第202話.森での追跡戦
白猫は無言でこんもりした森の中を進んだ。
俺と3人の少女たちは、少し距離を置いて白猫の後を追った。もしもの時は俺が時間を稼ぎ、シェラがシルヴィアとタリアを連れて逃げる算段だ。
幸い殺気は感じられない。敵が伏せている気配もない。白猫の言った通り、こっちが『安全な道』だったんだろうか。
いや、正確に言えば……ここはもう『道』ではない。俺たちは道のない森を歩いている。1メートルくらいの草を掻き分けて進むしかないから、自然に速度が落ちてしまう。
「……もうちょっと早く歩いてくれる?」
白猫が俺たちの方を振り向いてそう言った。俺は眉をひそめた。
「仕方ないじゃないか。こっちには子供もいるんだぞ」
「敵は子供だからって手加減しないわよ」
白猫が嘲笑する。
格闘技や剣術を鍛錬したシェラとは違って、シルヴィアとタリアはもう疲れ初めている。特にまだ15歳のタリアは……これ以上歩くのは相当厳しいはずだ。
「タリアちゃん、大丈夫?」
シェラが優しい声で聞くと、タリアは「大丈夫です!」と答えた。しかしタリアの顔には疲れがにじみ出ている。緊張と恐怖の中で無理しているに違いない。
「タリア、こっち来い。俺が背負ってやる」
「領主様!?」
タリアがびっくりして首を横に振ったが、今はなりふり構っている場合ではない。俺はタリアを背負って歩き始めた。
「ご、ごめんなさい! 領主様!」
「気にするな」
「私……重くないんでしょうか!?」
「軽すぎるよ」
俺は笑った。
ふとアイリンを背負って夜道を歩いたことを思い出した。アイリンもそうだったけど、女の子たちは何故こんなに軽いんだろう。
「変な領主様だね」
白猫は笑ってから、再び森の中を進んだ。俺たちは速度を上げて白猫を追った。
「こっちは……」
15分くらい歩いた時、俺はある事実に気付いた。
「おい、白猫」
「ん?」
俺が呼ぶと、白猫は足を止めて俺を見つめる。
「どうしたの? お姉さんに聞きたいことでもある?」
「このまま進めば、ハリス男爵の城だぞ」
俺は白猫を睨みつけた。遠回りしているが、俺たちは今ハリス男爵の城に向かっているのだ。
白猫はニヤリと笑ってから口を開く。
「当然のことよ。城こそ『安全な道』だから」
「城が安全だと?」
俺が眉をひそめると、白猫は面白そうに笑う。
「まだ私を疑っているの? もうちょっと信頼してほしいね」
「暗殺者が言ってもな」
俺は少し考えてみた。
この白い眉毛の美人が敵で、俺たちを罠にはめようとしているのかもしれない。しかし……あまりにも回りくどい方法だ。俺の命を狙っているのなら、もっとシンプルで効果的な方法はいくらでもある。
「……私が説明したところで、今は更なる混乱を招くだけよ。安全かどうかは、自分の目で確かめてみて」
「それはつまり……」
俺が白猫にもう1度質問しようとした時、後ろから気配がした。複数の気配だ。
「ちっ、追いつかれたか」
逃走した4人の『森林偵察隊』が、更に6人の仲間を連れてきたのだ。
「10人か……多いね」
白猫も顔をしかめた。何しろ敵は一般兵士ではない。森での戦闘を得意として、弓術に長けた精鋭部隊『森林偵察隊』だ。
「シェラ、シルヴィアとタリアを連れて隠れろ」
「うん!」
3人の少女は素早く動いて、大きな木の後ろに隠れた。俺と白猫は武器を構えて、戦闘態勢に入った。
「半分は頼んだわよ」
白猫は左の5人に向かって突進する。俺もすかさず右の5人に向かって突進した。
「放て!」
5人の森林偵察隊が射撃を開始して……5本の矢が俺の頭、心臓、胴体、両脚を狙ってくる。相変わらず恐ろしいほどの弓術だ。
「うおおおお!」
集中力を極限まで高めて、5本の矢を注視する。そして右手で大剣『リバイブ』を連続で振るい……全ての矢を弾き飛ばす。今の俺なら、飛んでいる蠅すら両断できる。
「やつを囲め! 包囲射撃を仕掛ける!」
森林偵察隊が素早く散開して、俺を半包囲する。距離を置いて多角度から射撃するつもりだ。
「ちっ!」
3方から矢が飛んでくる。流石にこれは防ぎにくい。俺は高速で移動し、ギリギリのところで包囲射撃を回避した。
「化け物を逃がすな!」
森林偵察隊も素早く移動して、半包囲を維持しながら射撃を続ける。しかも俺が接近しようとすると、半包囲したまま逃げる。
「完全に対策されているな……!」
俺は歯を食いしばった。やつらは俺との近接戦闘を極力避けている。近接戦闘では俺に勝てないと知っているのだ。それに木々が生い茂った森での戦闘……俺の巨体では速度を出しにくい。
もしここが平地だったら、全速力で突進して半包囲を突破できるだろう。しかし今は俺が1歩進む度に木の枝や根に邪魔され、どうしても速度が落ちてしまう。圧倒的な筋肉と巨体は俺の長所だが、森の中では欠点も大きいのだ。森林偵察隊はその事実を最大に利用し、距離を広げて多角度から射撃してくる。
敵ながら見事だ……と俺は内心感心した。森での戦闘なら、この『森林偵察隊』はまさに最上級の精鋭部隊に違いない。だが……俺にも対策がある!
俺は大剣を右手から左手に持ち替えて、右手で石を拾い上げた。そして全身の筋肉を集中し、全力で石を投げ飛ばす!
「はあああっ!」
投げられた石はとんでもない速さで空を切って、右端の森林偵察隊の頭に向かう。やつは慌てて石を避けるが、俺は隙を逃さず次の石を投げ飛ばした。
「くっ……!」
右端のやつは脚に石が的中する。たぶん骨が折れたんだろう。もう逃げられない!
「ぐおおおお!」
俺は射撃を避けながら、右端のやつに向かって突進し……そいつの腹に拳を打ち込んだ。右端のやつが気絶してしまうと、首を掴んで持ち上げた。
「しばらく盾になってもらおう」
敵の体を盾にして、俺はもう1度突進した。すると4人の森林偵察隊は慌てて射撃を中止する。
「化け物め……!」
森林偵察隊は困惑した。まさか俺が成人男性の体を持ち上げたまま突進してくるとは、想像もできなかったんだろう。
「うおおおお!」
包囲網との距離が近くなった時、俺は持ち上げていた敵の体を投げ飛ばして……他の敵にぶつけた。それで包囲網は崩れてしまい、森林偵察隊は逃げ始める。
「うっ!?」
だが次の瞬間、今回は俺の方が驚いた。1人の森林偵察隊が方向を変えて、シェラたちの方に突進したのだ。
「こいつ……!」
俺はシェラたちを守るために全力で走った。しかし結構距離が離れている。このままでは……!
「でいやっ!」
森林偵察隊はシェラたちに接近し、剣を抜いて攻撃する。俺は心臓が張り裂けそうになり……シェラの名を叫んだ。
「はあっ!」
絶体絶命の時、シェラが気合の声を上げて……木の枝で反撃した。完璧なタイミングの反撃だ。森林偵察隊は反撃にやられる寸前、急いで後退する。
「うおおおお!」
俺は全力で跳躍して、シェラと対峙している森林偵察隊の頭上に移動した。そしてやつの頭を踏みにじった。
「レッド!」
敵が気を失うと、シェラが明るい顔で俺に近づいた。俺は内心ため息をついた。
「……よくやった、シェラ」
「これくらい、どうということもないよ!」
シェラは得意げな顔でそう言った。
「そっちも片付いたみたいだね」
白猫が俺たちに近づいてきた。彼女の様子からして結構苦戦したみたいだけど、とうにか敵を撃退できたようだ。
「新手が来る前に、早く行きましょう」
「ああ」
俺はタリアを背負い、シェラは倒れている敵の剣を装備した。そして俺たちは急いで森の中を進んだ。
「……あの女、敵じゃないみたいね」
シェラが小さい声で言った。俺は頷いた。さっきの戦い……白猫の助力がなかったら相当危なかったはずだ。
まだ白猫にはいろいろ怪しい点がある。でも今は彼女の案内にしたがって行動した方が良さそうだ。
「ちっ」
ところが10分くらい進んだ時……また後ろから気配がした。もう新手が現れたのだ。
「……これではキリがないわね」
白猫が眉をひそめて言った。
「私が時間を稼ぐから、貴方たちは城に向かってちょうだい」
「……いいのか?」
俺が低い声で聞くと、白猫はニヤリと笑う。
「お姉さんのこと心配してくれるの?」
「誰がお姉さんだ」
「ふふ」
白猫はもう1度笑ってから、突然真面目な顔になる。
「私は大丈夫だから、早く行って!」
「ああ」
確かにこのままでは全員危ない。俺は白猫に後ろを任せて、森の中を進み続けた。
「もうすぐ城だ……!」
あと5分くらい進めば、城に辿り着ける。本当に城が安全な道なら……これで助かる。
「はあ……はあ……」
シルヴィアが荒い息をする。もう体力が限界なのだ。俺は手を伸ばして彼女を抱き上げ、走り続けた。
「レッド!」
シェラが声を上げた。ついに森が終わり……城の姿が見え始める。
俺はシルヴィアとタリアを地面に下ろした。そして3人の少女の顔を見渡した。
「俺が先に様子を見てくる。ここに隠れていろ」
3人の少女は頷いた。俺はなるべく音を立てずに森の端に行って……城の方を注視した。
「ハリス男爵……」
俺は目を見開いた。城の前にはハリス男爵が立っていた。




