
俺は内心頷いた。男爵の側近ほどの人物の買収するためには、かなりの財力や権力が要るだろう。
「しかしいくら大貴族だとしても、ハリス男爵にバレずに彼の側近と内通するのは難しいはずだ」
「そうですね」
「つまり……」
俺が言葉を濁すと、エミルは眉をひそめる。
「まさか首謀者に心当たりがあるんですか?」
「……ああ」
俺は頷いた。シェラには心当たりがないと言ったが……実は1人だけ、思い浮かぶ人物がいる。長年にわたってルシアンと連絡を取っても疑われなさそうな人物が。
「誰ですか、それは?」
エミルが冷たい声で聞いていた。俺は少し間をおいてから口を開いた。
「ハリス男爵の上官であり、俺の同盟である『銀の魔女』……つまりアップトン女伯爵だ」
「……なるほど」
エミルがゆっくりと頷いた。
「確かに彼女ならハリス男爵の側近と連絡を取っていてもおかしくないし……領地も近いですね」
「だな」
同盟の裏切り……考えたくもないが、1番有力な答えだ。
「最初からアップトン女伯爵とは厚い信頼関係だったわけではない。裏切られても驚くこともないでしょう」
エミルの言葉通りだ。『金の魔女』という共通の敵がいたからこそ成立した同盟だ。しかし『金の魔女』はもう降伏した。
「でも……何故このタイミングで俺の命を……」
共通の敵が無くなったとはいえ、まだお互い利用価値がある。このタイミングで俺を殺しても、アップトン女伯爵としては味方が減るだけだ。
「とにかく確証が欲しい。アップトン女伯爵の動向を調べろ」
「かしこまりました」
「『夜の狩人』に対する調査も引き続き頼む」
「はっ」
必要な指示を出してから、俺は考えにふけった。




