表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/602

第185話.新たな足場

 8月の暑い時期……俺と側近たちは仕事に邁進した。


 領主として、処理しなければならない仕事はたくさんある。裁判を行って領民たちの紛争を調停し、戦争で破損した城壁や道路の補修工事を監督し、シルヴィアと一緒に予算を編成する。


 今日も4件の裁判を終え、西の城壁の工事を監督していたら日が暮れてしまった。俺はシェラと一緒に領主のベッド室に戻り、体を洗った。


「あーあ、疲れた……」


 体を洗ってから、シェラはベッドに腰掛ける。


 シェラは秘書として俺と一緒に裁判に立ち会い、工事の現場を見回ったのだ。疲れるのも無理ではない。


「本当にご苦労だった、シェラ」


 俺は手を伸ばしてシェラの頭を撫でた。するとシェラが頭を振る。


「夜も暑いし、止めて」


「あ……悪い」


 俺が急いでシェラの頭から手を離すと、シェラはクスッと笑う。


「レッドって面白い」


「面白い? 俺が?」


「うん」


 シェラが笑顔で頷く。


「1万の敵兵も怖がらないくせに、私に対しては時々弱気だからね」


「まったくだ」


 俺は苦笑した。


「それはお前のことを愛しているからさ」


「うん、ありがとう」


 シェラが俺の顔に手を当てる。


「レッドが騎兵隊と共に出陣した時……他のみんなはまるで神でも見ているような顔をしたけど……私は怖かったの」


「それはお前が俺のことを愛しているからさ」


「うん、そうだね」


 シェラが頷く。


「できればそんな怖い思いはしたくないけど……」


「これからも戦争は起こる。それは避けられない」


 俺はシェラを抱きしめた。


「お前が強くなって、俺は心強い」


「ありがとう。でも……」


「でも?」


「暑い」


「へっ」


 俺は笑ってから、シェラの細い体をもっと強く抱きしめた。


---


 やがて8月末になり、仕事も少し落ち着いてきた。


 特に城壁の修理工事が完了して、みんな安心できるようなった。流石に領主の城が破損したままだと、人々は不安を感じる。


 そして完璧に修理された城に、1台の馬車が入ってきた。それに乗っているのは……エミルだった。俺は執務室の席に座って、彼と2人きりで話した。


「予定より早く戻ってきたな」


「はい」


「長い旅だったし、少し休んだらどうだ?」


「大丈夫です」


 エミルは冷たい表情でそう答えた。この男は、自分に対する配慮の言葉を本気で面倒くさがっている。


「これが交渉の結果です」


 エミルが懐から手紙を取り出して、俺に渡した。俺はそれを読んでみた。


「……相当な金額だな」


 その手紙はカーディア女伯爵が直接書いたもので、戦争賠償金の具体的な金額が書かれていた。俺の予想よりも大きいお金だ。


「アップトン女伯爵の副官、トリシアさんと私が直接調査して……現実的な最大値を算出しました」


「トリシアさんと共同作業したのか」


「はい、おかげで予定より早く終わりました」


「なるほど」


 俺は頷いて、30代の小柄の女性を思い出した。あのトリシアという人も結構有能そうだった。


「これほどの大金なら……経済面の問題は解決できそうだな」


「はい」


 エミルが無表情で頷く。


「カーディア女伯爵は3回に分けて支払うと約束してくれました。3日後、彼女の使者がお金を持ってここを訪ねるはずです」


「ご苦労だった、エミル」


「戦争は総大将の役目、外交は私の役目ですから」


「へっ」


 俺が笑うと、エミルが眉をひそめる。


「それより……クレイン地方に滞在中、いくつか情報を掴みました」


「情報?」


「はい、王都の情勢に関する情報です」


 その言葉を聞いて、俺は少し目を見開いた。


 クレイン地方は王都から割と近い。何か大事な情報でも掴んだだろうか。


「言ってみろ」


「どうやら『3公爵の抗争』で……最初の脱落者が出そうです」


「脱落者……」


 俺は自分も知らないうちに拳を握った。


 前国王が死んだ後、3人の公爵が王位をめぐって戦争を起こした。それが『3公爵の抗争』だ。そしてこの3人の勢力には大した差がなくて『三つ巴の戦い』になり……なかなか決着がつかなかった。


 しかし今、状況が変わった。長い『三つ巴の戦い』から脱落者が出るかもしれないのだ。


「誰だ、その脱落者は?」


「ウェンデル公爵です」


 エミルの答えを聞いて、俺は記憶を探ってみた。


「確か……前国王の従兄弟で、40代の男性だったけ?」


「はい」


 エミルが小さく頷く。


「ウェンデル公爵は……王都の北側に位置する『ウェンデル公爵領』、そしてその周辺の都市をいくつか統治している人です。規則正しい人だという評判で、人々からの人望も厚いと言われています」


 規則正しい大貴族か。珍しい存在だな。


「で、そいつが脱落しそうだと?」


「はい。今年の7月から王都で数回の戦闘がありましたが、ウェンデル公爵の軍隊は大敗したそうです」


「なるほど、戦争はあまり得意ではないのか」


「いいえ」


 エミルが首を横に振る。


「むしろ彼は軍才があるとの噂で、敗因は側近の寝返りだそうです」


「寝返り?」


 俺は首を傾げた。


「さっきウェンデル公爵は人望が厚いと言わなかったか?」


「人望が厚いからって、裏切られないわけではありません。逆に人望が厚いからこそ……側近たちを信頼し過ぎたようです」


「そうか……」


 人を信頼し過ぎた結果、逆に裏切られる。ちょっと可哀想な話だ。


「よくも貴族社会で生き延びてきたな、ウェンデル公爵」


「今までは生まれつきの地位と権力でどうにかしてきたんでしょう。でも……もうそんなものだけで生き残れる時代ではない」


「そうだな」


 乱世とはそういうものだ。大貴族も貧民も……小さなミスで命を失う。そこには善も悪もない。


「エミル」


「はい」


「ウェンデル公爵と連絡を試みろ」


 俺の指示を聞いて、エミルの顔が明るくなる。


「もちろんです。これは逃せない機会ですから」


「ああ」


 俺はカーディア女伯爵の大軍を真っ向勝負で撃破した。もう大貴族たちの耳にも『レッド』という名前が届いたはずだ。


 戦場で得た名声……それを足場にして、もっと広い戦場に向かう。頂点に立つまで……俺は止まらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ