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第182話.しばらくはゆっくりできるだろう

 『金の魔女』との交渉を終えて、俺とハリス男爵は臨時要塞に帰還した。


 もう空が暗い。今日の日程はこれで終わりだな。


「アップトン女伯爵様には私から報告します。レッドさんは休憩を取ってください」


「ありがとう」


 俺はハリス男爵にお礼を言って、自分の天幕に入った。


 ハリス男爵はアップトン女伯爵に全部話すだろう。『金の魔女』が俺を懐柔しようとしたと。しかし彼のことだから、同盟の信頼を揺るがすような発言はしないだろう。


「レッド!」


 俺の天幕に入ると、シェラが笑顔で迎えてくれる。


「『金の魔女』と話してきたんでしょう? どうだった?」


「まあ、戦争は無事終結しそうだ」


 俺は簡単に説明した。縁談などについては話す必要ないだろう。


「明日から軍隊を撤収させる。まずは歩兵隊からだ。シェラ、お前も撤収してくれ」


「レッドは?」


「俺は最後だ」


 俺の答えを聞いて、シェラは細目になる。


「じゃ、私も最後」


「どうしてだ? こんなところに長居するより、早く城に帰った方がいい」


「レッドがまた他の女に手を出すかもしれないし、見張らないと!」


「何言ってんだ」


 俺は笑った。


「他の女に手を出したことなどねぇよ。誤解されるような言い方は止めろ」


「そうかな」


 シェラは細目のまま俺を見つめる。


「何か噂があるんだよね」


「噂?」


「レッドとアップトン女伯爵の間に何かあるって噂」


「へっ」


 俺は苦笑しながら首を横に振った。


「そんな出鱈目な噂、一々信じるなよ」


「本当に出鱈目かな……?」


 シェラはまだ細目をしている。俺はそんなシェラを抱きしめた。


「い、いきなりは止めて!」


 シェラが赤面になって体を引こうとするけど、無駄だ。俺は彼女を離さなかった。


「もう……本当に強引なんだから」


「それしか取り柄がないのさ」


 俺は目を瞑って、シェラの息の音を聞いた。


---


 翌日から、俺とアップトン女伯爵は軍隊を撤収させた。


「レッドさん、ぜひ私の城に訪問してください」


「分かった」


 ハリス男爵が自分の軍隊を率いてブルカイン山脈に向かった。俺は彼を見送った。パン屋の店主みたいな印象だが、今まで見てきた貴族の中で1番の人格者だ。


「団長、ではお先に帰還します」


「ああ」


 その次はカレンだ。俺はカレンに歩兵隊を任せ、先に帰還させた。


 そうやって兵士たちは次々と帰路についた。そして5日後、ついに俺も騎兵隊を率いて帰路についた。


「レッド様!」


 ところでケールに乗って臨時要塞から出ようとした時、誰かが俺を呼んだ。振り向いたら30代の女性が見えた。アップトン女伯爵の副官であるトリシアだ。


 トリシアは急ぎ足で俺の前まで来て、丁寧に頭を下げる。


「レッド様のご活躍、アップトン女伯爵様に代わってお礼を申し上げます」


「こちらこそ世話になったよ」


 俺は笑顔を見せた。


「ところで、アップトン女伯爵はどうしているんだ? まだ出発していないんだろう?」


「それが……」


 トリシアの顔が少し暗くなる。


「女伯爵様は何か悩みを抱えていらっしゃるご様子です……」


「悩み?」


 あの冷徹な人が?


 俺が眉をひそめると、トリシアはすぐ笑顔に戻る。


「でももうすぐご出発なさると存じます」


「そうか」


 俺は頷いた。まあ、俺がどうこう考えても仕方のないことだ。


「じゃ、俺はこれで失礼する」


「はい、道中のご無事をお祈り申し上げます」


 トリシアと別れて、俺は臨時要塞を出た。そして青空の下に見える荘厳な山々に向かって進んだ。


---


 帰路についてから2週くらい後、俺はやっと自分の城に辿り着いた。


「領主様だ!」


「領主様がお戻りになられた!」


 城下町に近づくと、領民たちが俺の帰還を歓迎してくれる。


「万歳! 万歳!」


「レッド様万歳!」


 領民たちは俺の名を連呼した。彼らももう聞いているのだ。俺が戦場を覆し、大勝利を得たことを。


 そう、これは凱旋だ。領民たちの笑顔を見て……俺はやっとそれを実感した。


「総大将!」


 城の方から少年が現れた。俺の副官、トムだ。


 トムは笑顔で俺に近づき、片膝を折る。


「総大将の大勝利に、みんな喜んでおります! お祝い申し上げます!」


「お前も本当にご苦労だった」


 俺はトムと合流して城に入った。兵士たちとメイドたちが一斉に頭を下げる。


「レッド様」


 そして小柄の女性が現れて笑顔を見せる。俺の婚約者の1人、シルヴィアだ。


「レッド様のご活躍、この城でももう話題になっております。心よりお祝い申し上げます」


「ありがとう」


 俺に挨拶してから、シルヴィアは俺の後ろのシェラに視線を投げる。


「シェラ様のご活躍も、とても話題になっております。お祝い申し上げます」


「あ、ありがとうございます」


 シェラは少し赤面になる。


「明日は戦勝パーティーが開かれる予定です。お2方、今日はゆっくりお休みになってください」


 シルヴィアの言葉に従って、俺とシェラはベッド室に入り……体を洗ってから横になった。


「柔らかいベッド……本当に久しぶり」


 シェラは幸せな表情でベッドに身を任せる。


「もうこのまま3日くらい寝ていたい」


「パーティーに参席しないつもりか?」


 苦笑してから俺もベッドに身を任せた。俺はどこでも寝れるけど……この感触は確かに悪くない。


「レッド、私……」


「ん?」


「明日のパーティーで……シルヴィアさんと話してみる」


「そうか」


 俺は手を伸ばして、目を瞑っているシェラの頭を撫でた。


「シェラ、俺は……」


 しばらく後、俺は何か言おうとした。しかしシェラはもう眠りについていた。


 シェラは数ヶ月も軍隊の野営地で兵士たちと一緒に生活し、命をかけて戦い、やっと家に帰還したのだ。流石に疲れているんだろう。


 俺はシェラの寝顔を眺めながら、今までのことを思い返してみた。いろんな人に出会い、いろんな戦いを潜り抜けて、いろんな絆を手に入れた。敵も多いけど……味方も多い。


 ふと金の魔女との会話を思い出した。彼女の言った通り、俺はこれからも多くの人々の運命を変えるだろう。それが必ずしもいいこととは言えないけど……俺はこの道を諦めるつもりはない。


 ま、でも……大きな戦争が終わったばかりだし、当分の間はゆっくりしてもいいだろう。まず明日のパーティーから楽しんでみるか……。


 そんな考えをしているうちに、俺も眠りについてしまった。

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