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第190話.この風景かもしれない

 翌日から、俺は3人の少女たちに振り回された。


 シェラとシルヴィアとタリアは、南の都市を隅々まで探訪するつもりのようだ。港の船着き場、郊外の農場、商店街の路地裏……俺は少女たちと一緒にいろんなところを歩き回った。


 商店街のレストランで昼食を取った後、俺たちは都市の中央に向かった。するとどんどん周りの風景が灰色に変わっていき、いつの間にか俺たちは古い建物に囲まれていた。


「ここから旧市街地!」


 シェラが笑顔で声を上げた。


「ここの建物や道路は、数百年前に作られたんだよ」


「おお、凄いです!」


 シェラの説明を聞いて、タリアが目を輝かせる。


「どこか王都と似ていますね!」


「そうなの?」


「はい!」


 タリアは大きく頷く。


「王都にも古い建物や道路がいっぱいあります!」


「だろうね。王都も確か数百年前に作られたからね」


「そうです!」


 タリアが手を叩く。


 話し合いながら旧市街地を歩いていたら、ふとある場所が視野に入った。建物の陰に隠れている小さな墓地だ。


 俺は無意識に足を運び……その墓地に近づいた。


「レッド……?」


 シェラの声が聞こえてきて、俺は後ろを振り向いた。3人の少女が俺を見つめていた。


「どうしたの?」


「昔のことを思い出してな」


 シェラに答えてから、俺はもう1度小さな墓地を眺めた。するとシェラが「あ……」と声を出す。


「ここなのね? 隠し通路の場所」


「ああ」


 俺が頷くと、タリアが手を叩く。


「おお、この墓地に隠し通路が……! 直接目撃できて嬉しいです!」


 タリアは本当に嬉しい笑顔だ。しかしシルヴィアは話について来れず、首を傾げる。


「隠し通路……ですか?」


「はい、領主様がご活躍なさった場所です!」


 タリアが笑顔で説明を始める。


「以前、悪い人々が隠し通路を利用してこの都市に侵入しました! それを領主様が見事に撃退なさったわけです!」


「そうですか。お詳しいですね」


「はい! 叙事詩の執筆のために、このタリアは領主様のご活躍について何もかも調べ尽くす覚悟であります!」


 タリアが拳をグッと握って覚悟を表現する。


「その叙事詩……私も拝読できますでしょうか」


 シルヴィアが真面目な顔で聞くと、タリアが飛び上がる。


「おおお! もちろんであります! 私の作品をお読みくださるなんて、嬉しい限りです!」


「ではぜひお願い致します」


 シルヴィアは真面目の顔のままそう言った。どうやら自分だけ話について行けなくて、ちょっとムッとしたようだ。


「じゃ、今から隠し通路を見学しない?」


 シェラが提案してきたが、俺は首を横に振った。


「それは無理だ。戦争で使った後、封鎖したのさ」


「そうか……残念だね。1度見てみたかったのに」


 シェラが眉をひそめる。


 まあ、仕方のないことだ。隠し通路をそのままにしておけば、いつ悪用されるか分かったもんじゃない。市民たちのためにも封鎖しておいた方がいい。


 俺たちはその場から離れて、旧市街地を見回った。


---


 あっという間に1週間が過ぎた。


 月曜日の朝、俺は屋敷の裏側に行った。そこには小さな庭園と空き地がある。俺がシェラに格闘技を教えた場所だ。


 庭園の隅には大きな木があり、その木の枝に砂袋がぶら下がっている。シェラが格闘技の練習に使ったものだ。


「……はっ!」


 俺は拳で砂袋を殴った。体が鈍くならないように……少し運動しておきたい。


 身に付けた格闘技の技を繰り出していると、精神が高揚する。全身の感覚が研ぎ澄まされ、生きているという実感が湧いてくる。


 やっぱり俺には戦いこそが……と思っていた時だった。誰かが俺に向かって走ってきた。


「……シェラ?」


 それはシェラだった。シェラは俺に近づき、驚いた表情で見上げる。


「れ、レッド!」


「どうした、シェラ? 何かあったのか?」


「じ、陣痛が……!」


 シェラは固唾を呑んで話を続ける。


「エリザさん……陣痛が始まったらしいの!」


「それは……」


 それはつまり……!?


 俺とシェラは急いで屋敷の玄関に向かった。そこにはシルヴィアとタリアが待っていた。俺たちは一緒に屋敷を出て、走り出した。


 街の人混みの中を走り、やっとレイモンの家に辿り着いた。扉をノックすると、レイモンが姿を現す。


「ボス!」


「レイモン……エリザさんは?」


「今、お産婆さんと一緒です……!」


 レイモンが強張って顔で答える。


 家の中にはもう人々が集まっていた。『レッドの組織』の一員たち、トム、レイモンの従兄夫婦……みんな出産の時を待っていた。


 俺も彼らと一緒に並び立って、エリザさんのいる部屋の扉を見つめた。そして心の中でエリザさんと赤ちゃんの無事を祈り続けた。


 レイモンは冷や汗をかいた。いつも温厚で沈着なレイモンが……今は緊張で震えている。たぶん彼の人生で1番緊張しているに違いない。


 重い沈黙だけが流れた。俺たちはなるべく暗い顔をしないように頑張った。


「レッド……」


 隣からシェラが小さい声で俺を呼んだ。俺は右手でシェラの手を握った。そして左手でシルヴィアの手を握った。シルヴィアは少し驚いたようだが、手を引かなかった。


 どれだけ時間が経ったんだろうか。いきなり変化が起こった。何かが聞こえてきたのだ。


「おお……!」


 人々が歓声を上げる。聞こえてきたのは……泣き声だ。これは……赤ちゃんの泣き声だ!


 部屋の扉が開かれ、小柄の老婆が出てきた。その老婆は毛布に包まれた赤ちゃんを抱いていた。


「ほら、お父さん」


 老婆が呼ぶと、レイモンが震えながら老婆に近づいた。


「赤ちゃんは元気ですよ。可愛い女の子です」


「ありがとう……ございます」


 レイモンが赤ちゃんを受け取った。赤ちゃんは目を瞑って、元気に息をしていた。


「ぼ、僕の……娘……」


 レイモンが呟いた時、俺たちは拍手し出した。


「本当に……ありがとうございます」


 レイモンの瞳から涙が落ちる。赤ちゃんは知っているんだろうか。この勇猛果敢な戦士が自分のために涙を流したことを。


 シェラも涙を流した。シルヴィアもハンカチで目を拭いていた。ここにいるみんなが笑いながら泣いていた。


 俺はふと思った。これこそが、この風景こそが……俺が辿り着くべき場所かもしれないと。

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