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第192話.生と死

 週末の夕べ、俺は少女たちと一緒に街を歩いた。目的地はレイモンの家だ。


 途中で商店街に立ち寄って、果物とパン、そして花鉢などを買った。


「しかし……赤ちゃんが果物やパンを食べられるのか?」


 俺が首を傾げてそう言うと、シェラが睨んでくる。


「バカ! これはエリザさんのためなの!」


「まあ、そうだな」


 俺は苦笑した。


 手土産をいっぱい持ってレイモンの家に行き、扉をノックした。するとレイモンが扉を開けてくれた。


「ボス」


「レイモン」


 俺はレイモンに手土産を渡した。レイモンは笑顔で「ありがとうございます」と言ってから、俺たちを家に迎え入れてくれる。


 家に入ると、エリザさんが応接間のソファーに座っているのが見えた。彼女は赤ちゃんを抱いていた。


「レッド様」


 エリザさんがソファーから立ち上がって頭を下げようとする。俺は素早く手を振ってみせた。


「いいんだ。ゆっくりしてくれ」


「ありがとうございます」


 エリザさんが笑顔を見せる。俺はレイモンの方を振り向いた。


「そう言えば……赤ちゃんの名前が決まったって?」


「はい」


 レイモンが温厚な顔で答える。


「いろいろ考えましたが、エリザの意見に従って『エイミ』に決めました」


「エイミか。いい名前だな」


 俺は頷いた。


「エイミちゃんはどうしてこんなに可愛いんでしょう!?」


 シェラがソファーに座っているエリザに近づいて、赤ちゃん……いや、エイミの顔を覗く。シルヴィアとタリアも同じくエイミに近づく。


「ほら、お姉ちゃんが抱っこしてあげるね!」


 シェラはエリザさんからエイミを受け取り、優しく抱いた。


「ね、レッドも見てよ! エイミちゃんとても可愛いよ!」


「いや……」


 シェラの言葉に俺は困惑した。


「俺の顔を見たら、赤ちゃんが驚くかもしれない」


「まさかそんなはず……あるかな?」


 シェラも困惑すると、エリザさんが笑う。


「レッド様は私たちの恩人ですし、エイミもきっと喜ぶと存じます」


「まあ……分かった」


 俺は戸惑いながらもエイミに近づいた。


「どれどれ……」


 息を殺して、おくるみに包まれているエイミの顔を覗いた。すると赤ちゃんが笑う。可愛い。


「ほら、エイミちゃんが笑った!」


 シェラも笑った。俺はホッとした。


 しばらくエリザさんや少女たちと話してから、俺はレイモンと一緒に家を出た。そして近くの並木の下に行った。静かな場所だ。


「レイモン」


「はい、ボス」


「もう聞いたはずだけど、俺たちは予定通り明日帰還を始める」


 俺はレイモンの顔を見つめた。


「少なくとも来年の春までは戦争がないはずだ。家族や組織の一員たちとゆっくり過ごしてくれ」


「ありがとうございます」


 レイモンが頭を下げる。


 『平和とは戦争の準備期間に過ぎない』……と鼠の爺は言っていた。確かにその通りかもしれない。しかし……たとえ束の間の平和だとしても、そこから幸せが生まれるんなら十分価値がある。


「あ、そう言えば……」


 ふと俺は大事なことを思い出した。


「明日の朝、出発する前に……デリックの墓参りに行きたいな」


「それはいい考えと思われます」


 レイモンが頷く。


「ボスが足を運ばれると、デリックも喜ぶでしょう」


「そうだといいな」


 俺もゆっくりと頷いた。


---


 その日の夜は……レイモンの家で簡単なパーティーを開いた。


 少女たちはエイミと離れることが残念みたいだ。でも仕方がない。いつまでもここに止まっているわけにはいかない。


 そして翌日の朝、俺は『レッドの組織』の一員たちと一緒に都市の北に向かった。


 空は晴れている。歩いているだけで気持ちがいい天気だ。


「あの戦いも、もう2年前ですね」


 ふとゲッリトが口を開く。


「この都市では、未だに話題になっていますよ。俺たちの活躍」


「そうか」


 確かにあれだけの事件は珍しいだろう。


「ちょっと不思議な気持ちです」


 今度はジョージが口を開いた。


「俺たちの活躍が何年も……いや、ひょっとしたら何十年も語れるかもしれないと思うと……何と言うか……」


 ジョージが後頭部を掻く。適当な表現が見当たらないようだ。それを見てリックが声を上げる。


「まるで大きな物語の一部になった気持ち……ですよね?」


「そうそう、それだ!」


 リックの言葉にジョージが大きく頷いた。


 大きな物語の一部になった気持ちか……それなら俺にも心当たりがある。


 俺はひたすら自分の思うがままに戦ってきた。しかしいつの間にか多くの人々に影響を与えて、多くの人々から影響を受けている。


 俺の意志で始めた戦いだけど……もう俺1人だけのものではない。


 やがて俺たちは共同墓地に辿り着いた。そして入り口を入って左に行き、ある墓の前に立ち止まった。その墓の墓石には『俺たちの仲間、デリックがここに眠る。彼は最後まで誰よりも強い意志を見せてくれた』と書かれている。


 俺は用意してきた花を置いて、黙祷を捧げた。組織の一員たちも沈黙の中で黙祷を捧げた。


 1人が生まれ、1人が死ぬ。世界はそうやって保たれる。ふとそんな考えが頭に浮かんだ。


 黙祷を終えて……俺は思わず隣の墓を見つめた。それは……『フクロウ』の墓だ。暗殺集団『夜の狩り人』の1人であり、俺の命を狙った強敵『フクロウ』は……デリックの隣に眠っているのだ。


「……ん?」


 そして次の瞬間、俺は少し驚いた。フクロウの墓の前に……黄色い花が置いてあった。


「誰が……?」


 俺はフクロウの墓に近づいて、花を拾い上げた。まだ枯れていない。つまり……誰かが最近ここに置いたのだ。


「みんな、この花について心当たりがあるか?」


 組織の一員たちに聞いてみたが、みんな首を横に振る。彼らも何も知らないようだ。


「おかしいな……」


 何かの間違い? 誰かのイタズラ? 俺はその黄色い花を手にしたまま、考えにふけった。

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