第193話.やつらの情報が欲しい
デリックの墓参りを終えて、俺はロベルトの屋敷に戻った。
ロベルトの屋敷はいつ見ても豪邸だ。高い壁に囲まれて、広い建物が建っている。屋根は黒くて、壁は白い。普通に大貴族の住処に見える。
その屋敷の前に1台の馬車が止まっていた。赤と白に塗られている華麗な馬車だ。そして馬車の近くには3人の少女がいる。シェラとシルヴィアとタリアだ。
「レッド!」
シェラが俺に手を振った。俺が近づくと、彼女は俺を見上げる。
「墓参りは終わった?」
「ああ」
「そうか。じゃ、もう出発する時間だね」
「そうだな」
俺は頷いて、後ろを振り向いた。『レッドの組織』の6人が並び立って俺を見つめている。
「お前らとはまたしばらくお別れだな」
俺がそう言うと、組織員たちは残念そうな顔をする。
「ボス」
ゲッリトが俺を呼んだ。
「何かあったら、必ず俺たちを呼んでください」
「ああ、もちろんだ」
俺は笑顔を見せた。
「お前らのこと……頼りにしている。近いうちに、また一緒に戦おう」
組織員たちが口を揃えて「はっ!」と答える。
「レッドさん」
屋敷の玄関からロベルトが出てきた。彼は俺の馬……つまりケールを連れていた。
「この馬、本当に素晴らしいですね。レッドさんのような英雄に相応しいです」
「ありがとう」
俺はケールに乗った。するとケールが少し身震いする。ここ最近、思う存分走れなくて退屈だったみたいだ。
「では……また会おう、ロベルトさん」
「はい。レッドさんのご健勝をお祈り申し上げます」
ロベルトは俺に挨拶してから、シェラの方を見つめる。
「お前も……くれぐれも気を付けてくれ」
「うん」
シェラは自分の父親に笑顔を見せる。
「父さんも元気でね。あ、お酒は控えめにね」
「分かった」
ロベルトは苦笑したが、彼の瞳には涙が浮かんでいた。
やがて3人の少女たちが馬車に乗った。そしてケールと馬車はロベルトの屋敷から離れ始めた。俺は馬に乗ったまま後ろを振り向いて、大事な人々に手を振った。
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南の都市から出発した俺たちは、まず東の要塞に行った。そこでトムや護衛の兵士たちと合流し、俺の城への帰路についた。
天気はとてもいい。南の都市は普段から日差しが強い方だけど、10月はそこまで暑くもない。本当に気持ちのいい秋だ。おかげでケールも少し浮かれている。
綺麗に整備された道路を走っていると、ふと道端に咲いている花が視野に入ってきた。黄色い花……『フクロウ』の墓に置いてあったものと同じ花だ。
「フクロウ……」
俺は思わず呟いた。そしてフクロウのことを思い浮かべた。
彼は『夜の狩人』の一員だった。『夜の狩人』は、お金さえもらえばどんな人間の頭も刈り取る暗殺集団だ。まるで怪談みたいな話だが……やつらは実存する。
2年前、フクロウは『アンセル』という男に雇われていた。アンセルは自分の野望のために、南の都市に薬物を広げていた。そしてフクロウに指示を出し、自分に関する情報を徹底的に隠蔽した。
俺はアンセルを追跡し、その途中でフクロウと2回戦った。1回目の戦いはフクロウの逃走で終わり、2回目の戦いで……フクロウは命を落とした。
フクロウとの戦いは、今までの中で1番危険だった。激戦の末、俺も危うく命を落とすところだった。それは……フクロウが俺の師匠である『鼠の爺』と同じ技を使っていたからだ。
しかし……一体誰が彼の墓に花を捧げたんだろうか。何かの間違いとかイタズラではないと仮定すると……やっぱり『夜の狩人』の一員が?
あり得る話だ。『夜の狩人』はまだ6、7人くらい残っていると聞いた。その中の誰かが仲間の墓を探し出して、花を捧げたとしても別におかしい話ではない。
フクロウの仲間が定期的に墓参りをしていて、偶然俺が花を見つけた。それが真相なんだろうか。
「……総大将」
ふと傍から声が聞こえてきた。白馬に乗っているトムだ。
「何かお悩みでも……?」
「いや」
俺は首を横に振った。
「それよりトム」
「はい」
「南の都市にいた時、何か異常があったのか?」
「異常ですか?」
トムが首を傾げる。
「いいえ、別に何もありませんでした」
「そうか」
俺は頷いた。
もしフクロウの仲間がいて、俺への復讐をしたいのなら……いくらでも襲撃する機会があった。南の都市にいた時、俺は別に護衛を連れていなかったのだ。
でも何も起こっていない。ということは……死んだフクロウの復讐をするつもりはないんだろうか。
「……情報がないな」
俺は肩をすくめた。現時点では何とも言えない。
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帰路についてから数日後……俺はやっと自分の城に辿り着いた。
正午に城下町に進入すると、領民たちが並んで俺を見つめた。彼らにとって、俺はもう1つの娯楽かもしれない。俺の一挙一動が面白いんだろうか。
3人の少女たちは結構疲れていた。馬車に乗っていたといえ、長い旅路だったから無理もない。
「私たちは先に休憩する」
城に入ってから、シェラがそう言った。俺が頷くと3人の少女たちは各々の部屋に向かった。
俺は3階に登って、執務室に入った。すると机に座って仕事をしているエミルが見えた。
「総大将」
エミルが席から立ち、簡単に挨拶してくる。
「ご旅行はいかがでしたか?」
エミルの質問に俺は思わず笑った。
「お前がそんなことを聞いてくるとはな」
「……総大将の私生活は、総大将個人のものではありません」
「なるほど、そうだったな」
俺は領主の席に座った。
「別に異常はなかったよ。楽しい旅行だった」
「そうですか」
エミルが無表情で頷いてから、足を運んで俺の席の前に立つ。
「『ウェンデル公爵』からの回答について報告します」
「もう回答が来ていたのか」
俺は顎に手を当てた。
「で、どういう内容なんだ?」
「簡単に説明すれば……私たちに協力するつもりは毛頭なし、とのことです」
「そうか」
俺は苦笑した。
『ウェンデル公爵』は、この王国を混乱させた『3公爵の抗争』の主役の1人だ。彼は王位のために他の2人の公爵と戦い……現在、敗北する寸前まで追い詰められている。
俺はそんなウェンデル公爵に協力して……いずれ彼を傀儡にするつもりだ。しかし当のウェンデル公爵は俺の協力を拒んだわけだ。
「何か特別な理由でもあるのか? 俺の協力を拒んだのは」
「別に特別な理由というわけでもありませんが……」
エミルの声が冷たくなる。
「どうやら彼は『平民の野心家』を信頼するつもりはないみたいです」
「なるほどね」
俺は笑った。
「俺が言うのもあれだけど……妥当な判断だな」
「その通りです」
エミルが頷く。
俺の力はもう証明された。俺がカーディア女伯爵の大軍を真っ向勝負から撃破したことは、もうこの王国の有力者たちに伝わったはずだ。そして俺が野心を持っているということも……大体伝わったはずだ。
つまり……大貴族たちからすれば、俺は危険人物以外の何者でもない。
「別の糸口はないのかな?」
「無論あります」
俺の質問に、エミルは無表情で答える。
「ウェンデル公爵はかなり危険な状態です。今はどうにか耐えているけど、いずれ他力に頼るしかなくなるでしょう」
「それでも俺の協力を拒んだら?」
「もしそれでも拒むのなら……他の2人の公爵に連絡して、ウェンデル公爵を徹底的に破滅させればいいだけのことです」
エミルの声が更に冷たくなる。
「総大将の力は、3公爵の抗争において決定的な要因になり得る。大貴族たちもそれを理解して、こちらを注目していますよ」
「へっ、それは光栄だな」
俺は思わず笑った。
それから俺は領地の情勢についてエミルと話し合った。幸いこちらも異常はないみたいだ。
「どちらにしろ、今年はもう何も無さそうだな」
「具体的な動きは来年でしょう」
「それは安心だ」
俺は少し考えてからエミルを見つめた。
「エミル……『夜の狩人』という名を聞いたことがあるか?」
その質問にエミルが眉をひそめる。
「伝説の暗殺集団と呼ばれている組織のことですね。以前総大将がその一員と戦ったと聞きましたが」
「ああ」
「それがどうかしましたか?」
「実は……やつらの情報が欲しい」
俺はエミルの顔を直視した。
「そう簡単に尻尾を掴むことはできないだろうけど……小さいことでもいいから、情報を集めてくれ」
「……分かりました。総大将の命令なら」
エミルはそう答えてから自分の席に戻る。
エミルの率いる情報部はかなり優秀だ。メイドや行商人、傭兵などを使って王国各地から情報を集めている。もしかしたら『夜の狩人』の情報も手に入るかもしれない。
ま、向こうも伝説とか呼ばれているやつらだし……望みは薄いかもしれない。でも今できることをやってみるしかない。俺はそう思った。




