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第195話.北への旅

 翌日の朝、俺は執務室でエミルと話した。


「……そういうわけで、ハリス男爵の城を訪問するつもりだ」


 俺が説明を終えると、エミルが眉をひそめる。


「そんな約束、一々守る必要なんてありませんよ」


「そうかもしれない。でも俺は、あの男爵とはこれからも協力し合いたい。いざという時、心強い味方になってくれるだろう」


 ハリス男爵なら信頼できる。俺はそう思った。しかしエミルは釈然としない顔だ。


「総大将が人を見る目を持っているのは知っています。しかし……いくら何でも他人を信頼しすぎではありませんか?」


「何?」


 俺は首を傾げた。


「まさかハリス男爵が俺の命を狙うかもしれないと……?」


「その可能性はあります」


 エミルが冷たく言った。


「領主が他の領主の領地を旅することは、極めて危険な行為です。国王ですら軍隊を連れていくのが普通です」


「それもそうだけど」


 俺は腕を組んだ。


 ハリス男爵が暗殺を謀るとは到底思えない。あのパン屋の店主みたいな男爵は……アップトン女伯爵が幼かった頃、彼女を助けてくれた張本人だ。そんな人が客を暗殺……?


「100人くらい、護衛を連れていくべきです」


 エミルがそう言ってきたが、俺は首を横に振った。


「多すぎる。他人の領地にあんな大人数を連れていけば、流石に怪しまれるさ」


「では50人にしましょう。これが最小値です」


「50人か……」


 まだ多い気がするけど、50人くらいならハリス男爵も了承してくれるだろう。


「分かった。歩兵50人を連れていく」


「はい、トムに手配させます」


 エミルが無表情で答えた。それでその会話は終わった。


---


 それから俺は更に仕事に集中した。


 領主として、可能な限り自分の領地にいるべきだ。領主が自分の領地から離れると、領民たちは不安がるのだ。それは分かっているけど……約束は約束だし、ハリス男爵の城に行かなければならない。


 だからこそ仕事に集中して、領主としての義務を果たしておきたい。予算の編成、裁判、軍隊の訓練、道路の整備など……やるべき仕事はたくさんある。


 参謀のエミル、軍隊指揮官のカレン、副官のトムが仕事を手伝ってくれた。シルヴィアは会計士として働き、シェラは秘書として旅の準備をやってくれた。


 もちろん最終決定者は俺だから、どんな仕事も最終的には俺が確認する必要がある。いくら部下たちが有能でも、俺が手を抜くことはできない。


 やがて1週間が過ぎ……書類と戦う日々が終わった。そして俺はまた3人の少女たちと旅をすることになった。


---


 朝の冷たい空気を吸いながら城門の近くに行くと、5台の馬車と50人の兵士たちが視野に入った。


「レッド!」


 旅行用の馬車の隣からシェラが手を振った。シェラのすぐ傍にはシルヴィアとタリアもいる。俺は少女たちに近づいた。


「準備はいいか?」


 俺が聞くと、シェラが笑顔を見せる。


「もちろん! さあ、早く出発しましょう!」


「ああ」


 その時、城の方から小柄の少年が現れた。俺の副官であるトムだ。


「総大将!」


 トムは俺の軍馬ケールを連れていた。俺はケールに近づいて、真っ黒な頭を撫でてから背中に乗った。


「トム」


「はっ!」


「俺のいない間、城を頼む」


「かしこまりました!」


 トムが真面目な顔で答えた。


 前回の旅行とは違って、トムには城の留守番をしてもらう。この城のことならトムが一番詳しいし……何よりも、エミルとカレンを2人きりにさせるのは不安だ。


 シェラとシルヴィアとタリアが馬車に乗った。俺とケールが城門を出ると、5台の馬車と50人の兵士たちがついてくる。


「領主様だ!」


「おお!」


 城門の外にはもう領民たちが並んでいた。やっぱり領民たちにとって、俺の一挙一動は娯楽のようだ。少し不思議な感じだが……まあ、仕方のないことだろう。


「……少し寒いな」


 もうすぐ11月だし、やっぱり気温が低い。俺は寒さに強いし、兵士たちは訓練されているから大丈夫だけど……3人の少女たちが心配になる。


 シェラはそこら辺の兵士より強いから問題ないはずだが、シルヴィアとタリアは普通の少女だ。馬車に乗っているとはいえ、長距離の旅に耐えられるんだろうか。


 今回の旅は急いだ方がいいかもしれない。俺はそう思いながら、北へと進んでハリス男爵の城に向かった。


---


 2時間くらい後、俺たちは森の隣で足を止めた。休憩の時間だ。


 兵士たちは干し肉などの非常食を食べて、革水筒の水を飲んだ。道を急いだせいで彼らも少し疲れている。


 シェラとシルヴィアとタリアが馬車から降りた。前回の旅行とは違って、3人の少女は防寒用のコートを着ている。これからどんどん寒くなるだろうから、そういう対策はしっかりだ。


 俺もケールから降りて3人の少女に近づいた。すると少女たちは笑顔を見せる。


「北への旅か。何かドキドキする!」


 シェラが伸びをしてから、俺を見上げる。まるで子猫みたいな仕草だ。


「でも……やっぱり前回と比べて護衛が多いね」


 シェラは森の近くで休憩している兵士たちを見つめた。


「50人も連れていく必要があるの?」


「まあな」


 俺は肩をすくめた。


「エミルが最小でも50人は連れていくべきだと言ってな」


「そうなんだ」


 シェラが頷くと、隣のシルヴィアが口を開く。


「他人の領地を旅するわけですから、これでも少ない方だと存じます」


「シルヴィアもそう思うのか」


「はい」


 シルヴィアは冷静な顔で頷いた。


「露骨な表現をすれば、貴族社会は陰謀で成り立っています。護衛無しで他人の領地を訪問する貴族は、もういつ殺されてもおかしくありません」


 シルヴィアの説明が終わると、隣のタリアがびっくりする。


「そ、それは怖いです!」


 タリアは身震いをした。猫に怯えているハムスターみたいな仕草だ。


「貴族社会って、ある意味裏社会より怖いんですね」


 シェラも顔をしかめる。


「でもハリス男爵っていい人なのよね? レッド」


「ああ」


 俺は頷いた。


「彼は人格者だ。俺が保障する。まあ……事件が起きる可能性はゼロではないけどな」


「そうだね」


 シェラは頷いてから、胸の前で拳をグッと握ってみせる。


「いざとなったら、私がレッドやみんなを守って上げる! カレンさんから教わった剣術でね!」


 シェラが自信満々に言うと、怯えていたタリアが目を輝かせる。


「おお、流石シェラ様です! 私めの命、シェラ様にお預けいたします!」


「うん、任せて!」


 シェラとタリアが笑った。シルヴィアもそんな2人を見て微笑んだ。


 それにしても……前回の旅行以来、この3人は本当に親しくなった。生まれも育ちも違う3人なのに……もう親友だ。


 3人の少女は楽しく立ち話しながら、笑ったり驚いたりした。俺はひたすら彼女たちを見守った。

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