第183話.俺にも分からないさ
俺の城に帰還した翌日、戦勝パーティーが開かれた。
いや、これはもう『パーティー』ではなく『祭り』だ。朝早から領民たちが城門の近くに集まって……用意した食べ物を食べたり、お酒を飲んだり、一緒に歌ったりしている。
「賑やかだな」
俺は執務室の窓から領民たちを見つめた。彼らはみんな笑顔だ。
「数日前から準備したのか。誰のアイデアなんだ?」
後ろを振り向いて、副官のトムに質問した。するとトムが笑顔で答える。
「実は……参謀殿のアイデアです」
「……え?」
俺は驚いて、エミルの方を見つめた。
エミルはいつものように机に座って仕事をしている。俺が見つめても無表情のままだ。
「エミル」
「はい」
「お前がこのパーティーを計画したのか?」
「はい」
エミルが頷いて、俺はもう1度驚いた。
「……意外だな」
「別に意外ではありませんよ」
エミルが冷たく言った。
「これは『次の段階』のために必要なことです」
「次の段階か……」
「つまり『名声』です」
エミルは無表情で説明を始める。
「大規模なパーティーを開けば、兵士たちが自ら総大将の強さを人々に広めるでしょう。そしてそれが名声に繋がり……やがてその名声が総大将の『正統性』になる」
「なるほどね」
俺は頷いた。つまりこれは『広報』だ。
「しかし……大丈夫なのか? 財政的に」
「推測していたより早く戦争が終結して、少し余裕があります。それに……」
エミルが腕を組む。
「以前話した通り、私が直接カーディア女伯爵と交渉して賠償金を支払ってもらいます」
「ああ、その件なら頼む」
戦争賠償金の金額はまだ決まっていない。こういう件は、やっぱり財務と外交の専門家が直接交渉を行うべきだ。
「エミル」
「はい」
「パーティーも交渉もいいけど、明日から数日休め」
「それは……」
「以前話しただろう? お前、過労気味だぞ。休め」
「……分かりました」
エミルは軽くため息をついた。
俺はトムの方を振り向いた。トムは直立不動のまま俺を見ていた。
「トム」
「はっ」
「お前も休め。いや、パーティーを楽しんでくれ」
「総大将、自分は……」
「これは命令だ」
俺は笑顔で言った。
「今から執務室を出て、美味しいものをお腹いっぱい食べて、人々といっぱい話し合って、歌をいっぱい歌ってこい」
「そ、それは……」
トムが慌てる。
「総大将の命令なら尽力いたしますが……自分は歌が下手なので……」
「別にいいんだよ」
俺は笑った。
「上手いか下手かの問題ではない。楽しむか楽しまないかの問題だ」
「……しょ、承知いたしました!」
トムの顔が強張る。
「では、参ります!」
トムはまるで出陣でもするような勢いで執務室を出た。
「あれで本当に楽しめるかな……真面目過ぎるのも考えものだな」
俺は首を横に振ってから、エミルを見つめた。
「遠慮します」
エミルが先手を打ってきた。俺は苦笑した。
「パーティーを楽しむとか、お前には期待できないな」
「そうしてくれると助かります」
冷たく答えてから、エミルは仕事を再開した。
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しばらくして、俺は城門に行ってみた。
城門の近くには仮設舞台が設置されていた。そして舞台の上では曲芸師たちが公演を繰り広げている。
曲芸師たちは赤や青色の目立つ服装をして、逆立ちしたまま楽器を演奏したり、そのまま跳躍して宙返りしたり、高い梯子の上に立って片足でバランスを取ったりしていた。素晴らしい曲芸だ。
城下町の領民たちは拍手を送っていた。いや、領民たちだけではなく……兵士たちやメイドたちもいる。彼らも仕事から解放され、羽を伸ばしているわけだ。
仮設舞台の隣では、メイドたちが領民たちにパンやお菓子などを配っていた。そこに集まっているのは主に子供たちだ。甘いものが好きなんだろう。
「俺も1つ頂こうか」
俺が笑顔でそう言うと、メイドたちがびっくりする。
結局大きなキャンディーを1つもらって、すかさず口に入れた。甘い香りが口の中に広がる。たまにはこういうのもいいだろう。
城の訓練場では、射撃の大会が行われていた。兵士たちが磨いてきた弓の実力を競い合っているのだ。賞金もあるらしい。
50歩ほど離れた的に矢を放って、真ん中に多く命中させた方が勝つ。単純なルールだが、結構楽しい。俺は興味深く大会を観覧した。
「……ん?」
ふと城壁の上に視線を移した時だった。2人の女性の姿が見えた。あれは……。
「シェラと……シルヴィア?」
俺の婚約者『たち』が……城壁の上で一緒に立っていた。どうやら話し合っているようだ。
一体何の話をしているんだろう。俺は好奇心を抑えきれず、こっそり城壁の上に向かった。
「……りょ、領主様」
城壁の上で歩哨に立っていた兵士が、俺を見て驚く。俺は口に人差し指を当てて「しっ!」と言った。
シェラとシルヴィアは普段着を着て、青空の風景を見つめながら話し合っていた。
「だから、あの時……」
「ふふふ」
シェラが何か話すと、シルヴィアが笑う。2人はまるで仲のいい友達に見えた。
2人の会話が聞きたかったが、これ以上近づいたらバレてしまう。俺は隠密行動が苦手だ。
「……ま、仕方ないな」
これは2人の問題だ。俺が下手に首を突っ込むと、余計なことになるだろう。俺はこっそり城壁から降りて、引き続き城内を見て回った。
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その日の夜……本格的なパーティーが開かれた。
人々は端正な礼服や派手なドレスを着て、城の宴会場に集まった。中央の舞台では楽団が音楽を奏でていた。
俺も礼服姿でパーティーに参席した。そして俺の両側には……ドレス姿のシェラとシルヴィアが並んでいた。
「領主様の勝利と栄光のために!」
礼服姿のゲッリトがそう叫ぶと、人々が拍手し出す。
それから俺は30分ほどお祝いの挨拶を受けた。「領主様のご活躍、誠に感服いたしました!」と言われたら「ありがとう」と答えるわけだ。
シェラとシルヴィアはずっと笑顔のまま俺のすぐ傍に立っていた。俺とは違って、彼女たちはこういうパーティーに慣れているのだ。
やがて俺たち3人は一緒にテーブルに座り、食事を始めた。
「シルヴィアさん。このケーキ、食べてみてください。美味しいですよ」
「ありがとうございます」
俺は口を噤んで、シェラとシルヴィアのやり取りを見守った。仲良くなったようにも見えるし……ただ演技をしているようにも見える。
その時、歌声が聞こえてきた。『吟遊詩人見習い』のタリアが舞台で歌い始めたのだ。
「変わらぬ思いを……色あせぬ思いを……」
タリアは小柄なのに相変わらず凄い声量だ。宴会場のみんなは息を殺して、小さな少女の歌声に耳を傾けた。
俺はちらっとシェラとシルヴィアを見つめた。彼女たちはタリアの歌に集中していた。こうして見ると……2人は本当に対照的だ。
シェラは長身で、シルヴィアは小柄だ。シェラは活発な雰囲気で、シルヴィアは物静かだ。シェラは運動が好きで、シルヴィアは花見や読書が好きだ。似ているのは……2人とも髪が茶色ってことくらいか。
本当にこの2人が仲良くなれるのかな。それは俺にも分からない。でも今日を境に……2人が少し近くなったのは確かみたいだ。




