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第179話.どうして……?

 アップトン女伯爵との相談を終えて……俺はしばらくシェラと一緒に時間を過ごした。


「で、あの女伯爵とは何を話したの?」


 天幕に一緒に座っていると、いきなりシェラが聞いてきた。


「戦争の後処理についてだ。敵の降伏を受け入れることにした」


「それだけ?」


「それだけさ」


 俺は笑った。


「何を想像しているんだ?」


「レッドも男だからね」


 シェラが目を細める。


「あんな美人と2人っきりでいると……危ない」


「だから違うって」


 俺は笑いながら首を横に振った。


「そもそもアップトン女伯爵は、俺のことを信頼していない」


「そう?」


「ま……正確に言えば、誰も信頼していないんだろうけど」


 そう答えてから、俺は違和感を感じた。


 あの『銀の魔女』が本当に誰も信頼していないなら……何故俺にいろいろ話したんだろう。何故自分自身の不安や過去について話したんだろう。


 もしかしたら彼女は……『他人を信頼していないんじゃなくて、信頼したいけど怖くてできない』のかもしれない。あの彫刻のような美しい無表情は……自分自身を守るための仮面かもしれない。


 俺を見て、アップトン女伯爵は『この人なら信頼できるかもしれない』と思った。しかし結局怖くて諦めた。それが真相なんだろうか。


「レッド」


 ふとシェラの声が聞こえてきて、俺ははっと気がづいた。


「何考えているの?」


 シェラが大きな瞳で俺を見上げる。可愛い。俺は彼女の頭を撫でた。


「いや……この世にはどうしようもないこともあると思っただけだ」


「何、それ?」


 シェラが口を尖らせる。俺は笑顔でシェラの額にキスした。


---


 翌日から、俺は軍隊を撤収させる準備に入った。


 兵士たちは喜んだ。やっと数ヶ月の野営生活が終わるんだから、本当に嬉しいんだろう。彼らの笑顔を見ていると……俺の気持ちも軽くなる。


「先日までの梅雨のせいで、山脈の道路の一部が崩れています」


 指揮官用の天幕で、カレンが俺に報告を上げる。


「ゆえに騎兵隊の移動はまだ困難だと存じます。まずは歩兵隊から撤収させるべきかと」


「そうだな」


 俺は頷いた。


「部隊を細かく再編成して、100名単位で撤収するように……」


 カレンに指示を出している時だった。天幕の外から女性の声が聞こえてきた。


「レッド様」


 その声はアップトン女伯爵の副官、トリシアだ。


「トリシアさん」


 俺は天幕の入り口まで行って、30代の女性を見つめた。


「今日は何の用だ?」


「カーディア女伯爵側からの使者を来ています。現在作戦室で対応しているので、レッド様もぜひいらしてください」


「ああ、分かった」


 もう正式に使者を送ってきたのか……早いな。


 俺は簡単に支度してから天幕を出て、臨時要塞の中央に向かった。そして1番大きい天幕に入った。


「……ん?」


 天幕に入ると長身の男の後ろ姿が見えた。アップトン女伯爵、グレン男爵、ハリス男爵はテーブルに座って長身の男を見つめていた。


「あんたは……」


 俺は少し驚いた。その長身の男に見覚えがあるからだ。


「レッド様、またお目にかかることがができて……光栄です」


 長身の男が俺の方を振り向き、丁寧に挨拶する。


「ダニエル」


 その男は『海賊狩り』のダニエルだ。数千の傭兵を率いて俺の城を攻撃し……激戦の末、俺に捕まったあのダニエルだ。


「またあんたが使者を務めているのか。カーディア女伯爵の方も案外人材不足みたいだな?」


「仰る通りかもしれません」


「へっ」


 俺は笑ってから、足を運んでハリス男爵の隣に座った。


「用件を申してみよ」


 アップトン女伯爵が冷たく言った。するとダニエルが直立不動で話を始める。


「カーディア女伯爵様は、ご自分の判断の過ちをお認めになり……今回の紛争を終結するために全力を尽くすと宣言されました」


「……それで?」


「まず紛争の発端となった領土とその周辺の支配権を放棄します」


 その答えを聞いて、アップトン女伯爵の顔が更に冷たくなる。


「あの地は当初から私の支配下にある。今更放棄を宣言しても、何の終結にもならない」


「仰る通りです」


 ダニエルが丁寧に頭を下げる。


「そこでカーディア女伯爵様は、今回の紛争の犠牲になった兵士たちのためにも……惜しむことなく慰労金を支払うと仰いました」


「金銭だけでは足りない」


 アップトン女伯爵が首を横に振る。


「ブルカイン山脈の北の方……川沿いの村とその周辺も譲ってもらおう」


「あの小さな村のことですね」


 ダニエルが頷いた。アップトン女伯爵の要求を予想していたようだ。


「あの村は規模も人口も小さいですが……デイオニア川を通る貿易路の中継点であり、潜在力があります。なかなか価値のある土地と言えるでしょう」


「だから譲れないと?」


「いいえ」


 ダニエルがゆっくりと首を横に振る。


「あの村の支配権には、昔から曖昧なところがあります。平和的に譲渡することも可能でしょう。ただし……こちらも条件があります」


「条件?」


 アップトン女伯爵が顔をしかめると、グレン男爵が口を開く。


「先に戦争を仕掛けてきて、しかも負けた癖に条件をつけるなんて……ちょっと厚かましくないか?」


 俺は内心頷いた。今回だけはグレン男爵に同意だ。


「領地や金額に条件をつけるつもりは毛頭ありません」


 ダニエルが淡々と話す。


「これはあくまでもカーディア女伯爵様の個人的な要望であります」


「何の要望だ?」


「今度の交渉の場で、カーディア女伯爵様はある人物と直接話したいと仰いました」


 そう言ってから、ダニエルは俺を見つめる。


「その人物とは……レッド様のことです。レッド様が交渉の場に来てくださること……それが条件です」


「……俺?」


 アップトン女伯爵、グレン男爵、ハリス男爵が一斉に俺を見つめた。しかし俺も訳が分からなかった。

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