第198話.復活の剣
朝目を覚ますと、ベッドの白いシーツが視野に入った。
シャワー室で簡単に洗ってから普段着に着替えた。そして部屋の中を見回したら……いろんな木造彫刻が視野に入った。
森、動物、城、城下町などが木造彫刻で再現されている。どれも素晴らしくて、美しい。全部ハリス男爵の作品だ。
「16歳の春……」
昨日聞いた話を思い出した。ハリス男爵は、自分自身の時間が16歳の春に止まっているんだと言っていた。彼から貴族特有の高圧的な態度が見られないのは、たぶんそのせいだと。
俺は自分の16歳の春を回想してみた。あの時の俺は……鼠の爺から格闘技を教わっていた。この世に対する反撃を夢見て、毎日毎日命をかけて鍛錬していた。ある意味『純粋』だった。
しかし俺は変わってしまった。小さなきっかけが……小さな少女との出会いが、俺を変えてしまった。俺はもう復讐心とか憎悪だけで動いているわけではない。もっと大きな道を歩いている。
ふとこんな考えが頭をよぎった。もし俺が……アイリンに出会えなかったら?
「レッド」
いきなり声が聞こえてきた。俺ははっとして扉の方を振り向いた。長身で健康的な体型の少女、シェラがそこに立っていた。
「起きていたの?」
「ああ」
俺は頷いてからシェラの方に近づいた。シェラは怪訝そうに俺を見上げる。
「1人で何していた?」
「ちょっと考え事をしていたさ」
「考え事? レッドには似合わないね」
「へっ」
俺は苦笑してシェラの額にキスした。
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今日も俺は3人の少女たちと一緒に、ハリス男爵領の名所を見回ることにした。もちろん案内役はこの地の領主……ハリス男爵だ。
「では皆さん、行きましょうか!」
ハリス男爵が満面に笑みを浮かべて声を上げる。俺たちは一緒に城を出て、森の中を進んだ。数人の非武装兵士たちが護衛としてついてきた。
「いろいろ案内してくれてありがとう」
俺がハリス男爵に礼を言うと、彼は笑顔で「どういたしまして」と答える。
ハリス男爵にも領主としての仕事がある。それなのに時間を割いて案内してくれているんだから、ありがたいことだ。まあ、ハリス男爵本人もとても楽しそうだけど。
「そう言えば……」
一緒に森の道を歩いている途中、俺はふとハリス男爵に話しかけた。
「ここには『森林偵察隊』という部隊があると聞いた」
「ああ、そうでございます!」
ハリス男爵が大きく頷く。
「彼らはこの地の森を守るための特殊部隊です! まさにハリス男爵領の誇りだと言えるでしょう!」
「興味深い話だな」
俺がそう言うと、ハリス男爵が手を叩く。
「じゃ、今日はまず森林偵察隊を見にいきましょうか!」
「それはいいな」
名所を見回るのも嫌いではないけど、やっぱり特殊部隊の方が興味が湧く。噂の『森林偵察隊』を直接見られるのは嬉しい。
しばらく森の中を進んだら、いつの間にか高い建築物が視野に入ってきた。あれは……『監視塔』だ。あの塔の上に歩哨が立って、敵の出現や火災などを監視するわけだ。俺も自分の領地にいくつかの監視塔を建てた。
俺たちが監視塔に近づくと、塔の内部から2人の兵士が出てきた。
「領主様」
2人の兵士が片膝を折って、ハリス男爵に頭を下げる。
「彼らこそ、この地の誇りである『森林偵察隊』の一員です」
ハリス男爵が笑顔で説明した。俺は『森林偵察隊』の2人を注意深く観察した。
2人は軽い服装をして、長い弓を背負っている。全身に筋肉がついているが、どちらかというと細い体型だ。腕力と素早さを同時に持ち合わせているんだろう。そういうところはレイモンに似ている。
一目で精鋭だと分かる戦士たちだ。俺は内心感嘆した。
「『森林偵察隊』は森を守るための特殊部隊……ゆえに前回の戦争には参加しませんでした」
「なるほど、ハリス男爵領の切り札というわけだな」
「はい」
ハリス男爵が頷く。
「10年くらい前、大規模の山賊がこの地に侵入したことがありますが……『森林偵察隊』の手によって、たった5日で全滅しました」
「凄いな」
俺が素直に感心すると、ハリス男爵は満足気な顔で「では、彼らの腕前を見てみましょうか」と言った。
「君たち」
ハリス男爵が呼ぶと、2人の『森林偵察隊』は「はっ」と答える。
「せっかくだから、お客さんの前で君たちの弓術を披露してくれないかね」
「かしこまりました」
2人の『森林偵察隊』は立ち上がり、弓を手にする。そして素早く弓に矢を番えて放つ。矢は空を飛び、数十歩離れたところに立っている細い木に刺さる。1本目、2本目、3本目……矢が次々と細い木に、しかも真ん中の1点に刺さる。
「おお……!」
タリアが感嘆の声を漏らす。『森林偵察隊』の弓術は、素早い上に正確すぎる。俺の軍隊にも腕のいい弓兵がいるけど……ここまでの弓術は流石に見たことがない。
やがて2人の『森林偵察隊』が手を止めた。1人が5本ずつ矢を放って、全部で10本の矢が真ん中の1点に刺さった。俺と3人の少女たちは拍手した。
「2人ともよくやった。これは褒賞だ」
ハリス男爵が2人の『森林偵察隊』に金貨を何枚か渡した。2人は「感謝いたします」と言ってから矢を回収し、監視塔に戻った。
「彼ら『森林偵察隊』は、森に出没する猛獣の退治も担当しています。100名くらいの小規模部隊ですが、森の中を安全に歩けるのは彼らのおかげです」
「なるほど」
あれほど有能な部隊なら、1度指揮してみたい。軍隊の総指揮官として、俺は真面目にそう思った。
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その日の観光の最後は……大きな湖だった。
ハリス男爵の城から更に北に進むと、深い森を背景にして真っ青な湖があった。まるで宝石を見ているような綺麗な湖だ。
「ここは『新緑の湖』と呼ばれています」
ハリス男爵が笑顔で説明を始める。
「春になったら、何故かこの周りの木々が真っ先に鮮やかな緑色の葉を茂らせます。その光景がとても美しくて、近所の村人たちは小さな祭りを開くほどです」
俺と3人の少女たちは湖を見つめた。今は冬が近いけど……それでも美しい。ハリス男爵の城と同じく、童話に出てくるような湖だ。
「凄く綺麗……」
シェラが湖に近づいて、水面を見下ろす。
「注意してください、シェラさん」
ハリス男爵が声を上げる。
「この湖は、見た目より意外と水深が深いです」
「そうですか」
シェラは湖から少し離れる。ハリス男爵は安心したように笑みを浮かべる。
「実は……この湖にはちょっとした伝説がありましてね。たまに出るんですよ」
「出る……?」
俺が首を傾げると、ハリス男爵は声を低くして「はい、幽霊が出ます」と答える。
「ゆ、幽霊ですか!?」
シェラが目を丸くした。普通の兵士より強い彼女だが、この手の話には弱い。
「はい、もう100年以上昔から伝わる話ですが……」
ハリス男爵は真面目な顔で『伝説』を語り始めた。
「当時のハリス家の当主は、ウィル・ハリスという人物でした。彼は普段から『名剣』に興味があって、いろんな国々の名剣を収集するのが趣味だったんです」
名剣か。俺もちょっと興味あるな。
「しかしウィル・ハリスは目が高すぎて……どんな名剣を手にしても満足できませんでした。それで結局自分の趣味が虚しくなり……ある日突然城を出て、目的地もなくただただ森の中を歩きました」
ハリス男爵が美しい湖に視線を投げる。
「ただただ歩いているうちに、彼はこの湖に辿り着きました。そして湖の前に立っている白服の女性に出会ったんです」
「白服の女性って……」
シェラが軽く身震いする。タリアも同じだ。
「その白服の女性は、両手に錆びついた古い大剣を持っていました。ウィル・ハリスは怪訝に思って、白服の女性に近づきました」
ハリス男爵は淡々とした口調で話を続ける。
「ウィル・ハリスが『そこの君、手に持っているのは何だ?』と聞くと……白服の女性は『唯一無二の名剣です』と答えました。しかしどう見ても彼女が持っているのは錆びついた古い大剣だったので、ウィル・ハリスはますます怪しいと思いました」
ハリス男爵は視線を落として、湖の水面を見つめる。
「ウィル・ハリスが黙っていると、白服の女性は彼に近づき……両手で大剣を捧げました。ウィル・ハリスが無意識に大剣を受け取ると……白服の女性の姿がいきなり消えてしまったんです」
シェラとタリアが更に怯えて、湖からそっと離れた。
「ウィル・ハリスは城に戻り、職人に指示して錆びついた古い大剣を修理させました。そして数日後、修理が終わり……古い大剣は本当に唯一無二の名剣になったんです」
ハリス男爵は少し間を置いてから、俺の方を見つめて口を開く。
「ウィル・ハリスはやっと気付きました。本当の名剣は……たとえ1度錆びついたとしても、諦めない限りまた復活するものだと。ゆえに彼はその名剣を『復活』と名付けました」
俺は頷いた。なかなか面白い伝説だ。
「それ以後、この湖で不思議な女性……つまり『湖の幽霊』を目撃したという噂がたまに流れます。まあ、真意は分かりかねますが」
ハリス男爵が笑顔を見せた。シェラとタリアは手を繋いだ。
「面白い話だな。本当に唯一無二の名剣が存在するんなら、俺も見てみたい」
俺がそう言うと、ハリス男爵が手を叩く。
「レッドさんならそう仰ると思っておりました! では、実物を見せて上げましょう!」
「何?」
「おい、あれを持ってこい!」
ハリス男爵が護衛の兵士たちに指示を出すと、兵士たちは大きな木箱を持ってきた。ハリス男爵は木箱を開けて、その中から何かを取り出す。
「レッドさん、これこそが……」
それは……大剣だ。成人男性の身長を超えるほど長い大剣だ。
「これこそが、我がハリス家に代々伝わる名剣『リバイブ』です!」
ハリス男爵は両手で大剣を掴んで、俺に見せた。
俺はその大剣を注視した。眩しいほど綺麗に鍛造された刃、堅固に作られた鍔、緑色の宝石が付いている柄……思わず感嘆の声が漏れるほどの名剣だ。
「レッドさん、どうぞこれを……受け取ってください!」
ハリス男爵が大剣を大事に掴んだまま近づいてきた。そしてゆっくりと動いて、両手で俺に大剣を渡す。
「これを……俺に?」
俺が驚くと、ハリス男爵は大きく頷く。
「レッドさんの剣が壊れたという話を聞いて、私は気付きました! この剣を渡すのが私の役目だと!」
「いや、しかし……これはハリス家に代々伝わる宝だろう? そんなものをもらうわけには……」
「大丈夫です!」
ハリス男爵が笑顔を見せる。
「ご覧の通り、私には武の才能がありません。唯一無二の名剣があっても持ち腐れです。レッドさんのような英雄に使われてこそ、この剣も存在価値を証明できるでしょう!」
ハリス男爵は確信に満ちた顔だ。結局俺は彼から大剣『リバイブ』を受け取った。
「……素晴らしい」
手に取った瞬間分かった。この鋭さと重さ……鋼すら両断できる宝剣だ。もういくらお金があっても手に入らないものだ。
俺は『リバイブ』を軽く振るってみた。空気を切る音と共に刃が光る。
「おお……!」
ハリス男爵が感嘆の目で俺を見上げる。俺は大剣を下ろして、彼を見つめた。
「ありがとう。大事に使うよ」
「光栄です! これで私の名前も、レッドさんの叙事詩に載せられるでしょう!」
ハリス男爵は大声で笑った。俺は彼にもう1度礼を言ってから、大剣『リバイブ』の美しい姿を眺めた。




