第180話.会ってみれば分かるさ
いきなりの言葉に、俺は眉をひそめてダニエルを見つめた。
「俺と……直接話したいと?」
「その通りです」
ダニエルが頷く。
「レッド様と直接話して、交渉を円滑に進めること……それがカーディア女伯爵様の意向です」
「それはおかしいな」
俺はダニエルを睨みつけた。
「カーディア女伯爵は、この王国で屈指の大貴族だ。そんな人が代理人を通さずに、敵と直接交渉したいと言うのか?」
「はい」
ダニエルがもう1度頷いた。
「先日の戦闘でのレッド様のご活躍に対し、カーディア女伯爵様は大変興味をお持ちになられました。だからこそレッド様と面識のある私が使者を務めることになったわけです」
「なるほどね」
俺は頷いた。
普段の俺なら、即座に承諾したはずだ。俺も『金の魔女』に興味があるし……1度会ってみるのも面白そうだ。
しかし今は……。
「まさか行く気じゃないんだろうな?」
グレン男爵が冷たい声で言った。
アップトン女伯爵も冷たい視線で俺を見ている。ハリス男爵は心配の表情をしている。
「へっ」
俺は苦笑して、頭の中で状況を整理した。
そもそも俺とアップトン女伯爵の同盟は……別に『信頼』を元にしているわけではない。あくまでもカーディア女伯爵という『共通の敵』がいてこそ成立した同盟だ。
しかしもうカーディア女伯爵は降伏を宣言した。つまり俺とアップトン女伯爵の同盟は、存在意義が薄くなったのだ。
このタイミングで俺がカーディア女伯爵と接触したら……『レッドは同盟を切って裏切るつもりかもしれない』と疑われるだろう。実際、アップトン女伯爵とグレン男爵はそう思っている。
「……悪いが、その条件は飲めない」
俺はダニエルに向かってそう言った。この話自体が、こちらの内紛を誘発させるための策かもしれない。
「何か誤解されているようですね」
ダニエルが残念そうな顔で言った。
「カーディア女伯爵様は、あくまでも純粋な心でレッド様と話したいと考えておられます。それに……」
ダニエルと俺の視線がぶつかる。
「ただ今回の交渉だけではなく、今後の平和のためにも会談は必要だと存じます」
その言葉は、もう『金の魔女』はこちらを敵対しないという意思表明なんだろうか。
「それじゃ……こうしましょうか」
いきなりハリス男爵が声を上げた。
「私がレッドさんにお供します」
その言葉にこの場の全員が驚いたが、ハリス男爵は笑顔で話を続ける。
「レッドさんは戦争の達人でいらっしゃいますが、貴族社会なら私の方がより慣れていると思います。微力ですが、交渉のお手伝いをさせて頂きます」
つまりこの中年の男爵は……俺の監視役を自ら買って出たのだ。
疑い深いアップトン女伯爵だが、ハリス男爵に対してはある程度の信頼を持っている。ハリス男爵が監視役になってくれるのなら、彼女も安心できるだろう。
「ハリス男爵が一緒なら、俺も不満はない。やってやろうじゃないか」
俺がそう言うと、みんなの視線がアップトン女伯爵に集まった。
「……よかろう」
アップトン女伯爵がゆっくりと頷く。
「南の都市守備軍司令官のレッド、そしてハリス男爵領の統治者リアム・ハリス男爵がこちらの陣営を代表して交渉を行う。それで文句はなかろう、ダニエルとやら」
「アップトン女伯爵様のご判断に感謝いたします」
ダニエルが頭を下げる。
「自分は急いでこのことをカーディア女伯爵様にお伝えします。きっとカーディア女伯爵様も喜ばれるでしょう。では、失礼いたします」
ダニエルは丁寧に挨拶をして、天幕から出た。
「……本当にそれでいいんでしょうか」
ふとグレン男爵が言った。
「そんなくだらない条件に応じる必要はないと思いますが」
グレン男爵は不満そうな顔をしている。
「まあ、いいじゃありませんか」
ハリス男爵が笑顔で言った。
「レッドさんと私が直接行って、カーディア女伯爵の本音を探ってみますよ」
「しかし……」
グレン男爵が何か言おうとした時、アップトン女伯爵が席から立つ。
「もう結構です。交渉はハリス男爵とレッドに一任します」
最高指揮官の決定だ。グレン男爵もそれ以上は何も言わなかった。
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俺は自分の天幕に戻り、シェラにこのことを話した。
「レッドが……直接交渉に行くって?」
シェラは目を丸くする。俺はそんなシェラの頭を撫でた。
「ああ……だからしばらくの間、俺のスケジュールは空欄でいい」
「うん、分かった」
シェラは頷いてから俺の顔を眺める。
「でも、まさか……」
「ん?」
「まさかレッド……『銀の魔女』だけじゃなくて『金の魔女』にまで手を出すつもり?」
「何言ってんだお前」
俺は吹き出しそうになった。
「そもそもカーディア女伯爵は40代だぞ。下手したら俺の親より年上かもしれない」
「それは関係ないでしょう? レッドの守備範囲が広いかもしれないし」
「だから俺を何だと思っているんだ」
苦笑するしかなかった。
化け物とかドラゴンとか悪魔とか呼ばれている俺だが、日常での思考は割と普通だ。別に人間の血を主食にしているわけではないし、女なら誰にでも欲情するわけでもない。
ま、誤解されるのはもう慣れているけど……まさかシェラにまでこんなことを言われるとは。
「とにかく私は……」
シェラが視線を落としてぶつぶつ呟く。
俺は腕を伸ばして……シェラを強く抱きしめた。そして彼女の柔らかい唇にキスした。
「な、何よ、いきなり……」
シェラは赤面になって慌てる。俺はシェラを抱きしめたまま口を開いた。
「心配するな。俺にはいつまでもお前が1番だ」
「……本当?」
「本当さ」
シェラはやっと安心したようだ。俺たちはしばらく沈黙の中で互いの体温を感じた。
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翌日……俺は『レッドの組織』の6人と一緒に軍馬に乗り、臨時要塞の入り口まで行った。
入り口にはハリス男爵と30人の騎兵、そして3台の馬車が集まっていた。俺が近づくと、ハリス男爵が笑顔を見せる。
「では……行きましょうか、レッドさん」
「ああ」
俺はハリス男爵と合流して、臨時要塞から出発した。これから『金の魔女』に会いに行くのだ。
日差しが強いけど、東の方から風が吹いてきて気持ちいい。俺は周りの風景を眺めながら、ゆっくりとメリアノ平原を進んだ。




