第184話.幸せなんだろう
翌日も戦勝パーティーが続いた。
噂を聞いた行商人たちが城の前に集まり、小さな市場ができた。珍しい異国のアクセサリーなどを売っていて、女性たちには大人気のようだ。
俺も行商人の馬車に行って、ネックレスやブローチなどを買った。そしてベッド室で休んでいるシェラに渡した。
「ほら、これ」
「え?」
アクセサリーを受け取って、シェラが目を丸くする。
「行商人から買ったんだ。異国のものらしい」
「あ、ありがとう。嬉しい……!」
「別に高いものでもないけどな」
俺が笑うと、シェラが首を横に振る。
「ううん、高くなくても……レッドが買ってくれたから嬉しい」
「そうか」
俺は手を伸ばしてシェラの頭を撫でた。
「今夜はそれを身に付けてパーティーに参加してくれ」
「いいけど……」
シェラが視線を落とす。
「シルヴィアさんには買って上げたの?」
「シルヴィアに……?」
俺は少し戸惑った。
「いや、お前のものだけ買ったけど」
「そうか」
シェラがゆっくり頷く。
俺は気付いた。シェラはシルヴィアと仲良くなるために、少しでも近づこうとしている。だからこそ『自分だけレッドに愛されている』とアッピールしたくないのだ。
「……昨日シルヴィアさんといろいろ話したけど」
シェラがか細い声で言った。
「やっぱりいい人だと思う。これからも……仲良くしたい」
「……分かった」
俺は頷いた。
「上手くできるかどうか分からないけど、俺も気を付けるよ」
「うん、ありがとう」
シェラは複雑な表情だ。俺はそんなシェラを抱きしめた。
---
それから2日後……やっと『戦勝パーティー』が終わった。
俺は執務室に入り、書類仕事を始めた。日常が戻ったのだ。
「トム、パーティーは十分に楽しんだか?」
扉側の席に座っているトムに聞くと、彼は大きく頷く。
「はい、十分に楽しんで頂きました!」
「本当か?」
「はい!」
トムはとても明るい顔で答える。
「実は歌の大会にも出陣いたしました!」
「え……?」
「予選で脱落しましたが、とても楽しい経験だったと存じます!」
「マジかよ……」
俺は少し困惑した。トムのやつ、真面目なのはいいけど……真面目過ぎてちょっと極端なところがあるな。
俺の右側の席にはシルヴィアが座って、会計の仕事をしている。俺は彼女の横顔を見つめた。
「シルヴィア」
シルヴィアが顔を上げて俺を見つめ返す。
「はい、何でしょうか」
「昨日も夜遅くまでパーティーの後片付けを指揮したんだろう? 今日は無理して仕事する必要はないぞ」
「いいえ」
シルヴィアが首を横に振る。
「エミルさんが休憩中ですから、私まで休むと会計の業務が停止してしまいます」
「それはそうだけど……」
俺は肩をすくめた。
「そう言えば、城の職人たちに対する褒賞金はどうなった?」
「既に今月の予算から支払い済みです」
「戦没者の遺族に対する慰労金は?」
「今週末まで全額支払う予定です」
俺は「そうか」と呟きながら頷いた。シルヴィアがいてくれて、エミルが休んでも予定通りに行政が動いている。
その時、誰かが執務室に入ってきた。短い茶髪に長身の女性……シェラだ。
「レッド、スケジュールの作成が終わったよ!」
「ありがとう」
シェラも日常の仕事、つまり俺の秘書としての仕事に戻ったのだ。
シェラはシルヴィアと視線を交わしてから、俺に近づく。
「来月は南の都市に行くんでしょう?」
「ああ、エリザさんの出産に立ち会わないと」
「そうだね」
シェラは頷いてから、トムの方を見つめる。
「トムさんも一緒に行く予定でしょう?」
「あ……はい!」
トムが笑顔で答える。
「自分も出産に立ち会います。それに、久しぶりに姉に会いに行きたいと思っております」
「そうですよね」
シェラはもう1度頷いてから、今度はシルヴィアの方を見つめる。
「あの……せっかくだからシルヴィアさんもご一緒に行きましょう!」
「わ、私ですか……?」
シルヴィアが目を丸くすると、シェラは笑顔を見せる。
「南の都市に行くためには、パウル男爵領を経由しなければなりませんし……シルヴィアさんと一緒だとより楽しくなると思います!」
「……そうですね」
シルヴィアも笑顔になる。
「分かりました。私もご同行いたします」
「はい!」
シェラが笑った。
エミルとカレンを除けば、俺の側近たちは全員南の都市に行くわけだ。これは賑やかになるだろうな。
---
翌日の正午……俺はシェラとシルヴィアを連れて城門まで行った。城門には『レッドの組織』の6人が集まっていた。
「ボス、シェラさん、シルヴィアさん……南の都市でお会いいたします」
レイモンが笑顔で挨拶した。俺も彼に笑顔を見せた。
「ああ、来月に会おう」
「はい」
『レッドの組織』の6人は、一足先に南の都市に行くことになった。特にレイモンはもうすぐ父親になるし、エリザさんの傍にいるべきだ。
俺も彼らと一緒に動きたいけど、流石に仕事が多すぎる。戦争の後処理を含めて、中止されていた裁判や工事なども再開しなければならない。
「では、出発します」
「ああ」
『レッドの組織』の6人は軍馬に乗って城から去った。俺とシェラとシルヴィアは彼らを見送った。
「じゃ、次は……」
それから俺たちは引き続き1台の馬車を見送った。その馬車には……エミルが乗っている。
俺は馬車のキャビンに近づいて、中に座っているエミルを見つめた。
「エミル」
「はい」
「本当に今日行くのか? もうちょっと休んでもいいぞ」
「こういう交渉は早く終わらせた方がいいですよ」
エミルが冷たく答える。
「時間を与えたら、カーディア女伯爵の態度が変わるかもしれません。戦争の衝撃が消える前に脅す必要があります」
「それはそうだけど」
「……では、出発します」
エミルは御者に指示して、馬車を出発させた。馬車はゆっくりと城門を潜り抜ける。
「レッド」
傍からシェラが話しかけてきた。
「お腹空いていない? お昼食べましょう」
「ああ」
俺はシェラとシルヴィアを連れて城に戻り、2階の食堂に入った。
2階の食堂は、領主が家族たちと一緒に食事をする場所だ。部屋の真ん中に高級なテーブルと椅子があり、テーブルの上には銀の燭台がある。壁には貴族の絵画や大理石の彫刻などが飾られている。
雰囲気のいい食堂ではあるが、シェラと2人で食事をするにはちょっと広すぎる。だから今まではあまり使わなかった。でも最近はシルヴィアも含めて、3人でこの食堂で食事を取っている。
しばらくするとメイドたちがスープやシチュー、サラダやパンなどを運んできて……食事が始まる。
「シルヴィアさんは動物の中で何が好きですか?」
「私は……猫が好きです」
「そうなんだ。私は犬が好きです!」
シェラとシルヴィアは他愛のない話をしながら食事を楽しんだ。俺はそんな彼女たちを見つめた。
ゲッリトの言った通り……2人の婚約者は災難かもしれない。でも……災難だけではなく、幸せもあるだろう。俺はふとそう思った。
何しろ……2人とも本当に可愛い。可愛い女の子2人が婚約者だなんて、普通に考えたら幸せなことじゃないか。
俺は無理矢理にでもポジティブに考えることにした。




